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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−13 扱いは丁重に

 ラブレターの中身を知って、何かを懸命に思い出そうとしているバビロン。片や、彼女に小さく頑張れ、頑張れとエールを送るベルゼブブ。そんな空間で、部外者になりつつあるダンタリオンではあるが……やや強引に彼らの間に割り込むと、肝心の「スペルディザイアの誤用」についての答えを求める。……ここは空気を読んでいる場合でもない。


「ベルゼブブ様!」

「えぇ〜? なに〜、ダンタリオンちゃん。まだ、何かあるのん?」

「スペルディザイアについての解説がまだです。そもそも、この魔法書がそのままでは読み解けないようにできているとは、どういう意味でしょうか?」

「あぁ〜、そこ? そこ、気になっちゃう?」

「当然です!」


 ある程度の回避方法があるとは言え、ダンタリオンの手にある書物は本来であれば、そのまま手に取ることすらできない。その上、ヨルム語というアルゴリズムの壁まであると言うのに……存在意義が誤解を招くためだなんて。意地が悪いどころか、魔法書としての役目を放棄していると言っていい。そんな大前提を美しいまでに無視した魔法書の存在が、ダンタリオンの歪んだチャレンジ魂に火を点けないはずがないだろう。


「……ダンタリオンちゃんはきっと、その魔法書を舐めるように読んだんだよね?」

「舐めるように、とまでは行きませんが……それなりに熟読はしました」

「そう。何度も読んでみた?」

「えぇと……通して読んだのは、13回程かと」

「そっか。それじゃぁ、血文字部分に何か違和感を感じなかったかな? 本当に、君が読んだ血文字は13回とも同じ状態だったかな?」

「血文字に……違和感、ですか?」


 ベルゼブブの意味ありげなヒントに、黒革の手袋をキュッと鳴らしながら魔法書を紐解けば。今度こそ新鮮な内容が広がっている……訳でもなく。特段、ダンタリオンの目には変わった様子はないように見える。


「……別に違和感も何も、感じませんが……」

「うぅん……なるほど。ダンタリオンちゃんは見事に騙されちゃっているんだねぇ。それじゃ、ホイホイ。ここをこうして……こちょこちょこちょ、っと」

「ベルゼブブ様、一体何を……って、えぇっ? 文字が動いた……?」

「更に……ほれほれ、ほれほれ〜。ギュッギュッギュ〜。サッサとくっしゅんしちゃいなさいッ★」 

(クチャン……プルル!)

「……はい?」


 まさか……魔法書がくしゃみしたか? しかも、妙に可愛らしい感じで……?


「……ベルゼブブ様、もしかして……」

「まぁ、お喋りまではしないみたいだけど。この魔法書、本体の素材にヨルムツリーの樹皮紙を使っていてさ。魔法道具であると同時に、ちょっとした魔法生物でもあるんだよ。因みに、お年頃のレディだから扱いは丁重にね?」

「は、はい……」


 お年頃のレディと言われたところで、魔法書が書かれた背景を考えると……間違いなくダンタリオンよりも年上のはずなのだが。ベルゼブブによると、特定の場所を「こちょこちょして」更に背表紙の文字を「ギュッギュ」すると、隠している本来の内容を「吐き出す」仕組みになっているらしい。


「あぁ……読める、読めます……! そうか……このアルゴリズムのキーがないと、正しいスペルディザイアの構築概念から外れてしまうのですね……!」

「その通り。スペルディザイアはリスク込みでも旨味が大きい魔法だからね。ヨルムンガルドは何かと、独占欲も強いし……ヨルム語を読めるだけの奴には、構築概念を正しく継承しないことにしたみたいなんだよ。なんだけど……無事に魔界に戻ってきたバビロンはともかく、もう片方のアケーディアは大丈夫かねぇ? 万が一、魔法道具効果がなくなっている方の魔法書が彼の手に渡っている場合、彼も中途半端にヨルム語は読めたりするだろうから……却って不味いことになっているかも? 複製品がこの子みたいに本当の構築概念を吐き出すこともないだろうし……。アルゴリズムの正しいキーがないスペルディザイアを発動したら、不発どころじゃ済まないかも……」


 まぁ、僕には関係ないか……と、相変わらずのおちゃらけた様子で溜飲を下げるベルゼブブ。向こう側でフェイランと呼ばれていたバビロンが同じ魔法書(おそらく複製版)を読んだと言っている時点で、彼もその魔法書を手に取っている可能性は高い。ギルテンスターンと彼にどんな接点があったのかは、ベルゼブブには知る術もないものの。何れにしても、バビロンを「こんな風にした」相手を陥れられるのであれば、願ったり叶ったりだ。しかし……。


「……どうしたの、バビロン」

「……ねぇ、ベルちゃん。その魔法なんだけど……正しく発動しなかった場合、どうなるの?」

「う〜ん……どうなるんだろね? 前例がないから、こればっかりは分からないけど……まぁ、発案者がヨルムンガルドである事を考えると、呪われるのが妥当かな? ……死んじゃう程度じゃ、済まないかもね」


 いかにも興味もありませんと、ベルゼブブが呆気なくそんな事を答えるが。一方のバビロンには、その答えはあまりに冷たいものに聞こえたようだ。先程まで頬を染めていた顔に、急激な恐怖の色を乗せて泣き始めた。


「だったら、知らせてあげないと……! ハインもオズリックも、きっと困ると思うの。だって……みんなみんな、自分のお願いを叶えるために、頑張っていたのだもの。それが、できないだなんて……」

「お、落ち着いて、バビロン! そもそも、そのハイン……って奴は君を馬鹿にして、意地悪していたじゃないか。そんな奴のことを、今更気にしてやる必要はないんだよ!」

「だけど……!」


 きっと、バビロンはあまりに「フェイルラン」でいた時間が長すぎたのだろう。約束の相手であるはずのベルゼブブは忘れていても、同じ目標を掲げさせられていた同僚のことは忘れられない様子である。


「……ベルゼブブ様」

「あ、ダンタリオンちゃん。悪いんだけど、これ以上の質問は……」

「いいえ? そうではありませんよ。ほら、さっきもご自身でおっしゃっていたではないですか。“お年頃のレディだから扱いは丁重に”……って。この本の偉大なる著者であるバビロン様を泣かせたとあっては、私としても見過ごせませんね。そうですね……ここはマモンにお願いして、ベルゼブブ様の不真面目さ加減をコッテリ絞ってもらいましょうかね?」

「ちょ、ちょっと! ダンタリオンちゃんも、勝手なことを言わないで! 大体、バビロンの言っているハインって奴は……」

「……意地悪だったけど、仲間なの……」

「そうそう、仲間……って、えっ?」

「一応、私が私を見つけるきっかけをくれた仲間なの。……だから、ちゃんと教えてあげないといけないの……」

「……」


 どこか縋るように、あまりに寂しそうな顔をされたなら。彼女の顔に笑顔を取り戻すと決意したベルゼブブにしてみれば、この展開はあまりに理不尽だ。そうして、ポロポロと溢れる彼女の涙を拭いてやりつつ、1つの決意をすると盛大にため息をつく。


「……分かったよ、バビロン。僕と一緒に、本当のことを教えてあげに行こうか?」

「ごめんね、ベルちゃん。……私のワガママに付き合わせて」

「いいんだよ。僕は君が君でいられるように頑張るって決めたんだから。どんなワガママでも聞いてあげちゃう」

「ベルちゃん……!」


 そうして今度は感激したように、ベルゼブブを真っ直ぐ見つめるバビロンだったが。すぐ側にいるのに半ば無視されている格好になったダンタリオンとしては、別の意味で居心地が悪い。実際に……先程から、妙にこちらに向いている視線が熱い気が……。


「……コホン。ところで、ベルゼブブ様」

「もぅ、さっきから、なーに? ダンタリオンちゃんはもうちょっと、空気を読んで……」

「いや、ベルゼブブ様の方こそ空気を読まれた方がよろしいかと……。ほらほら、そんなにお熱い様子を見せつけられたら、皆さんも興味津々なご様子ですよ?」

「……あっ、ホント。ごっめーん。つい、ラブラブワールドを作り上げちゃったよん。別に、大したことはないからね〜。僕達のことは気にしないで頂戴ッ★」 


 そうしていつもの脱力ムードを吹き返して、その場を強制的に治めるベルゼブブだったが。一方でダンタリオンはベルゼブブとバビロンの関係性を下らないと思いつつ……確かに羨ましいと感じては、ちょっぴり焦ってしまう。


(……そう言えば、マモンもリッテルやシルヴィアのために頑張っていましたっけね……。誰かと関わると言うのは、面倒ばっかりで興醒めですけど。でも、これはこれで……素敵な事なのかもしれません)


 大まかな用も済んだとそそくさと魔法書を引っ込めては、示されたルール通りに人間の姿に化けてみるダンタリオン。それもそのはず……折角、同じ空間に天使という珍しい情報源がいるのだから、この機会を逃すのはつまらないではないか。ここは1つ、彼女達とお喋りをして新鮮な情報を仕入れるのも面白い。

 そんな事を考えては、自分でも興に沿わないと思いつつ。やっぱり新しい事を知るのは楽しいと、ダンタリオンはかつてない程に胸を躍らせていた。

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