17−2 ヴァルプルギスの鼓動(1)
【作者より】
ここから先、4話(+1話)の間はコーデリアの過去話が続きます。
所々「オリエント」等といかにもな東洋系の要素を小出しにしていたのは、これがやりたかったから……という訳ではなく、純粋にマモンに刀を持たせたかっただけなんですけどね。
彼にスニーカーを履かせるなら、オニツカタイガーで決まりです。
……なんて、余談はともかくとしまして。
まさかパンダ嬢の過去を17章に入ってから展開する事になるとは思いませんでした。
相変わらず、計画倒れで申し訳ございません。
そんな計画性があるようでないような作者の動向を、今後も見守ってくださると幸いです。
何卒、よろしくお願い致します。
「お待たせしました。こちらがヴァイヤー家が遺した研究資料……“ヴァルプルギスの鼓動”の構築理論を記載したものです。お話の筋からするに、マモン様もこれが何を作るための書物なのかはご存知かと思います。ここにある“ヴァルプルギスの鼓動”こそが魔力の器の代わりを成す、魔法道具の名前。そして……私の故郷・バンリの巫術を利用することで完成に至った、ヴァイヤー渾身の一品でもありました」
「バンリの……巫術?」
あぁ、そう言や……ダンタリオンも言っていたっけな。コーデリアはクージェに恨みがあったから、帝国から追われる羽目になったヴァイヤー家を助けて、研究も手助けした……って。……なるほど。奴の言っていた手助けってのは……悪魔的な魔法分野じゃなくて、バンリの王妃様側の知識の方だったのか。
「コーデリアを名乗るようになってから、久しいので……本当の名を使う必要もございませんでしたが。私はかつて、生まれ故郷ではシンズァンと呼ばれておりました。そして帝に迎えられ、貴妃になってからはシングィフェイ……心貴妃と呼ばれていたのです。ふふ、尚……コーデリアは心臓を意味する言葉なのだそうですよ。この名前は約2300年前にあの甲斐性なしが迎えに来た時にくれた名前でしてね。怠け者の割には意外と物知りなのですから。あれを妙に憎めないのは、文字通り……この名が我が心の臓を捉えて離さないからでしょう」
コーデリアが事もなげに寄越してきた研究資料には、何やら故郷の思い出もたっぷり詰まっているらしい。俺としては、その辺の思い出話は正直なところあまり必要のない部分ではあるのだが……妙に巫術の中身が気になって、仕方ない。それに……。
(……うん、嫁さんの前のめり加減からするに、コーデリアの昔話もしっかり聞いた方が良さそうだな。しかし……まさか、こんな形で嫁さんのノスタルジックが現実になるなんて。……想定外もいいところだよ、全く)
見れば、コーデリアへの土産物だと言うのに、一緒にライチをちゃっかり頂いているリッテル。バンリの妃様とカンバラの姫様と。互いに王女様同士とあれば、話も妙に弾むらしい。
いや、でもさ……土産物に手を出すのはやめとこう? 魔界じゃ食い物がないから、お茶1つ出てこないのも普通だし、悪魔側の準備不足に関しては申し訳ないんだけど。だからって、言われもしないのに当然の如く摘むのはナシだ。この辺は姫様由来の図々しさってことでいい……いや、よくない。よくないぞ、俺的には。……後で嫁さんの暴挙についてはご忠告差し上げておこう。
《王妃様はどんな風景を見つめながらライチを食べていたのかしら?》
……だったっけか。その光景をご本人様のお口から聞けるのは、何よりだが。肝心の巫術について教えてちょうだいと、お願いすれば。ダンタリオンと違って勿体ぶる事もなく、コーデリアはすんなりと昔話をしてくれるらしい。少しばかり恥ずかしそうにしながらも、きっと彼女も話し相手がいなくて退屈なんだろう……故郷とクージェでの出来事について、粛々と話し始めた。
***
(随分と、面妖な街であるな……クージェと言うのは。しかし、ふむ。私は既に、文句を言える立場でもない……か)
どこもかしこも黒光りしていて、空気まで異様に威圧的で重々しい。漆黒の街道を進むのは、鳥籠に伏せる血の色を纏う鳳凰と見まごう艶やかな女。そんなオリエント・バンリの地から運ばれてきた絶世の美女を一眼見ようと、詰めかけた異国の民のダミ声がガラガラと軋む轍の不協和音に混じって……一方の鳳凰には耳障りな程に大音量で絶え間なく届く。
籠に捕らえられたる絶世の美女、かつての名をシングィフェイと言いはしたが……彼女には既に呼ばれるべき名前も、名乗りたい名前もない。それもそのはず、その時の彼女は捕虜にして、勝者が敗者から毟り取った戦利品でしかなかった。
元はと言えば……バンリが秘術を学ぼうとやってきたクージェの遣いを拒んだのが、悪夢の始まりだった。確かに、バンリの歴史の厚みは圧倒的でもあったし、クージェがようやく魔法学園都市を興し、魔法技術の夜明けを迎えていた頃には既に、巫術を始めとする数多の秘術を確立しており、海で隔てられようともその神秘性は遠い帝国まで届く程でもあった。だからこそ、クージェ帝王は学園都市の学生達にバンリの魔術も体験させようと、使者を派遣したのだが……。
東方の大国であり、世界の何処よりも長く古い歴史を持つバンリは、自国こそが世界の覇者だと思い込んでおり……事もあろうに、クージェの使者を受け入れるどころか、話を聞く事なく刎ねた首を送り返してしまった。話し合いに来ただけの使者を取るも足らぬと一方的に切り捨てるのは、あまりに野蛮だとしか言いようがないが。その奢りが原因で大敗を喫することになるなんてバンリ側は微塵も予想することなく、尚も歴史の上に胡座をかいていたのだ。
***
「……私の夫であった、皇帝は非常に尊大で傲慢な人物でございまして。伴侶としては申し分ない相手ではありましたが……きっと、一国の王としては未熟でしたのでしょう。それに……当時の私達はあまりに無知でもあったのです。彼の地……ゴラニアには我らの想像を凌駕する者が巣食っている事を露とも思わず、使者を屠られたクージェの怒りを真っ向から受けたのです。しかし……」
バンリは圧倒的な歴史と秘術を持っていたにも関わらず、本気を出したクージェに呆気なく負けたらしい。バンリの敗戦はまるで神の意思だとでも言うかの如く、一方的な天罰をバンリに降した……と、コーデリアは言葉を結ぶ。
「ふふ、本当に愚かしゅうございますね。今でこそ、その正体は何となく推測できるものの……時、既に遅し。それでも、まぁ……バンリを尽く滅ぼさなかったのですから、クージェに一応は感謝しなければなりませんか? ……とは言え、私は我が子を取り上げた悪鬼共を許す気は毛頭、ございませんが」
「そう……でしたか。コーデリアさん、お子さんがいらっしゃったのですね……」
「えぇ。男の子が2人おりました。息子達は王城ごと焼き尽くされ、私はその死に目に遭うことさえ叶いませんでしたが。結果的には……我が子は2人共、クージェに屠られたのです」
うん……。これは元はと言えば、バンリ側の対応が悪かったのがいけないんだろうが……個人ベースで行けば、子供を殺された母親が恨みを忘れられないのも、当たり前と言えば、当たり前な気がする。……結構、コーデリアも苦労してたんだな。怠惰の悪魔だから、生前は楽しくおかしく暮らしていたんだろうと軽く思っていたけど。考えたら、上級悪魔の時点で多かれ少なかれ苦労してるのは前提な訳だし。伊達女の過去はちょっとしたこぼれ話だと割り切っていたが……意外と、深ーい苦労話になりそうか? これは。