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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第16章】君と一緒にいるために
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16−46 これ以上は付き合いきれません

 嫁さんのノスタルジック問題は取り敢えず、今は忘れるとして。肝心の「器の外付け」の最終確認をしようかと、もう一踏ん張りとダンタリオンのお話に付き合ってみる。俺の最終目標は、シルヴィアを最後までシルヴィアとして生かしてやることだ。最終目標さえ確保できれば、ヴァイヤーさんの情熱に絆される気も、コーデリアの恨みの中身に首を突っ込むつもりもない。


「コーデリアが持っているっぽい研究資料は後で聞いてみるとして……今の話だと、自分の血から器を培養すれば外付けができるってことでオーケー?」

「理論的にはそうなりますね。しかし、それができるのなら……どうして、彼らはシルヴィアをわざわざ先祖返りに仕立てたりしたのでしょうね?」

「それは、ヴァイヤーさんの研究とやらが完成しなかったからじゃないのか?」

「……多分、それだけではないと思いますよ」


 まだ、何かあるのかよ。ここまで話し込んで、やっとこさそれっぽいヒントをくれたと思っていたら……それでも不十分だと言わんばかりに、ダンタリオンが肩を落として見せる。


「確かに自分の血液から魔力の器を培養できれば、拒絶反応を気にする必要はなくなります。しかし、人間だけではなく……天使や精霊の器には人間界で活動するのにあたって、ある決定的な欠陥が存在するのです。魔力への融和因子を持つということ。それはつまり、元は魔力であったはずの瘴気への融和因子をも持つこととなります。闇属性を持たない者が瘴気への耐性を得るのは、非常に難しい事なのです。ですから、器の培養をできたとしても……瘴気への抵抗力がない場合、魔力を扱う以上に、瘴気への抵抗手段も確立せねばなりません」

「……言われれば、確かに。天使ちゃん達は瘴気に無茶苦茶弱いんだったな……。で、その耐性をカバーするのに魔法道具を使っていたり、あるいは……」


 ここから先は触れる必要もないか。今となっては後悔しかないのだけど、リッテルの両腕が黒くなっちまったのだって、彼女に瘴気への耐性がなかったせいだ。まぁ……悪化した原因としては、俺が何も知らなくて放置時間が無駄に伸びていた、というのもあるけど……。何にしても、悪魔みたいに闇属性持ちでかつ、年がら年中瘴気の中で生活でもしていない限り自然に耐性を得る事はできないんだろう。で、リッテルの場合は……うん、まぁ。何だ。俺が耐性をとある方法でくっつけた(今も毎晩のように補充させられています)から、魔界で一緒に暮らしていられるんだよな。


「……それで、精霊の先祖返りに仕立てる必要性があった、と」

「そうでしょうね。……それでなくても、人間は今までの歴史の中で瘴気を克服できたことは1度もありません。それどころか、臭いものには蓋をせよと……瘴気黄熱を罹患した者がいた場合、その血筋を瘴気への融和因子ごと根絶やしにしてきた経緯があります。……そんな中で、彼らが瘴気への耐性を得られるとも思えません」

「でも、この場合はその耐性を持っているシルヴィアが自分の器を培養できれば、やっぱりオールオッケーなんじゃない? 精霊の先祖返りなら瘴気への耐性もあるし、条件もクリアしているし」

「全く、マモンは本当にせっかちなのですから。どうしてそう、結論を急ぐのですかね? ヴァイヤー家の研究が頓挫した理由は何も、臨床試験をクリアできなかったからだけではないのですよ」


 これでも、辛抱強く先生の無駄話に付き合っているつもりなんだけどな。いい方法があるのなら、いい加減スパッと教えてくれよ。


「この先は人間には到達できない領域になりますが、彼らにはどうしても魔力の器を常に捕捉することはできません。ヨーハンは確かに、魔力への融和因子を抽出し、一時的に魔力の器を作り上げる理論は完成させました。しかし、魔力が流動的で不安定であるという要素を見落としていたのです。……魔力の器を見定められるのは、各精霊王の眼力か、悪魔くらいなものですからね。ですから、人間にはどうしても魔力の器を安定した形で他の者に供給することはできませんでした。そこで、培養した魔力の器をいきなり体内に戻すのではなく、外付けの器でまずは耐性を定着させることで、利用者の体に馴染ませる方向に舵を切ったのです。……このことこそが、医療魔術学の本質。失われた生体機能を回復させるための学問の本領というものです。その結果……人間にも本来はあっていいはずの魔力の器という機能を再生させる為に、代理で魔力への融和因子を育ててくれる仕組みが出来上がることになります」

「……あぁ、そういう事……。だから、さっき人工生命体の話が出てきたのか……」

「ふふ、気付きました? そう、魔力の器を安定した形で相手の肉体に乗せることができないのなら、外付けで代わりに役目を果たしてくれる存在を作ろうという発想になったのです。ここから先は私もコーデリアから聞いた話でしかないのですが……ヴァイヤー家の子孫は魔力の器と同じ役目を果たす魔法道具を作り上げることに成功していたようでして。その魔法道具を対象者に取り付ける事によって、肉体への適合性を高めると共に、拒絶反応を抑える方策を編み出したそうですよ。その後時代は下り、魔法技術興隆の最盛期を迎えた人間界では本来使えないはずの魔法を使える魔法道具が発明されたり、魔力を原動力とした列車が出現したりと、それはそれは豊かな時代が続きました。しかし……」

「ハイハイ、その結果くらいは俺も存じておりますよ……っと。湯水の如く魔力を使いすぎた人間のせいで、ユグドラシルは燃えちまったんだよな。全く、魔法は概念を理解していない奴が使っても、無意味だっつの。……何のために展開のステップで魔力を消費していると思ってんだか。魔力はきちんと解散させてやらないと、ご機嫌斜めになることくらいは理解しておくべきだったな」

「……そうですね。魔法の発動には本来、詠唱から展開への3ステップをこなさなければならない決まりになっています。なぜ、魔力が流動的で、留まることを嫌がるのか。それは純粋に、瘴気へ堕ちることに対する抵抗なのだと、私は考える時があります。きっと魔力はその流れが停滞すると、穢れていく性質があるのでしょう。そして……魔法道具の過剰生産にしても、魔法の法則を捻じ曲げることにしても。人間が利便性を求める行為は、魔力の矜持を削ぐ行為に他ならなかった」

「……ま、ある程度は一箇所で保持もできるみたいだが。それだって、一定期間をおいたら魔力を入れ替えなきゃならなかったり、自前の魔力をガッツリ消費しなければならなかったりと、手間と労力は必要だったりするし。……ラクしたい為に魔法を使おうっていうのは、発想自体が根本的に間違っているだろーよ」

「その通りですよ。そう、始まりは崇高だったヨーハンの研究も……結局は、人間の有り余る欲望を叶える為の上辺だけの魔法という幻想を振りまく術に成り下がっていました。……魔法はしっかりと概念を理解して使わなければ、必ず手酷い報復が返ってきます。確かに、魔法は豊かで楽しい暮らしを提供してくれてはいたのでしょう。しかし、人間はその支払いを怠っていました。……そうして、魔力の方が人間に愛想を尽かしたのです。もう、これ以上は付き合いきれません……と」


 人間は本当に馬鹿ですよね……と、ダンタリオンが寂しそうに肩を揺らすものの。これは要するに、最終的には「持たざる者」の悲願は叶っても、世界の方がそれを受容しきれなかった事になるんだろう……いや、違うか。世界……ユグドラシルも必死に頑張ってはくれたのだろうが、彼女の水面下(地面下と言った方がいいか?)の献身に人間は見向きもしなかった。そして、その献身が生み出す「日常」が当たり前じゃない事に……気付くのが遅すぎたんだ。


「話のスジがやや逸れてしまいましたが……この場合はシルヴィアが生きている間は外付けの器を用意して、女神の魂にはまずそちらで慣れてもらう期間を設ける。そして、シルヴィアが寿命を全うして亡くなった時に、慣らしておいた器ごと女神の魂を定着させることで、最終的にはシルヴィアの肉体を譲ってもらう。女神の方には使者としてすぐに活動してもらわなければならないのでしょうから、シルヴィアにも少しだけ協力と負担を強いる事になりますが……お役目があった場合でも、その場その場で彼女の体を間借りするだけで済むので、常に女神の魂を体内に同居させている状態よりは遥かに負担は小さいはずですし、万が一の悪影響の可能性も抑えられるでしょう。何より、それ以外の時間はシルヴィアが女神である必要はありません。……こうすれば、ユグドラシルの使者を擁立するという目的だけは果たせると思いますよ」

「そっか。確かにそれができれば、向こうさんの目的も果たせるかもしれないな。ユグドラシルがドラグニールを受け入れられるまでに立て直してやればいいだけだし。しかし……そこまで分かってるんなら、ここまでの長話は要らなかった気がするんですけど。最初から、方法だけ教えてくれればよかったんじゃない?」


 いや、そもそもガッツリ無駄話の自覚あるじゃねーか。ご本人様も「話のスジが逸れた」っ言っている時点で、俺にしちゃこれはタダの意地悪でしかないんですけど。


「おや。マモンは理論や概念を理解せずに、そんな無謀なことをしでかそうとしていたのですか? 君は結構、それなりに理知的だと思っていたのですけど。違いましたかね?」

「別にここまでご丁寧にご説明いただかなくても、要点さえもらえれば理解できまーす。先生の話は諄くて、退屈でーす」

「そう言わないで下さいよ。私は歴とした学者なのです。難しい事を考えるのと、論じるのが好きなのですから。私の高尚な話に付き合ってくれるのは、魔界では君くらいなものですし。親の悪魔として、たまには話し相手になってください」

「……ここで都合よく、俺を真祖扱いするのか、お前は。散々俺を軽んじといて、なーに言ってんだよ」


 ふむ、そうでしたか? ……なんて、あっけらかんと答えられると、俺としては悔しい以上に遣る瀬ないんですけど。大体、自分の話を「高尚」だなんて言っちゃう時点で、自意識過剰にも程があんだろ。いい加減にしとけよ、このポンコツ悪魔第1号め。

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