17−28 きちんと納得できるまで
「ハーヴェン、しばらく肩を借りてもいいか……?」
「うん、別に構わないけど。ピキちゃん……なんだか、元気がないな。どうしたんだ?」
「悪魔の旦那。なんでも……お嬢様も脱皮し始めているとかで、座れる肩がなくなっちまったんですって。ピキさんは、お嬢様がいないと竜界に居づらいそうでして」
「そうなの? って、エルノアも脱皮し始めてる……だって?」
ニャンコ便でおやつの配達を終えたハンナとダウジャに、妙なゲストがくっついていたものだから、何かあったのかと身構えちまうけど。どうやら、エルノアという相棒が大事な時期を迎えているとかで……仕方なしにピキちゃんもこっちに身を寄せることにしたそうな。人間界は魔力も薄いし、そのまま竜界にいてもいいんじゃないかと思うのだが。どうも、ピキちゃんはドラグニールさんと相性が悪いみたいで……彼女にとって、エルノアのいない竜界は居心地もよろしくないらしい。複雑な事情を抱えたお顔でそれきり黙りこくったまま、肩の上で小さな手を悔しそうに握りしめている。
「さて……と。とにかく、2人ともご苦労様でした。あぁ、そうそう。コンタローが帰ってきたら、今日はカーヴェラに出かけるぞ。ほれ、ティデルの着替えとかも買わないといけないし。孤児院のみんなにもおやつをお届けしたいし」
「服なんて、どうでもいいし。変な気を使わなくていいから。と言うか……そう言うお節介、マジで迷惑なんだけど」
「そう?」
う〜ん……かと言って、ティデル1人でお留守番もちょっと、なぁ……。きっとツンツンしているだけで、悪さもしないと思うけど……。なーんか、1人で置いておくのも忍びないというか。家に篭りっぱなしじゃ、つまらないだろうし……一緒に出かけられれば、気分転換にもなると思ったんだけど。
「旦那……その。黒天使の姉ちゃんですけど」
「うん?」
「あの調子で、こちらに一緒に住むことになるのですか? えぇと……」
俺がお出かけについて、悩んでいると。ちょっと離れたところのソファで不貞腐れているティデルを見やっては、ハンナとダウジャがヒソヒソと不安そうに聞いてくる。まぁ……魔獣界でティデルがやらかしたことも含めて、この態度だからなぁ。心配になるのも、無理はないか。
「あぁ、2人とも気を使わせて、悪いな。でも、大丈夫さ。……色々あって、ティデルも大変だったんだ。だから、本人がきちんと納得できるまで、そっとしておいてやってくれる?」
「そりゃ、俺達は構いませんけど……」
「え、えぇ……。ですけど、この場合はハーヴェン様の方も大変と言うか……。あっ、でしたら……手伝えることがあったら、おっしゃって下さいね。私もできる限り、頑張ります!」
「俺も喜んで旦那の手伝いしやすぜ。何かあったら、言ってください」
「ハハ、ありがとな。それじゃ、お手伝いして欲しいことがあったら、遠慮なくお願いするよ」
どうやら、ハンナ達は俺の負担を気にしてくれているらしい。ティデルと進んで仲良くするつもりもなさそうだが、彼女の方もこちらと仲良くできる気分でもないみたいだし……今はそのくらいの距離感の方が、丁度いいだろう。
「あぃぃ! お頭、ただいまでヤンすぅ〜!」
「おっ! コンタローも帰ってきたな?」
ここは……そうだな。最後にコンタローの意見も聞いて、お出かけするかしないか、決めよう。まぁ、コンタローのことだから、お出かけ自体にはノリノリで行くって答えるだろうな。だけど……あれで、コンタローは意外と細かい事に気づく子だからなぁ……。ティデルに対して、変な気を揉まないといいんだが。
***
「大丈夫? ジャーノン。一体、何があったの?」
「す、済まない、アーニャ。少しの間……ここで休ませてくれるかな……」
「おやつのお兄さん(その2)が来た」と子供達が喜んでいたのも、束の間。そのジャーノンは手土産を用意する余裕もない様子で、大慌てで孤児院に駆け込んでくる。そうして、しっかりと事情を聞こうと……まずは、落ち着いてとお茶を差し出せば。肩を大きく揺らしながらも、彼の方もありがとうと素直に受け取っては喉を潤す。
「……ところで、神父様は?」
「え? あぁ……院長はシルヴィアと一緒に出かけているわよ」
「そうか……なら、仕方ないか」
きっと、お茶を飲んで少しは落ち着いたんだろう。ようやくいつもの切れ者の表情を取り戻すジャーノン。それでも、何かをしきりに気にしている様子で……どうも、彼の方はプランシーに用事があったらしい。う〜むと顎に手をやりつつ、ちょっぴり困った顔のままだ。
「どうしたのよ、ジャーノン。院長に何かご用事?」
「いや……確かめたいことがあってね。その。院長先生って、双子だったりするんだろうか?」
「えっ? 院長が双子……? いや、そんな話は聞いたことないけど……」
少なくとも私は知らないわと頭を振ると、そうかと請け負いながらもジャーノンが周りを気にしつつ、いよいよ事情を説明してくれる。幸いにも、子供達は朝食後で元気一杯の時間帯なものだから、1人残らず中庭へ遊びに出ている。なので、食堂にいるのは私のジャーノンの2人きり。そうして誰かが聞いている危険もなさそうかと、ジャーノンもお喋りしても大丈夫と判断したようだ。
「今日は古巣の様子を見に行っていてね。なのだけど……そこで、奇妙な相手に会ったものだから。神父様だったら何か知っているかなと思って、寄ってみたんだ」
「古巣って……あぁ、こっちに越す前のお屋敷のこと?」
彼の言う古巣……ドン・ホーテンが隠居する前に暮らしていたのはブルーエリアにある大邸宅とかで、彼が経営していた商会の本拠地でもあるらしい。まぁ、その辺りの事情を根掘り葉掘り聞くつもりはないけど。例の商会……アズル会がどんな団体なのかは、カーヴェラに住んでいれば嫌でも耳に入ってくる。カーヴェラの大貴族で、この街を縄張りとするマフィア。彼らが肩で風を切って歩けば、泣く子も黙ると専らの評判だ。
そんなマフィアの本拠地さえも、「古巣」と言い切るジャーノンだったけど……どうやら、かつて彼らが暮らしていた豪邸はおかしな状況になっているのだそうだ。そして、その「おかしな状況」の1つが、プランシーのそっくりさん発見ということらしいのだが……。
「……分かったわ。後で院長にも確認しておけばいいかしら? だけど……う〜ん、院長に聞いても分からないかもねぇ。何せ、彼……記憶がない可能性が高いし……」
「えっ? そうなのかい?」
あぁ、そう言えば。ジャーノンは私が悪魔であり、自身も悪魔のハーフである事は知っているけど、プランシーも悪魔であることは知らないんだったっけ。そして、悪魔がどうやって発生するのかも分からないのよね。……仕方ない。これからも彼と一緒に生きていこうと思うのなら、多少は悪魔の成り立ちについて共有しておいてもいいか。
「悪魔っていうのはね、叶わなかった欲望に飲まれて生まれるもんなの。で、その叶わなかった望みが重ければ重い程、辛い記憶もたくさん残るんだけど……それじゃ、悪魔になってもはっちゃけられないでしょ? だから、悪魔は魔界で楽しく生きていくために、闇堕ちと同時に記憶を封印されるのよ。で、私はお陰さまで色々と思い出した後なんだけど……院長はそこまで行っていなかったと思うから、双子がいたかどうかは覚えていないかもね」
「悪魔って、そうやって生まれてくるんだな……。それにしても……悪魔も悩んだり、辛い思い出を抱えていたりするんだね。これを親近感と呼んでいいのかは、分からないけど。なんだか、妙に安心してしまったよ」
「……そこに安心されてもね……」
一応、警戒心は持ってちょうだいよ。あなた、意外とガッツリこっち側に首を突っ込んでいるんだから。
そんな私の心配を知ってかしらずか。たった1杯のお茶でも律儀にご馳走様と言いながら、ドンの元に戻らねばと……やってきた時よりは随分と穏やかな様子でジャーノンが帰っていく。それにしても……プランシーのそっくりさん、ねぇ。……それこそ、ハーヴェンだったら何か知っているかしら?




