1−7 料理人舐めるんじゃねぇぞ
タルルトを一刻も早く飛び出そうと、急ぐ帰り道。俺はエルノアに何よりも重要な事……「魔法」がこの世界でどんなに特別な事なのか説明していなかったのを、心底後悔していた。
魔力をとっくに失った世界で魔法を使うことは、それだけ「悪目立ち」することを意味する。しばらくはそんな世界で生活しなければならないのだから、こちら側のお作法はしっかり覚えてもらわなければならない。
「……ハーヴェン?」
「エルノア、よく聞いて。できるだけ、魔法を使うのはやめるんだ」
「どうして?」
「今の人間界で魔法を使う、つまり魔力を消費するということは、精霊である君の命を削ることに等しい。魔力がなくなると、精霊としては生きていけなくなってしまう」
「……でも、ちょっとくらいならすぐに魔力も回復するし、大丈夫だと思うの」
「そうだな。確かに少しなら、君自身は平気かもしれない」
怪訝そうに、こちらを見上げるエルノア。そんな彼女の視線を無視して、強引に話を続ける。これはとても大事なことだから、理解できなくても分かってもらう必要がある。
「本来、精霊は天使の呼び出しに応じて、一時的に力を貸すのが一般的だ。その方が呼び出している間の魔力を負担するだけで済むから、契約主にとって都合がいい。でも、帰る場所のない精霊は呼び出しに応じるも何も、そもそも元の居場所がないから異世界に留まっているしかない。俺達2人は、まさにその状態なんだ。……もし、それが好き勝手に能力を使えば、契約主の魔力も一緒に削ることになる。君が平気でも、ルシエルが平気ではない可能性もあるんだ」
「……でも、私……」
「今日のことはいい。君が魔法を使ったことはルシエルも気づいていると思うが、あの子を助けたことは間違っていないし、そんなことで怒るほどルシエルは感情的な方でもないしな。あの程度なら、ルシエルが困ることもないだろう。ただ、次からは魔法を使うのはルシエルが近くにいる時だけにするんだ。いいね?」
「うん。そうする」
素直に頷いているのを見るに、エルノアは俺の言う事をきちんと理解したらしい。そんな事を道すがら話をしている間に、気がつけば町の出口に着いていた。相変わらず暇そうな門番に軽く挨拶をして、帰り道を急ぐ。我が家までは、約1キロほど。エルノアの手を引いて、拓けた平野の道をひたすら進む。
しかし……しばらく互いに無言で歩いていたが、急に彼女がピタリと歩みを止めた。どうした……と聞く間もなく、ザザザッと原因が目の前に現れるが。……見れば、7人ほどの男に囲まれている。前に4人、後ろに3人。プランシーの言っていたことが、本当になってしまったようだ。
「ハーヴェン……この人達、怖いよぅ……!」
小さく怯える彼女を引き寄せて、自分の体に密着させる。ったく、数だけ揃えればいいってもんじゃないだろう。
「おっと、お兄さんに用はないねぇ。トットと、くたばってくれると嬉しいんだが」
いかにもな悪人ヅラに、いかにもなセリフなもので、つい吹き出してしまいそうになる。きっと、彼らはある意味で真剣なのだろうが。以前は彼らみたいなのを「料理していた」俺にしてみれば……人間は取るに足りない相手でしかない。
「……くたばれ、だと? テメェら、料理人舐めるんじゃねぇぞ」
「料理人か! そりゃぁいい! よく見りゃ、その腰の包丁、なかなか良さそうじゃねぇか。ついでにいただくとするか」
「……そうか? 言っとくが、こいつは肉斬り包丁だ。お前らを刻むのに、ちょうどいいかもな?」
「あぁ⁉︎ 粋がってんじゃねぇぞ、コックの分際で‼︎」
仕方ない、荒事はできるだけ避けるつもりだったんだけど……と、思いつつ。俺も煽りすぎてしまった気がする。うん、今度からちょっと気をつけよう。
「……エルノア、少し待っててくれな。もしアレだったら、終わるまで目を閉じとけ」
「え? あ、うん……」
明らかに不安そうだが俺のことは信頼しているらしく、両手で目を覆うエルノア。よしよし。お兄さん、素直な子は嫌いじゃないぞ。
「そんじゃ、遠慮なく抜かせてもらおうかな。そうそう、俺の本職は人間を捌くことだったりして。解体はそれなりに慣れているから、覚悟しとけ‼︎」
そうして、封印を解除して出番を待ちわびている腰の得物を抜く。
腰の圧縮魔法筒に収めているこいつは、抜くと本来の姿を現す凶暴な相棒・コキュートスクリーヴァ。実質は悪魔仕様の肉斬り包丁だったりするものだから、刀身だけで1メートルほどあり、重量もそれなりだ。そのため、この姿で振り回すにはちょいと重いが……こればかりは仕方がない。
「まずは……そちらさんから、いかせてもらおうかな!」
明らかに異常な相棒の姿に驚いている彼らとの距離を一気に詰め、お構い無しにまず一閃。とりあえず、目の前の4人の腕をアッサリと切り落とす。
「うわぁぁぁぁぁ!」
予想通りの声をあげて尻餅を着く前方4名様を冷ややかに見つめながら、とりあえず……一応の警告を出してみる。ここまでやれば、流石に彼らも逃げていく……。
「利き腕を残してやっただけでも、ありがたいと思え〜。これ以上向かってくるようだったら、次は足を持ってくぞ……って、人の話は聞けよ!」
と、思ったのだけど。
俺の配慮も虚しく、待ちきれなかったらしい賊が飛び掛かってくるのを、耳で感知。後ろから斬りかかってきた賊の攻撃を背中越しに相棒で受け止めて弾き、振り向きざま、彼の足に刃を滑らせる。そうして圧倒的な力差を見せ付けたところで、今度は目の前と背後から絶叫と共に、どよめきが聞こえてくるけど。
「……言ったろ? 次に来るなら、足を持っていくって」
やれやれ……と妙に後味の悪い気分に浸りつつ、相棒の血を払う。人体解剖……いや、解体に慣れているとは言ったが。別に慣れているだけで、好きなわけじゃない。
「ば、バケモノ!」
そう言い捨てて、散り散りに逃げていく野党共だったが……。あ〜あ、ヒデェの。足を落とされた奴はマトモに歩けない状態なのに、アッサリと見捨てやがった。
「チッ、これだから人間は……。確かに俺はバケモノだけれども、そこまで薄情じゃねぇぞ。ま、仕方ないか。エルノア〜、帰るぞ〜!」
「う、うん、終わった?」
そんな事を言いながら、相棒を再び筒に封印してエルノアの肩を叩く。そうされて目を開いた途端に、「ヒャぁ」と小さく驚きの声をあげる、エルノア。そういや、転がったままの腕と血溜まりは、お子様には刺激が強かったかもしれない。……今日の俺は本当に、色々と詰めが甘いみたいだな。