17−30 大天使の汚点(+番外編「まもんのうらぎりもの」)
おずおずとリッテルが戸惑いながらヴァンダート崩落時の話をしてくれるが。どうも、実情にはマモンの口止めがあるのか、洗いざらい話してくれるわけではないらしい。重要な話であれば教えて欲しいと思う反面、情報の開示の裁量に関してはリッテルの判断を優先した方がいいとも思う。情報源が例の最強の真祖様である以上、彼の不興を買わないことが、とにかく肝要。彼を敵に回すことだけは、何がなんでも避けなければならない。
「……主人がヴァンダートでウリエル様の魔法を奪った事に関してですけど……。主人にはあの時、わざと天使達の注目を浴びなければならない事情がありまして。詳細はお話しできないのですが、でも……。なんとなく、主人はウリエル様のやり方に怒ってもいたんだと思います……」
「ウリエルのやり方に怒っていた?」
リッテルによれば、マモンはかつてから非常に勤勉で、やや頑固な性格でもあったらしい。力を得るためには努力や鍛錬も惜しまないし、戦闘に関しても彼なりの美学を持ち合わせているそうだ。そして……ウリエルがやってのけた「とある理不尽」が彼の美意識に反したのだろうと、リッテルは言葉を続ける。
「主人はウリエル様相手でも、丸腰で圧倒する程の実力を有していました。全ての攻撃を見切っては躱し、傷1つ負うことも許さなかったようです。だけど……それがウリエル様にはどうしても信じられなかったみたいで……。神具・オラシオンの攻撃が通用しないのは武器のせいではないかと、部下の天使で試し斬りをしたそうなんです……」
「部下で……試し斬り? いや、ちょっと待って。そんな事が許されるはず、ないだろう!」
「えぇ、私もそう思います。だけど……ウリエル様は主人に攻撃が当たらないのが、自分の力不足だと認められなかったのではないかと。そして、武器の性能が正常なのを確かめるのに主人ではなく同胞に刃を向けました。可哀想に……ウリエル様に指名された中級天使は、その場で斬り殺されてしまったのです……」
破壊天使・ウリエルが非常に凶暴で血を好む性格であることは、多少聞き及んでもいたが。まさか、部下を理不尽に屠るまでだとは思いもしなかった。それでは確かに、高潔な性格らしいマモンが怒るのも無理はないかも知れない。
「……主人は武器の扱いにもうるさいですから。きっと、ウリエル様が自分の弱さを武器のせいにしたのも、許せなかったのでしょう。だから、彼は実力を見せつけると同時に……ウリエル様に罰を与えるつもりで、エターナルサイレントを使ったのです」
確か……ルシフェル様はウリエルに関して「流石に辛うじて生き延びてきた」と言っていたが。まさか……ウリエルが生き延びたのではなく、マモンが敢えて生かしただけなのか? だとすると……。
「お話を聞いた時は主人がただただ格好良くて、私もあまり気にしなかったのですけど。でも……考えてみれば、そのやり方はかなり意地悪ですよね……」
「意地悪以前に、これ程までに屈辱的なことはないだろうな。大天使ともあろう者が……悪魔に生かされた挙句に、そこまでコケにされるなんて……。それに白い翼を背に戴く以上、天使の行いは多少なりともマナツリーの監視下にあると言っていい。全てが全てではないだろうが、当時の大天使達の行いに関してはおそらく、マナツリーも相当に注視していたはずだ。だから、多分……ルシフェル様はご存知なくとも、マナツリーは知っていたのかも。悪魔に負けた以前に、ウリエルが同胞を理不尽に殺したことも……」
そして、きっとウリエルはルシフェル様にではなく、ミカエルに相談したのだろう。悪魔に負けた上に魔法能力を失ったことを、天使長ではなく身近な同階級の相手に告白したのだ。そして……粛清の危機感を持っていたミカエルにしてみれば、同じ大天使の汚点は見過ごせない事態だったに違いない。だから……。
「憶測の域を出ないが……もしかしたら、ミカエルはウリエルの失態を知って、焦っていたのかも。そして、神界が彼女達の粛清を判断する前に、マナツリー以外の霊樹を擁立しようとしたのかも知れない」
だが、ドラグニールはその申し出を「聞いて呆れる」と強か却下している。その棄却はミカエルにとって、きっと想定外だったろう。そして、結局は交渉を成立させることができないまま、ミカエルは他の大天使もろとも粛清されたことになっているが。水面下で色々とやっていた事を考えると……彼女はドラグニールを諦めていないのだろうし、何かしら彼女を手中に収める手段があると考えるべきか。
「……とにかく、貴重なお話をありがとう。今の話も含めて、ルシフェル様にも精査した情報を報告することにするよ。それにしても……マモンを怒らせることだけは、全力で避けなければならないと分かった気がする……」
「ふふ。そうですよね。何と言っても、グリちゃんは魔界最強の悪魔ですもの。怒らせたら、問答無用でグリグリのお仕置きが待っていますよ!」
「グリグリ? グリグリって、あの?」
「えぇ! 子供達も恐怖で慄く、あのグリグリですッ!」
そこで力強く拳を握られてもな。恐怖で慄くなんて、言われてもな。その程度で済むのなら、怒らせても問題ない気がするが……。しかも……。
(……真祖様のグリグリがご褒美になりそうな者も一定数、いるみたいだな……)
リッテルが自信満々で答えた側から、ドアの外から妙に熱っぽいため息が相当数、漏れたような。無論、私にはいわゆるマゾっ気はないし、十六夜丸的な嗜好もない。しかし……世の中、いろんな趣味をお持ちの方がいるようで。その多様性を頭から否定する気もサラサラないが、妙な空気を魔界に持ち込むのは問題な気がする。正直なところ……これ以上天使のイメージを崩さないでくれ、というのが調和の大天使の本音だ。
【番外編「まもんのうらぎりもの」】
ダンタリオンを追払い損ねて、リビングを占領されています……。しかも、甲斐甲斐しくコーヒーのお給仕までしております……。どうして、小説を貸す側の俺がここまでしなければならないのでしょう……?
そんな不満も一杯のリビングに何故か、またまた世にも珍しいお客様がお見えになる。
あれ? 怠惰の悪魔は冬眠中じゃなかったっけ? なんで、起きているんだよ? しかも、開口一発いきなり怒られてるんですけど。
「まもんのばかっ!」
「はい? ベルフェゴール、いきなりどうしたよ? 俺、何もしでかした記憶ねーぞ?」
「ゔぅ……ごーでりあ、まもんからてがみ、もらってうれじぞうだった。ごーでりあ、でぎるしんそはちがうってほめてだ。まもん、おでからごーでりあをどるつもりか?」
「……あの、さ。その手紙は、間違ってもラブレターじゃねーぞ。コーデリアから貴重な資料を借りてるし、普段から何かと嫁さんが仲良くしてもらっているみたいだから。ただ、お礼状を書いただけなんだけど」
「おれいじょう……?」
何かを勘違いしているらしい怠惰の真祖様に、事情を一通り説明すれば。それなりにマトモなベルフェゴールは状況を飲み込むと見せかけて……今度は泣き始めるんだけど。
えっと、すみませーん。何がそんなに悲しくて、メソメソしていらっしゃるので?
「おで、まもんうらやまじい……。おで、ごーでりあをよろこばせらでない……まもん、うらぎりもの」
「……いや、俺は何も裏切ってねーだろ、この場合」
「マモンはこれで、筆まめですからね。しかも、字だけは綺麗ですから。そこは数少ない長所だと思いますよ?」
「ハイハイ。補足をどーも、大先生」
大体、数少ない長所ってどういう意味だよ、コラ。俺にだって、それなりにいい所はあるんだぞ? ……多分。
「……ベルフェゴールはもうちょい、活動時間を増やした方がいいかもなー。コーデリアの方は年がら年中、起きているみたいだし。俺はともかく、誰かに取られちまう可能性もゼロじゃない」
「ぞ、ぞうなのが? ……ヴヴ……どうじよう。おで、どうじたらいい? どうじだら……」
「今みたいに、起きればいいんじゃない? お前……コーデリアを取られたくなくて、こうして起きてきたんだろ? やればできるんでないの?」
「はう! たしがに!」
ハイハイ、君はきっとやればできる子だと思いますよ。だから、こんな所で泣くんじゃねーし。
そうして、何かを決意したらしいベルフェゴールをお見送りするものの。そもそも、冬眠って必須なんだろうか? 別に無理して冬眠しなくてもいいと思うのは、俺だけかな……。




