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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−9 中身は別物

 神界門を潜った途端にお呼び出しを受けたものだから、天使長室で大天使も4人揃ってルシフェル様にご面会をいただいているものの。この雰囲気、久しぶりだな……とか、悠長な事を考えている場合ではない事くらい、すぐに分かる。ローレライの調査から帰還したオーディエル様とラミュエル様の表情を見る限り、状況はあまりよろしくないと考えるべきだろう。それにしても、ラミュエル様も一緒にローレライに行っていたなんて思いもしなかったが……。


(大丈夫そう……ではないな、これは……)


 ローレライの状況が良くなかったらしい事に加え、しっかりと自責の念まで上乗せしたラミュエル様がいよいよ疲れ切った表情をしている。これはちょっとやそっとでは、気分を上向かせることはできないだろうな……。で、あれば……仕方ない。気分転換にという訳ではないが、まずは私から報告を済ませた方が良さそうだ。


「最初に依代確保について、ご説明をしても?」

「あぁ、そうだな。ルシエル、状況はどんな具合だ?」

「結論から申しますと、振り出しに戻った……いいえ、違いますね。候補を失った分、振り出し以前の場所に後退したと言った方が正しいかと。任務に個人的な感情を持ち込むのは、あまりに無責任だとも思いますが……実際にシルヴィアに会ってみて、彼女を依代として犠牲にする事を否と致しました。彼女に一方的に世界のために犠牲になれなんて、私には判断することも、宣告することもできません」

「そうか。……ある意味でお前らしい判断だな。で、あれば仕方ない。以前も申した通り、対象の了承は最低限抑えなければならない項目だ。今はまだ、無理強いはせんでいい。それに……ルシエルのことだ。代替案くらいは考えてきているのだろう?」

「代替案を考えている……というよりは、お願いしてある状況ではありますが。マモンにシルヴィアを生かすための“器の増設”について調べてもらっています。そもそも、あの子を依代にすることを誰よりも反対していたのが彼でしたし……」


 あの様子であれば、責任はしっかりと果たしてくれるに違いない。他力本願過ぎて、情けない限りだが。ここはマモンを納得させる意味でも、一旦はお任せしてしまった方が何かと角が立たない気がする。それに……私も魔界の大悪魔様に睨まれるのは、色々な意味でご勘弁願いたい。


「それと……もう1つ、重要な事がございまして。そちらも併せてお耳に入れても?」

「ふむ? 無論、構わないが」


 そうして今度は思い出したように、ハーヴェンに預けてもらった手紙をテーブルの上に滑らせる。ややくたびれてはいても、厚手の封筒にはしっかりと高級感も残ったままだ。白かったらしい色味はくすんでいるものの。少しだけ毛羽立っている繊維には妙な重厚感と趣もあって、お姫様のこだわりが今尚、見え隠れしていた。


「どれどれ……? これ……ハーヴェン様宛じゃない。んで……おぉぉ? ちょ、ちょっとルシエル。この手紙……随分、物騒なことが書いてあるみたいだけど?」

「えぇ。この手紙はグランティアズ王女のジルヴェッタという娘の手紙でして。まぁ、ハーヴェンに王国に仕えろだの、妾の元に来いだのと……私にとっては非常に迷惑な相手でもありましたが。どういう経緯かは存じませんが、この手紙を例のフェイランがハーヴェン宛だと預けてきましてね。彼と一緒に中身も確認したのですが……内容が内容でしたので、ハーヴェンの許可も取ってこうしてお持ちした次第です」


 いくら面倒な相手だったとは言え、そこまで突き放すような言い方をしなくてもいいだろうに。しかし……どうも、私はハーヴェン絡みになると必要以上に意地っ張りになるらしい。まぁ、元から自分の性格が素直じゃないのは百も承知だが。こういう時くらいは相手に寄り添う度量があってもいいのではないかと、自分でも呆れてしまう。


「リヴィエルがグランティアズの調査に出かけていたかと思いますが……念の為、こちらの情報を共有しておこうと思いまして。彼女には先んじて、内容をスキャニングしたものを送付してあります。ただ、万が一がある場合は別途調査隊を手配する必要性もあるかと」

「そうだな。排除部隊からの要員派遣はいつでもできるように、こちらも準備をしておこう。しかし……どうも、ここの部分が引っかかるな……」

「ここの部分? オーディエル、何がそんなに気になるのかな?」


 要員の派遣には難色こそ示さないものの。手紙を読み終えたらしいオーディエル様は何やら、懸念事項を思い出した様子。渋い顔を保ったまま、手紙のある部分に指を滑らせる。


《しかも……次の日には殺されたはずの騎士達は1人残らず、復活しておった……いや、違うな。中身は別物の状態で生かされている、と言った方が正しいか》


「この感じ……何となくだが、私が見てきたリルグの様子に似ている気がしてな。無論、彼らが殺された後だという確証はない。しかし、彼らの状態には“中身は別物”で“生かされている”という表現が妙にしっくり来る気がしてな……」

「そう言えば、オーディエルも言っていたっけね。あの平穏は表面だけのものにしか見えなかった……って。……だとすると、もしかして?」

「……そういう事か。リルグの住人もここにある状況と同じ憂き目に遭ったのかも知れんな。それでなくても、リルグは2名の天使が存在を抹消された場所でもある。……既に向こう側の手が回っていると考える方が自然だ」


 リルグの問題に関しては、言い方は悪いが……抹消された天使の名前が判明した以外の部分では、放置されたままだ。いや……違うか。実際にはオーディエル様の方で再調査も進めようとしていたらしいが、リルグを含むナーシャ地方は今の時期はとてもではないが、調査が難しい時期なのだ。

 ナーシャは標高の高いロマネラ山脈の合間に町の方が埋もれるようにして点在している鉱山地帯。そんな立地なものだから当然の如く、積雪量も規格外らしい。無論、雪程度で調査が棚上げになったわけではないが……この場合はどちらかと言うと、雪がもたらす住人達の生活サイクルの変化が問題だった。


「……今はリルグも含むナーシャは全体的に経済活動も含めて、人間の生活自体が鈍化する時期でもあってな。冬籠りの備蓄を細々と消費しながら、春を待っている状況なのだ。だから、我らが出向いても歓迎どころか、話さえも聞いてもらえぬかも知れん。まぁ、翼を広げればその限りでもないかも知れんが。何にしても、迷惑がられるのは間違いなかろうて」

「……そう、ですね……。それでなくても、鉱山地帯ということもあるせいか……ナーシャの人々はコミュニティ内の仲間意識は強い分、排他的な傾向があります。訪ねて行ったところで、冷たく遇らわれてしまいそうですね。尚、ナーシャ地方に関しては、その後目立った動きはありません。観測情報だけ見つめれば、恐ろしい程の平穏を保っています」

「そうか。……ふむ。お前も落ち込んでいるだけではなかったのだな。きちんと仕事はしていたということか?」

「えぇ、これでも大天使ですから。……本当に、変なご心配をおかけして申し訳ございません。ですが……大丈夫です。ローレライのあの状況を目の当たりにして……落ち込みこそすれ、立ち直らないわけには参りません」


 私の心配を他所に、どこか決意も見え隠れする表情で顔を上げるラミュエル様。どうやら、この先は彼女の口から調査結果を報告してくれるつもりらしい。いつものフワフワした雰囲気さえも封印して、粛々と……かつ、意外なまでに冷静な様子で、ラミュエル様がローレライの状況を説明し始める。しかし……。


(ローレライの魔力情報はダミーかも知れない……だったな。この様子だと、もしかして……その魔力源が判明したのだろうか? だけど、その割には……)


 随分とラミュエル様の表情が険し過ぎるような。いつものふんわりした空気感しか知らない私にとって、ラミュエル様のここまでの冷徹さは最早、違和感にしかなり得ない。そうして……違和感の答えを求めて、ラミュエル様に同行したオーディエル様の表情をチラリと窺えば。彼女の方はどこをどう見ても苦悶しかない表情を浮かべているではないか。……何だろうな。ラミュエル様の報告内容がどう転んでも、穏やかになり得ない気がするが。それが私の思い過ごしであれば……いいのだけど。

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