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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−25 素敵な愛の育み方

(……えぇと、とりあえずハコはこんなもんか……? 後は……)


 シルヴィアの血を馴染ませるのみ……か。コーデリアから借りた“ヴァルプルギスの鼓動”の作成レシピ通りに、魔法道具素材にヨーハンさんが考案していた融和因子の培養概念を書き込んで、それらしい外枠を作ってみたが。最後の仕上げにして最も重要な培養の素がない以上、俺1人でできるのはここまでみたいだ。


(何だろうな……やっぱ、こういうのはベルゼブブには敵わねーなぁ……。でも、我ながら……いい出来かも)


 流石に大元の作成者が人間だけあって、“ヴァルプルギスの鼓動”の組み立て自体はアッサリしたものだった。魔力に対して一定の親和性がある素材に、医療魔術学の概念を組み込みさえすれば、意外と形状に関しては融通が利くらしい。ただ……この場合はシルヴィアにできる限り早く魔力の器をくっつけなければならないため、生成スピードを考えた場合は常々身につけてもらった方がいいだろう。

 で、どんな形がいいかと俺なりに考え抜いた結果。自分も違和感なくずっと嵌めっぱなし(外せない、が本当のところだが)の指輪であれば、負担にならないだろうと見様見真似で作ってみたけど。……うん。デザインだけは、ベルゼブブに絶対に負けてないぞ。……多分。


(後は嫁さんの土産を待つばかり……か)


 血液採取に関しては知り合いに「お医者様」がいる以上、そこまで心配しなくてもいいか。何せ、シルヴィアに使者になってもらうのは向こうさんのオーダーでもあるわけだし……ザフィであれば、上手くやってくれるに違いない。ここは大人しく待っていた方がいいな。

 そんな事をぼんやり考えながら、よっこらせと癒しの一杯を啜ろうと立ち上がるが。俺のリフレッシュタイムを邪魔するように……どこか慌てた様子で、お手紙の配達に行っていたクソガキ共がリビングに転がり込んでくる。


「パパ〜!」

「ただいまです!」

「ハイハイ、意外と早かったな。お帰り、お帰り。ご苦労さん、っと」

「あのぅ、それで……ダンタリオン様がお見えですよぅ?」

「……えっ?」


 ダンタリオンが……俺の家に、だって? それこそ、何で? どうして? ひょっとして、緊急事態ってヤツか?


「どうしたよ、ダンタリオン。大丈夫か? 何かあったのか?」

「マモン……。実は君に教えて欲しいことがありまして……」

「教えて欲しいこと……? いや、待てよ。普段は偉そうに講釈を垂れてる大先生が、俺に何を教えて欲しいって言うんだよ……」

「そう言わずに! それは君が唯一、私よりも優れている部分なのです! お願いですから……」

「お願いですから?」


 そこでゴクリとわざとらしく唾を飲むダンタリオンだけど。いや、その前に……ちょっと待て。今、さり気なく真祖様に向かってマウント取ったよな、こいつ。俺が唯一優れている部分なのですって、新手の悪口か? この野郎……。


「素敵な愛の育み方を教えて欲しいのです!」

「……はい?」


 俺が内心でいつもの如く、不満をタラタラ垂れ流していると。妙な間を置いて、意を決しましたとばかりにダンタリオンがとっても素晴らしい事を吐かしてくれますが。

 ……今、なんて? なんて仰ったの、大先生。聞き間違いでなければ……愛の育み方と仰いました? 万年引き籠りのダンタリオン先生が、誰と愛を育むと……?


「……ダンタリオン。もしかして、魔法書のトラップにでも引っかかったか? だーから、言ってあったろうが。魔法書に触るときは、手袋使えって……」

「私は至って正常ですよ、マモン」

「じゃぁ、どうして突然、そんな事を言い出したんだよ……」

「……その。今日、ベルゼブブ様のお屋敷でこちらの魔法書について、議論してきたのです。なのですが……そちらに天使様方もお見えになっていまして。折角ですから、魔法の知識や神界の事についてお伺いして……」

「それで?」


 あの物騒極まりない魔法書片手に、モジモジしながらダンタリオン大先生が宣うことにゃ。幸か不幸か、この魔法書マニアと楽しく盛り上がれちゃう稀有な感性の持ち主がいらっしゃったそうな。しかし……場所が場所だったとかで、そちら側のスキルも必要だと判断したダンタリオンは「恋愛に関してだけは」自分より経験豊富な俺に相談を持ちかけている……ということになるらしい。


「彼女……マディエルとおっしゃるのですけど。神界では素敵な小説を書いているとかで、今日もそちらの取材と話題集めに来ていたのだそうです」

「マディエル……? おい、ダンタリオン。まさか……そのマディエルって、ちょっとポチャっとした間延びした感じの奴か?」

「間延びした、ではありません! 彼女は大らかで、穏やかなだけです!」

「あぁ、左様ですか……?」


 これは……恋は盲目っていう現象でしょうか? ダンタリオンが率直に誰かを褒めるなんて、初めてな気がするんけど……?


(でも、マディエルが書いている小説って……例の問題作だよな……?)


 俺にはあんな事やこんな事を赤裸々に書いていらっしゃる方が、大らかで穏やかだとは思えないんだが。

 それにしても……なるほど? ダンタリオンのお話相手は神界でブームを巻き起こしているらしい、恋愛小説作家さんだったか。……どの辺がこいつの琴線に触れたのかは、知らんが。マディエルだけじゃなく、天使ちゃん達を相手にするには恋愛系のスキルは必須だろうし……その辺が空っぽのダンタリオンが慌てふためくのも無理はないかもしれない。


「だったら、ダンタリオン様」

「うん?」

「ママが素敵な参考書を持っているでしゅよ?」

「参考書……ですか?」

「そうなのです! 確か……」

「読めば誰でも恋愛上手、でしたっけ?」


 俺がどうしたもんかと頭を捻っていると、その横からクソガキ共が余計な事をダンタリオンに吹き込み始めちゃうんですけど。いや、待って。お願いだから、本当に待って。その参考書はそれこそ……。


「……マモン」

「う、うん……」

「その参考書はこちらにあるのですか?」

「いや……あれは嫁さんの持ち物だし……」

「おや、強欲の真祖がそこでリッテルに遠慮されるのですか? “嫁のものは俺のもの”ではなくて?」

「……俺、リッテルにはそんな横暴はかましたことねーぞ。お前はどうして都合がいい時だけ、俺を真祖扱いするんだよ」


 ……いい加減、敬意を知らない大先生にもお仕置きしてやろうかな。マジで。


「うふ。ダンタリオンしゃま。その小説はパパとママの寝室にあるでしゅよ」

「ダァッ! そこは黙っとけ、ハンス!」

「どうしてでしゅ? だって、あの小説はミカエリスしゃまも夢中になっていたじゃないでしゅか〜」

「だーかーらー! そういう都合が悪いことは言うんじゃねーし!」


 そうしていつも通り、余計なお言葉が多いハンスにグリグリを進呈しましょうと、歩み寄ると……そんな俺の肩を掴んで、豪快に揺さぶってくる大先生がお仕置き遂行の邪魔をしてくださる。

 ……あの、さ。どうしてお前らは師弟揃って、真祖に対して失礼なんだよ。ドサクサに紛れて何で人様の体を豪快にスウィングさせてるんだ、このポンコツ悪魔第1号め。


「マモン! とにかく、その参考書を貸してくれ給えよ!」

「いや、その……だから! 落ち着け、ダンタリオン! 大体、お前に恋愛は必要ねーだろうが!」

「そこを何とか! 彼女達は貴重な魔法の情報源でもあるのです! マナ語の魔法について理解を深める機会を、みすみす逃す手はありませんッ!」

「あっ、そういうこと……?」


 フーッ、フーッ……と、いつになく息を大暴れさせているダンタリオン大先生の真の目的を教えられて、ようやくこいつが妙ちくりんな事を言い出した本当の理由を悟る。……結局、疑似恋愛も魔法研究のためなんだな。何だかんだで、最初から最後まで本当にブレねーな、お前も。別の意味で安心したと同時に、真祖のパパは非っ常〜に不安なんですけど。

 恋は魔法のためにするもんじゃありませんよ? そこ、分かっていますかね? 大先生。

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