3−4 愛と魔神
食材リストを攫って、いつも通り神界に赴くまではよかった。そしてラミュエル様にお目通りする約束をしている、それも別に問題ない。しかし……今日は神界門を潜った途端、何故か大勢の天使達に囲まれてしまった。
「ルシエル様! どうすれば、私も素敵な旦那様を見つけられますか?」
「あ、ルシエル様! 是非、サインをお願いしたんですけどっ!」
私を取り囲み始めた彼女達の手には既視感がありつつも、いつもの青い表紙が金糸で彩られた、ちょっとゴージャスにバージョンアップした小説らしきものが収まっている。
「あ、愛と魔神……?」
至極シンプルなタイトルだが、今まで以上に戦慄を禁じ得ない文字列を目にした瞬間、背筋に悪寒が走る。……まさか、それは……。
「あの、それって……」
「もちろん、愛のロンギヌス第4弾ですっ。もう、私達このお話に夢中で!」
「あっ、それ! もしかして、例のマリッジリングですか? わぁ、いいな、いいな〜」
「ハーヴェン様に伝えてくれませんか? 機会があれば、私にもお友達を紹介してもらえないかって……」
口々に無責任な要望と、黄色い声を上げる天使達。私を取り囲む輪に六翼の天使もちらほらいるところを見ると、冗談抜きで神界中でブームになっているらしい。別の意味で……神界の居心地が悪くなった瞬間だった。
「……すみません、ラミュエル様の所に行かなければいけないので。通してもらえませんか? ……ハーヴェンには一応、一通りのことは伝えておきますから……」
そう言ってやや強引に話を切り上げて、ラミュエル様の元に急ぐ。まさか……彼女の部屋が避難所になる日が来るなんて。
「……ルシエル、大丈夫? 随分と、顔色が悪いけど……」
「ここに来るまで、大勢に揉みくちゃにされまして……とっても、苦労しました。このままだとある意味、仕事に差し支えます……」
「そうなの? まぁ、今回はロマンス度もキュン度もマックスでしたものね……。彼女達が興奮するのも、仕方ないわ」
仕方ない、で済まされる問題ではない気がするが……天使ともあろう彼女達がここまで悪魔との結婚を柔軟に受け入れた挙句、憧れを抱くなんて想定外だ。こうも鮮やかに彼女達の誤解を生み出せるのは、純粋にマディエルの腕がいいからなのかも知れないが……幾ら何でも、おかしくないか?
「でも、お仕事に差し支えるのは、よくないわよね。分かったわ。過度な干渉は控えるように、お触れを出しておきましょう。あんまり酷いようだったら、個別に相談してちょうだい」
「えぇ、お願いいたします……」
「ところで、例のお仕事のお話だけど」
「はい、ハーヴェンにも話をしておきました。彼も協力してくれると言ってくれた上に、有用な情報をもたらしてくれまして」
「あら、どんな?」
ラミュエル様にハーヴェンが語ったノクエルの「別の顔」を伝える。そうして話が進むにつれ、ラミュエル様の顔から次第に笑顔が消えていき……きっとそれ程までに、ハーヴェンの情報は心中を騒つかせるものだったのだろう。
「……私は随分と、長い間気づくべきことに気づかなかったみたいね。そう言えば……ハーヴェンちゃんって、悪魔になってから、どのくらいでしたっけ?」
「人間界の時間で、約280年ほどだそうです」
「そう。では……その話が本当なら、そんなに前からノクエルは神界を欺いていたことになりますね。そんなに長い間、私、何をやっていたのかしら……姉様を見捨てた挙句に、そんなことにも気づかないなんて。大天使失格だわ……」
以前の私であれば、そのまま無言で言葉をかけることもなかっただろうが……なぜだろう、今日は妙に前向きに彼女を慰める気になった。その辺りは、いつも陽気な旦那の影響かもしれない。
「でしたら、これからご自身がご納得できるように……その資格に相応しいように、邁進すればよろしいでしょう? 今からでも遅くないはずです。過ぎたことを後悔されるより、今すべきことを見据える方が大事だと思います」
「……!」
「とにかく今はノクエルの行方を探すこと、アーチェッタで起きている事を……正確に把握することが肝要かと。さ、ご命令を」
「……そうね、ルシエルの言う通りだわ。本当にダメね、私」
うっすら浮かんでいた涙を拭った後……指揮官の顔に戻ったラミュエル様が任務の概要を話し始める。
「……では、今回の任務を伝えます。あなたにはアーチェッタに赴いてもらい、彼の地で起こっていることを可能な限り調べてきてほしいの。もちろん、万が一があれば多少の荒事も了承しますし、場合によっては途中で撤退もしてもらって構いません。人員の無事を優先とし、できる限りの情報収集をお願い。あと、今回は記録係にマディエル、そして、戦闘要員として排除部隊のリヴィエルを同行させます。本当は上級天使も同行させたいところだけど、今回は目立ってもいけないし、少数精鋭で動いてもらうことにしました。……特にあなたは下手な上級天使よりも格段に強いし、大丈夫でしょう」
「かしこまりました。では、明日早朝に現地にて集合、任務にあたります」
「えぇ、頼みましたよ。マディエルも小説のことも含めてよろしくね」
「は〜い。もちろんですぅ。今回も素敵なお話が書けるように頑張りま〜す」
「……小説、まだ続くんですか?」
「もちろんよ〜。あっ、あなたにも第4弾を1冊渡しておくから、ハーヴェンちゃんにもよろしくね」
「……かし……こまりました……」
その言葉を聞いて……さっき前向きに彼女を励ましたことを後悔した自分が、確かにそこにいた。




