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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第16章】君と一緒にいるために
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16−45 持たざる者の苦悩

「同じ人間なのに、器がある者とない者がいる。私が人間だった頃から、未だにその現実が変化したことはありません。そして、持たざる者にとって……器の獲得は悲願でもあったのです」

「いや……そりゃ、そうだろうけど……。でも、人間は器なしでも……」


 生きていけるんだし……と、言いかけて、それがどれだけ残酷なことかに思い至っては、ゴクリと言葉と一緒に唾も飲み込む。

 ……あぁ。そりゃ悔しいどころか、遣る瀬ないだろうな。魔力の器がない奴はどんなに努力をしても、魔法を使うことは絶対にできない。それを漠然と「仕方ない」なんて、軽く言い切るのは……あまりに無慈悲な切り捨て方だろう。


「……そうだな。持っていない奴にしてみれば、魔力の器は喉から手が出る程に欲しい代物だろうな。人間が使える魔法は初級魔法程度とは言え……それだって、あるかないかの差は大きい。なるほど……悲願、か」

「マモンは意外とセンチメンタルな部分がありますね。まぁ、私はそんな君は嫌いじゃないですけど」

「……おセンチ気味で悪かったな。で? 忘れるところだったけど……器の仕組みについての模範解答は?」

「もぅ、そう焦らせないでください。物事には順序というものがあります。私が無意味に君の気分を落ち込ませるとでも?」

「今まで散々、無意味に俺の気分を凹ませてきたのは、どこのどいつだよ」


 悔しさ紛れに、せめてもの反抗で憎まれ口を叩いてやれば。それさえも軽く受け流して、ダンタリオンがネチネチと授業の続きを始めて下さるもんだから、もういいやと色々と諦める。そんな有り難〜い彼の解説によりますと……魔力の器のメカニズムの解明は「持たざる者」に寄り添った、とある偉いお医者様の血と涙の結晶(物質的なものを含む)なのだそうだ。


「魔力の器を得られない理由は何なのか。それが分かれば、後付けで器を獲得する方法が分かるかもしれない。そうして器の発生の原因に着目し、器のメカニズムを解明したのは医師でもあった、ヨーハン・ヴァイヤーでした。ヨーハン自身は器を持つ貴族階級の人間だったのですが……慈善事業にも精力的だった彼は、その活動の中でとある事に気づくのです。彼の家族や友人は全員、器持ちの貴族である一方で、貴族ではない患者達は器を持つ者がいない事に。……そして、1つの残酷な現実を思い知るのです」


 元から悪魔の俺には人間の社会性やら、貴族制度やらを意識する機会すらなかったけれど。そのヴァイヤーさんが気付いた残酷な現実とやらには、流石に嫌でも気づく。あぁ、そう言えば。例のロヴァ親父も「我が国にとって、重要なお客様ばかり」なんて、上級貴族に関しては言ってたっけな。アグリッパはそれを「面倒臭い妄執」なんて、一蹴してたけど。それはあいつも精霊……要するに生まれた時から「持っている者」だったから、そうやって呆れていただけで。人間側の都合から見れば、貴族は冗談抜きで「高貴」な存在だったんだろう。……やっぱり、つくづく抜け目がないな、あのクソ親父。


「……そういう事。人間の場合、魔力の器の獲得は血筋に左右されるんだな?」

「その通りですよ。そして、その理論から導き出される法則はたった1つ。……魔力の器はマクロな意味では肉体、ミクロな視点では血に依存する要素だという事です。そして、魔力の器が魔力そのものを溜め込む仕組みは、血脈に含まれる融和因子が魔力と結合することで一時的に保持している現象に他なりません」


 そうだったんだ……? 器があることが当たり前すぎて、気づきもしなかったが……かなり衝撃的な内容だぞ、それ。


「……ない物ねだりは人間のお家芸、か。そうか……その悔しさは持っていない奴じゃないと理解できないんだな」

「えぇ、私もそう思いますよ。そして、ヨーハンはその持たざる者の苦悩に寄り添った結果……自分の体をサンプルにしながら、魔力の器とは血筋そのものに宿る魔力への適合性の集合体であることを突き止めたのです」


 しかし……と、何故か悲しそうな顔をしながらダンタリオンが続ける事によると。人間の血というのは相当に複雑な代物らしく、数種類の「血液型」があるらしい。その「血液型」が合わなければ、拒絶反応で対象が死んでしまう可能性もあるそうな。しかも、ヴァイヤーさんの苦難はそれだけではなくて……彼の研究を心良く思わない奴も現れては、糾弾するバカまでいたというのだから、つくづく救いがない。


「当時の人間にとって、魔法を使える事は特別なことであり、一種のステータスでもありました。延いては、特級階級の権威に結びついている部分も相当にあったのです。そして、ヨーハンの研究は同じ貴族達からしてみれば、裏切りにも近い行為でした」


 最終的にヨーハンさんは魔力への融和因子から器になり得る要素を抽出して、集めるところまでは漕ぎ着けたが……適合性に対する臨床実験もままならない部分もあり、画期的な学術論だったはずの研究は未完のまま頓挫してしまったらしい。更に悪いことに、ヨーハンさん自身も国家の根底(貴族の特権思想)そのものを転覆させる危険思想の持ち主だと判断されてしまって……。


「……ヨーハンは反逆罪で死刑、ヴァイヤー家は故郷であったクージェを追い出される結果になりました。もしかしたら、子孫はどこかで生きているかもしれませんが……未完の研究についての資料はクージェには残っていなかったと記憶しています」

「あぁ、だから理論だけは画期的な学術論“カッコ過去形”だったのか……」

「そういう事ですよ。理論と原理は確立できていたようですが、肝心の結果と実績が伴わなかったのです。それに、その思想を持つ事自体が反逆罪に直結するとなれば……まずまず、クージェで研究を続けるのは不可能でしょう。しかし……ヴァイヤー家は悪魔研究家でもありました。ですので、実はこっそりと……召喚儀式で呼び出した悪魔に逃亡の手助けを願うと同時に、ヨーハンの研究資料を託していたとか、いないとか」

「はっ? 悪魔に……託した? その悪魔って……一体、誰だ?」

「コーデリアですよ。彼女……元はバンリの王妃だったそうでして。しかも、クージェには相当の恨みがあったみたいで……逃亡だけではなく、研究の手助けもアッサリ引き受けたみたいですね」

「そう、だったんだ……。あっ、もしかして……それ、例の文献の話が噛んできたりする?」

「あぁ、昔にしてあげたお話を覚えてくれていたのですね。えぇ、その通り。『クージェ七夜城』の話に出てくる異国の王妃こそ、コーデリアその人です」


 まさか、こんな所で古代バンリ皇帝の愛妃様にぶち当たるなんてなー……。これは……あれか? もしかして、リッテルの言っていたノスタルジックが現実になっちゃう感じか……?

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