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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第16章】君と一緒にいるために
710/1100

16−50 君が君でいてくれればそれでいい(+番外編「布1枚のプライベート」)

 目の前にいるのはもしかして偽物なのかと、いくら目をゴシゴシと擦っても。どこか不安げな表情を見せる彼女は紛れもなく、初めての約束を交わした相手らしい。しかし……ある程度予想していたとは言え、実際に綺麗さっぱり忘れられているとなると、常々無駄に陽気で前向きなはずのベルゼブブも落ち込むものがある。


(……そっか。やっぱり……君は僕のこと、忘れちゃったんだね……)


 一頻り大騒ぎしたり、マモンさん家のスパに繰り出す者がいたりと、先程まで屋敷中が大盛況とばかりに賑やかだったが。今回はルールには厳格な天使長がいるせいもあり、いい子はおネムの時間と……天使達は1人残らず撤収した後だった。そんなサロンに取り残される形で託されたバビロン(フェイラン)に向き合ってみても。全てを忘れた彼女に、何をどこから説明すればいいのか分からない。


(本当に……ハニーはさりげなく、粋な事をしてくれるんだから。もぅ〜、ベルちゃん、浮気したくなっちゃうじゃない)


 天使様方の恋愛観は非常に硬派で純朴で、浮気は全面禁止。悪魔の気質を理解しているはずのルシフェルも、中身はしっかりと乙女であるらしく、彼らにとってはかなり厳しい禁止令を素気無く発令してきたものの。……それを自ら破らせるような真似をするのだから、これは試されているのではないかとベルゼブブは勘繰ってしまう。

 何れにしても、今は非常によろしくないことにバビロンと2人切り。もちろんベルゼブブとて、記憶のない相手を強引に……なんて、無粋な真似をするつもりはないが。お利口に2800年以上も待っていた相手との再会となれば、胸が高鳴るのは仕方もないというものである。


「ま、とにかく。忘れちゃっているのなら、仕方ないよね。いい? 君の名前はバビロン、だよ。まずはそのお名前を覚えておくことから頑張ろうか?」

「えぇ、分かったわ。私はバビロン、ね。……大丈夫よ。この体のままであれば、多少は覚えていられるの。……他の誰かを食べなきゃ、あまり忘れなくて済むと思うし……」


 ベルゼブブの提案に力なく笑いながら、素直に返事をするバビロン。ベルゼブブとしては「失敗作」なんて名前こそを忘れてほしいと願うが、どうやらその名前は「今の彼女」にしっかりと刷り込まれてしまっているらしい。それは要するに、忘れっぽいはずのバビロンにさえも根深く定着するまで、何度も何度も彼女がその名前で呼ばれていたことを示していた。そのあまりに無慈悲な現実に、改めて腹の辺りを熱くさせては……1人でフゥフゥと、熱を冷ますのにも苦慮するベルゼブブ。怒りん坊なのはサタンだけで十分と、努めて冷静にいつもの「ファニーフェイス」を装うものの。本当は彼女を「こんな風にした」相手を見つけ出して、今にも殴り込みをしてやりたい……が正直な感傷だったりする。


「さて……君も疲れているでしょ? 今日はそろそろ、休もうか。しばらく部屋を貸してあげるから、まずは魔界に慣れることに集中しなきゃね」

「そう、ね……。あ、それで……その」

「うん?」

「あなたの事は何て呼べばいいのかしら? ……ベルゼブブ様でいい?」

「えぇ〜? ナニ、その他人チックな呼び方〜。気軽にベルちゃん、って呼んでちょ〜だいッ★」 

「そう? だったら……ベルちゃん?」

「はーい。何かな〜?」


 自信なさげで、不安そうな表情。かつての黄金の肌に紫色の瞳を持っていた彼女の面影は、確かに何1つ残ってもいないが。黄金の輝きを纏っていても、失っていても……昔から彼女の自嘲気味な力無い笑顔は変わらないのだと気づいて、ベルゼブブは心の中で泣いていた。どうして、彼女はこんなにも怯えたように苦しそうな顔をするのだろう。一体、彼女は何にそんなに怯えているのだろう。


「……その。これから、お世話になります……。私、何の役にも立たないだろうけど……それでも少しの間、ここに置いてほしいの。……お願いできるかしら、ベルちゃん」

「当たり前じゃないの。僕に遠慮する必要はないからね。……だから、自分のことを役に立たないだなんて、悲しいことは言わないでよ」


 彼女に刷り込まれたのは「失敗作」だなんて、ふざけるのも大概にして欲しい蔑称だけではないらしい。馬鹿にされて、傷つけられて、踠いて。真祖としての存在意義だけではなく、最低限の自尊心さえも擦り減らした結果、彼女は自分を「役立たず」と卑下するまでに落ちぶれていた。そして、未だに彼女は失う事にこそ怯えている。自分の記憶も、領分も。ボロボロとどこかに忘れて、落としてきては……それを取り戻す術さえ与えられずに。自分を見つめる余裕さえも、自我を支える気概さえも。既に僅かな持ち合わせすらない。


「……別に何かできなくてもいいし、君が君でいてくれればそれでいい。失くしちゃったのなら、新しく見つければいいじゃない。君らしさも、君がしたいことも。これから素敵な事をたくさん見つけて、楽しく生きようよ。……何てったって、僕達は悪魔だもの。欲望の赴くまま、したいようにする。それだけで十分さ。自分を無理に見つけることも、自分を無理に決めつけることもしなくていいんだよ」

「そう……なの?」

「うん、そうさ〜。何事も程よく諦めが肝心。僕の所にいる限りは、君が楽しく生きられるようにちゃんとお手伝いもするから。……だから、さ。そんなに悲しそうな顔ばっかりしないで。ほら、笑ってごらん? スマイル、スマイル★」 


 ベルゼブブがどこか無理して戯けて見せたところで、バビロンがようやく少しだけ嬉しそうにはにかむ。その力無い笑顔は相変わらず頼りなさげで、弱々しくて。そして、底抜けに不安そうで。そんな初めて約束を交わした時とちっとも変わらない悲しそうな笑顔を、今度こそ本物の笑顔にしてやるのだと決意して。ベルゼブブは精一杯のスマイルを作りながら、心の涙を拭うのだった。

【番外編「布1枚のプライベート」】


「あなた……許可なく転送装置を設置してごめんなさい……」

「もう、いいし……。ただ、やらかす前に一言は欲しかったな……」


 リッテルがしおらしくしょげている。それは、まぁ……問題もないと思う。そんで、ちょっぴり悲しそうな顔をしている。それは、うん……俺も少し言い過ぎたかもしれない。

 しかし……リッテルさん? どうして反省するのに、下着姿になる必要があるのでしょうか? 別に、ネグリジェを脱がれる必要はないんですけど……?


「えっと……とにかく、今日はそろそろ寝ますか……。おやすみ、なさい……」

「まぁ! まさか、この状況をスルーするの⁉︎ ほらほら……リボンを引っ張ったらどうなるか、知りたくないかしら?」

「別に結構です」


 わざとらしくピラピラしなくても、結果は予想できるし。真ん中のリボンを引っ張ったら、ブラがパッカーンするんだよな? それで、恥ずかしげもなくポロリーノしちゃうんだよな?

 ……すみません、今夜は大人しく休ませてください……。


「ムムム……だったら、強行突破しちゃうんだから! あなた……覚悟ッ!」

「えっ……ちょ、ちょっと、リッテル! それはナシ! いやいやいや……待ってくれッ!」


 俺の最後の砦に手をかけては、謎の吸引力でキュポポポポンと勢いよく引き剥がしにかかるリッテル。

 と言うか……それは返して! お願いだから、おパンツ、返して! 布1枚のプライベート、とっても大事ッ!


「ふふふふ……グリゲッチュ★」 

「グリ、ゲッチュ……?」


 あっ、これは……どこをどう頑張っても、襲われるパターンっぽい。

 誰か、助けて……ッ!


 ……拝啓、神界の皆様……。聞けば、リッテルさんの下着は神界で調達したモノだそうですね。

 皆様がそちら方面にも興味津々なのは、存じておりましたが。もう少し、全体的に節度と理性を強く保っていただけないでしょうか……。


 本当に……本当にありがとうございました……。

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