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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−8 悪意の種

 ここは……どこだろう? えっと……そもそも、私、何をしてたんだっけ?

 よく分からないけど、とりあえずは生きているらしい自分の手を見つめれば。窓から差し込む綺麗な光に照らされて、とくんとくんとちゃんと鼓動が鳴っているのにも安心しちゃうけど……。


(……ベッドでゆっくり眠るなんて、いつ以来だろう?)


 まぁ、人間だった頃は一応、貴族だったし。それなりにいい生活はしていたけど? だけど、ベッドでこんなにぐっすり眠れたことなんて、1度もなかった気がする。


「お? もしかして、目が覚めたか?」

「……あんた、誰だったっけ?」


 会ったことがあるような、ないような。淡い水色の短めの髪に、微妙な色合いの赤い瞳。いっそのこと真っ赤だったら潔いと思うのに、目の前のお兄さんの目はどこかオレンジが混ざったような色をしていて……なんだろう。その中途半端に優しげな色味が、妙にムカつく。


「あっ、いきなり酷いな〜。一応、これでも君が目覚めるのを今か今かと、心配して待ってたんだぞ〜?」

「ふ〜ん……あっそ。そんな事を言われても、何もピンとこないし、頼んだ覚えもないし。……恩着せがましくそんな事を言われても、イラつくだけなんだけど」


 自分でもあんまりな言い種だとは思う。それでも、胸の辺りに何かが痞えていて、苦しくて。何もかもがモヤモヤしていて、イライラさせられて……ムカムカとする不快感に、私だってどうすればいいのか分かんないだけだし。別に、これは私が悪い訳じゃないと思う。


「そか。それは失礼致しました。とりあえず、腹は減ってないかな? 何か、食べたいものがあれば作るけど」

「……あのさ。普通、そこは怒るとこなんじゃないの? どうして、ヘラヘラしていられんのよ? 大体……あんた、私の何だっていうの?」

「あぁ、そっか。そう言や、きちんと自己紹介した事なかったっけ。ハハ、改めて失礼しました。俺はハーヴェン。ルシエルから君をよろしくと頼まれててな。で、どう? うん、その様子だと……ご気分はあまり麗しくなさそう、かな?」


 ハーヴェンに……ルシエル? って……もしかして、こいつがあの憧れの旦那様ってこと? いや、確かに遠くから眺めたことはあったし、その時は格好いいとも思っていた気がするし。純粋にルシエルが羨ましいとも思ったし。でも……なんだろう。確かにハンサムなのは間違いだろうけど。……実際にこうして見ると、自分の好みには合っていないと言うか。妙に平和ボケしている感じがして、気に入らない。


(って、そんな事を考えている場合じゃないし。私……どうして生きているんだろう? 確か、カリホちゃんに胸を刺された気が……したんだけど……)


 そうして、今更ながらに恐る恐る左胸に手をやると……これまた、指にとくんとくんと鼓動が伝わってくる。私……やっぱりまだ、生きてる……?


「ルシエルからも事情は聞いているから、今はとにかくゆっくりしていていいぞ。何か必要なものがあったら、遠慮なく言って」

「……どうして、私なんかにそんなに優しくできるのよ」

「うん?」

「多分なんだけど……私はあんた達の敵だと思うのよね。それなのに、どうして優しくできるのかって、聞いてるのよ。……何、企んでるの?」

「う〜ん……何か企んでいる訳じゃないけど。ま、強いて言えば……したいようにしているだけ、かな。俺は誰かの世話を焼くのも、面倒を見るのも嫌いじゃなくてな。その上で、料理を美味しく食べてもらえれば文句もありません! ふっふっふ……折角だから、体を休めるついでに俺の暇つぶしにもしっかりと付き合ってくれよ。代わりに好きなだけ、ここにいていいからさ」

「何? そのよく分かんない理由。間抜けすぎて、お人好しどころじゃないんだけど。と言うか……あんたの方はよく、それで平気よね。私だったら……こんな奴と一緒に暮らすなんて、真っ平ゴメンと追い出していると思うけど」

「おぉ? そうか? 俺の方は別に、構わないぞ。そもそも共同生活なんて、詰まるところそんなもんだろう。気に入らないことがあったら喧嘩も歓迎するし、仲直りのために話し合うのはもっと大歓迎しちゃう。だから、そんなに肩肘張る必要もないぞ。ティデルはまず、気を楽に持つことから始めようか? ルシエルも君の事、心配していたし。とりあえず、こうして目覚めただけでも安心するだろう」


 ルシエルが……私を心配してた? はぁ? そんな訳ないじゃない。それに……今のって要するに、ルシエルと私を仲直りさせたいって事だよね? ……バッカじゃないの?

 そうやって、内心で間抜けなお人好しだと馬鹿にしてみても。そんな馬鹿にしていた相手から言われた、間違いなく初めての言葉に頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱される感じがして、とにかく気分が悪いし、めちゃくちゃ悔しい。だけど……その気分の悪さは、今まで感じていた感情とは別物なのも、よく分かっていて。そして、それを分かりかけているらしい自分が何よりも気持ち悪い。

 ……本当に……なんなのよ、こいつは。どうしてこうも気安く、私なんかにまで優しくできるんだろう。そんなんじゃ……こっちは調子が狂ちゃって、落ち着かないじゃない。


***

(ヴァルプス、ごめんね……。私はもう……)


 ヴァルシラは意識に僅かな自由が残されている間に次世代の女王候補であり、「とある機能」を搭載した分身を逃すことには成功していたものの。ついに女神の魂の暴走を食い止めることができなかった。今の今までは自慢の盾で何とか、その悪意を抑え込んでもいたが。最後の砦でもあったブリュンヒルドの「思慮」というプログラムがローレライを経由して毒されたことで、今では女神の悪意そのものがローレライとして振る舞う始末。それでなくても「彼女」は幾度となく使者の体を勝手に間借りして、クージェに繰り出しては悪意の種をばら撒いてきた。しかも……ローレライの産みの親であるマナツリー、もといマナの女神の特殊能力までもを引っ提げて。


(……あぁ、皆は無事かしら……。いいえ……きっと、とっくに……)


 魔力の供給が途絶えて、既に物言わぬ鉄屑に成り果てているだろう。

 機神族は古い道具や魔法道具がローレライの魔力に触れて、意識を持つようになった魔法生物の集団である。故に、明確な魂こそ持ち合わせてはいないが、元の持ち主に「どんな風に使われていたか」とか、「どんな風に手入れされていたか」のメモリーは残されている。彼らは大切にされてきた道具に魔力が宿ることで意識を持ち得た生命体であるため、概ね人間に対して「好意的」であり、延いては天使に対しても比較的「協力的」な存在でもあった。

 だが、そのメモリーの原動力がローレライの魔力で賄われている以上、機神族はそれが途絶えると活動さえできなくなる。そして……今、ヴァルシラがローレライの根というケーブルで繋がれた状態で捕らえられているのは、機神界ではなく、悪魔によって滅ぼされた旧王朝・ヴァンダート城跡の地下だった。既に機神界からローレライが引き剥がされている時点で彼らの生存は絶望的だと考えては、ヴァルシラは自身の境遇よりも同胞の状況にこそ、機械仕掛けの心を痛める。


 ヴァルシラとて、ローレライが匿っていた魂がどんな相手かはよく知っているつもりでもあった。古代の女神の片割れであり、マナの女神にヘルヘイムの縦穴よりも深い恨みを持つ悪意の塊。その悪意は善意側らしい片側までもを取り込んで完成することを何よりも望んでいたが……不幸中の幸いと言うべきか。そちら側の魂を彼女が見つけ出すには、まだ至ってはいない。しかし万が一、そちら側も取り込んで古代の女神が「自分が何者だったのか」を完全に思い出したならば。弱りきっているこの世界……ゴラニアと言うマナの箱庭は、彼女に悉く希望を握りつぶされた闇に閉ざされることになるだろう。


(……まさか、彼女の悪意がローレライを変化させる程までとは、思いもしませんでした……)


 ローレライを侵した彼女の毒はあまりに強烈。その毒はローレライの玉座というポートに直結されているヴァルシラの信号系統さえをも、容赦無く蹂躙していく。そうして、いつしか自分の手に握られるのが盾ではなく、剣に挿げ変わっている事に気づいた時。ヴァルシラは機神王・ブリュンヒルドとしての矜持だけではなく、精霊としての自由をも失っていた。

 今やローレライではなく、グラディウスと呼ばれる鋼鉄の樹皮を持つ霊樹に、かつての高潔な守護者の面影はない。むしろグラディウスの名が示す通り、枝という枝を鋭利な剣に変化させては……世界への恨みという棘を着込んだ醜悪な復讐者の面構えを見せていた。


(私が至らぬばかりに、こんなにも悍ましい姿になって……。なんと……なんと労しいことか……!)


 辛うじて虚空を見上げた視界に映るのは鋼鉄の黒ではなく、不気味なまでに深淵の闇の色に染まった若葉のさざめき。しかし、そのさざめきにはヴァルシラ宛の言霊は乗っていない。自身を掴んで離さないケーブルから逆にローレライに語りかけても。ローレライは既に、ヴァルシラの声を聞き届ける理性さえもを消去してしまっていて……彼女の声に応える救済のプログラムさえも捨てた後だった。

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