17−1 季節外れのライチ
色女が持っているらしい、ヴァイヤーさんの研究成果。そんな魔界でも伊達女と名高い、怠惰のナンバー2に研究成果と一緒に、お知恵も拝借つかまつると……こうして出向いてみたはいいものの。それで、やはりと言うか、何と言うか。例の「ライチ」のクダリから、コーデリアのお話に興味津々らしい嫁さんも一緒についてきた。
(……まぁ、小粋な手土産を用意してもらえたのだし……これはこれでいいか……)
別に遊びに来た訳じゃないんだけどな〜……。それでも、季節外れのライチを向こうさんで用意してもらえたのは、有り難いと考えるべきだろう。それに、この場合は嫁さんがいた方が何かと話もスムーズかも知れない。……何せ、嫁さんとアスモデウス、そんでもってコーデリアは今じゃ魔界の綺麗ドコロ御三家として認識されていて、魔界でも3人セットで話題に登ることも多いらしい。と言うか……天使なのに、悪魔に混じってアイドルグループ認定されているとか、どういう事だよ。神界的には大丈夫なのか、それ。
「コーデリアさん、いらっしゃるかしら?」
「多分、いるんじゃない? 他の怠惰の悪魔は冬眠中だろうし、その間の留守は奴が守っていると思うけど……」
そんな事を言いながら、広大な永久凍土に埋もれるようにして建っている(掘られている?)ベルフェゴールのお住まいを上空から見下ろせば。ご主人様とお揃いで、建物も丸ごとお休み中ですと言わんばかりに静まり返っているもんだから、妙に焦ってしまう。パンダベースのコーデリアは冬眠していないって聞いていたけど。まさか、彼女も冬眠中だったりする……のか?
「ベルフェゴール様のお家は……お屋敷というよりは、通路と壁と窓しかないように見えるのだけど……。あなた、ここが本当にお家なの?」
「怠惰の悪魔は1年のほとんどを冬眠して過ごしているからな。眠れるスペースさえあれば、他はどうでもいいらしい。で、窓の中1つ1つがそれぞれの寝床になっていて。今はこの集合住宅で皆さん、素敵な冬眠ライフをエンジョイ中ってこった。因みに、通路に見える部分は通気用らしいぞ。半開きになっている窓が多いのは、適度に寒さと風とを感じることで、自分が生きていることを忘れないようにするためなんだと」
「そう、だったの……。怠惰の悪魔さん達は冬眠するのが、とっても好きなのね……」
うん、その通りでござんす。怠惰の悪魔は怠ける事、寝る事、何もしない事がとにかく大好きな連中だ。武器の鍛造技術や、魔法鉱石の加工技術を持っていたりするもんだから、起きている間は忘れないようにそれなりに仕事をしているらしいが。それも結局のところ、ヨルムツリーが気まぐれに「神界への叛逆」に使う武器の作成をベルフェゴールに命じていただけで、今となっては目的自体がやや形骸化している。それでも彼らが一応働いて見せるのは……純粋にヨルムツリーのご機嫌を損なわないためであって、決して自分達のためじゃない。
「とにかく……呼んでみるしかねーか。はーい、どなたかいませんか〜?」
「おや……? これはこれは、マモン様にリッテルではありませんか! こんな僻地によくぞ、お越しくださいました。お寒いでしょう? さ、さ、どうぞ中へ」
クソ寒い上空で迷っていても仕方ないと、通路やら迷路やらの最奥にある他よりはちょっと立派な誂えの窓をコンコンと叩けば。半開きの窓を全開にして、お目当ての色女が出迎えてくれる。あぁ、ナンバー2はちゃんと起きていてくれましたか。とりあえず……コーデリアと話ができれば、俺は今のところ文句もございません。
「ところで……リッテルはともかく、マモン様がいらっしゃるなんて。もしかして、ベルフェゴールにご用ですか? ですが、生憎と……」
「あぁ、俺も奴が冬眠中なのは把握してますから、大丈夫。何せ、今日はベルフェゴールじゃなくて、お前さんに用事があって来たんだし」
「私に……でございますか?」
心当たりがないなりに、ひとまず奥へどうぞ……なんて、ご案内くださる色女だけど。途中でベルフェゴールご本人が寝台に転がっているのにも、否応なしに気づく。俺以上にコンパクトな空間が好きらしいベルフェゴールの居室は、狭くて別の意味で落ち着くこと、落ち着くこと。家主様ご本人はグッスリと寝息を立てているみたいだが、「格納されている」という表現がピッタリな感じで寝台にジャストフィットしている。それにしても……よくもまぁ、こんなにお行儀よく眠れるもんだ。……今度、奴が起きている時に寝相の正し方を教えてもらおう。
「散らかっておりまして、お見苦しゅう限りですが……さ、こちらへどうぞ。しかし……誠に申し訳ございませんが、私にはマモン様が自ら足を運んでくださるようなご用件に心当たりがございませんで……」
「あぁ、そりゃそうだろうな。今回はこっちの都合で、勝手に押しかけただけだし……あ、そうだ。リッテル、あれを」
「はーい、ただいま。コーデリアさんの好物だとお伺いしましたので、お持ちしました。よろしければ、どうぞ」
「こ、これは……まさか、茘枝でございますか?」
茘枝、別名・ライチ。オリエント原産であり、コーデリアの故郷の香りを振り撒く、どこまでも甘い甘い赤い果実。今のゴラニアでは舶来物として空輸されているみたいだが……傷みやすい果物でもあるため、出回る時期はどうしても限られる。
「……懐かしゅう趣にございます。魔界に落ち延びて尚、遠き老家を見ているようで……。あぁ、そういう事でございますね。マモン様達がお越しになったのは……クージェとバンリの揉め事について、お知りになりたいからでしょうか?」
「う〜ん……そこもちょいと絡むかもしれないが。どっちかつーと、目的はその後処理の方かな?」
「後処理?」
「……実は、人間界のユグドラシルに使者をでっち上げて欲しいんだが……その依代を用意するのに、1人の女の子を殺さにゃならん。悪魔的セオリーに従えば、人間が1人死んだところで……って判断になるんだろうけど。俺としては、その子にはそのまま生きていてほしい部分があってさ。で、魔力の器をどうにか調達すれば、その子を殺さなくてすみそうなもんだから。……器の外付けを可能にできるとかっていう、ヴァイヤーさんの研究成果について教えてほしいんだよ」
ここまで来たら格好悪いだの、悪魔っぽくないだの……なーんて言っている場合じゃないと、恥も外聞もなく頼んでみれば。伊達女は物分かりもいい上に、配下としての心得もしっかりとお持ちでいらっしゃるから大助かりだ。
「よろしゅうございます。少しお待ちくださいね……ヴァイヤーから預かった文献をお持ちしますので。ふふ……それにしても、私はリッテルが羨ましゅうございますよ。マモン様がこうして懸命になられるのは偏に、嫁御の為でございましょう? ……全く、ウチの甲斐性なしとは大違いです」
何だろうな〜……別にそういうわけじゃないんだけど。ベルフェゴールへの文句を垂れ流すついでに、俺の尻に敷かれ加減に言及するコーデリア。そんな彼女の感想に、リッテルが隣で嬉しそうにしているけど……ベルフェゴールに何だか悪いことをしちまったようで、バツが悪い。確かに奴は若干、頼りない部分はあるが……魔界でもそれなりにマトモだったと思うし、そこまで悪い相手じゃないと思う。まぁ、稼働時間があまりに短いのは否定もしないけどさ……。いくら何でも、甲斐性なしは酷いんでない?