16−33 配下の物は俺の物
【作者より】
今回は意外と物知りキャラ(という設定)のマモン様が喋ります。
とにかく喋ります。
喋りまくります。
とは言え……説明に関しては深追いしなくても、悪徳教授の名前にピンときて下されば、大丈夫なのです。
この場合はマモンとある程度、話ができればいいか。今度は肝心の「中身」について盛り上がり始めた大天使様とポンコツ悪魔さんを横目に、マモンに例の「器の増設」について質問を投げてみる。すると……流石に魔界の大悪魔様はそちら方面の情報もお持ちのご様子。やや面倒臭そうな顔をしたが、相変わらずの面倒見の良さでしっかりと教えてくれるのだから、有難い。
「……確か、ダンタリオンが生前に研究していたお題の中に、そんな話があった気がするな」
「ダンタリオンの研究?」
「あぁ。あいつは悪魔になる前は、帝都・クージェリアスとやらで魔法構成学と魔技術応用学の教授をしていたみたいでな。で、人間の錬金術は眉唾モノもいいところだが、魔法が噛むと話が変わってくる。……ダンタリオンが研究していたのは、魔法を使って対象を作り替えたり、強化したりとか……そんな感じの内容だったらしい」
なんだけどなー、と急に悲しそうにため息をつくマモンによると。
研究成果は生前の彼の上司でもあった偉い教授に奪われたとかで、その諍いが原因でダンタリオン側の方が「粛清」される羽目になったのだと言う。そうして、あのクソ教授……とか、マモンがお怒りを滲ませているのを見る限り、やり口は相当に悪辣なものだったようだ。
「ま、そいつの素養はともかくとして。あいつの家にそれっぽい内容を記載した学術書があってさ。きっちり禁書扱いのそいつには、無機物だけじゃなくて、有機物にまで応用できるようなことも書いてあったな」
無機物だけじゃなくて、有機物。それはつまり、生き物に対しても作り替えたり、改良したりの技術を適用できる事になるんだろう。まだ明言はされていないが……話の筋からするに、魔力の器も対象に含まれそうな雰囲気だ。
「それ、マモンも読んだのか?」
「一応。配下の物は俺の物だ。それを余す事なく読み漁るのは親玉の特権だし、何より……」
「何より?」
「知識量が配下に負けているなんて、悔しすぎるにも程があるだろ」
「うん……? そこ、張り合うトコロか? しかも……相手はあのダンタリオンだよな?」
「当ったり前だろ? 真祖には、それなりの実力と能力が求められるんだよ。特に俺の場合はただふんぞり返っているだけじゃ、舐められて弱体化しちまう。……つっても、ダンタリオンには最初から今まで、舐められっぱなしだけどな」
妙に自分勝手かつ、非常に殊勝な理論を展開しながら、ムスッと頬を膨らませる強欲の真祖様だが。当然ながら、知識や教養までは俺のものなんて、理屈は通用しない。この様子だと、マモンなりに配下に「舐められないために」相当、お勉強もしたんだろうなぁ……。しかし、それでもマモンを舐めているとなると……ダンタリオンは別の意味で、かなりの大物な気がする。
「パパは、とっても頭がいいんですよぅ!」
「魔法もすっごく詳しいです!」
「それで、最近は寝相をよくする方法を勉強しているです!」
「ダァッ! お前ら、黙れ! 俺の寝相に関しては、お口にチャックだ!」
「えぇ〜? どうしてでしゅ? ママは寝相が悪いパパも可愛いって言ってたでしゅよ?」
「ハンス、それは公表しないでくれ。俺はな……可愛いって言われると、却って傷つくんだ……」
きっと本人が目指している格好いい真祖様像と、現実の可愛いマモン様像には相当のギャップがあるのだろう。今日はお決まりのパターンでお口が減らないハンスをグリグリする事なく、しょんぼりし始めた。
「あ、あのさ……マモン。で、その……」
「ハイハイ、ご質問の向きは魔力の器を増設できるかについて、だったな。ダンタリオンはあくまで、研究対象は無機物までに留めていたから何とも言えないが。あいつは研究者ではあるが、最低限のモラルはあるタイプだったみたいでな。理論上は有機物、つまりは生物も対象に含めることまでは認識していたみたいだが……魔力技術応用論による性質分割の実験台に、ナマモノを選ぶこともなくてさ。本人にその理由について、直接聞いたことはないけど。おそらく、あいつは想定外の結果……対象をうっかり殺しちまうかも知れない事を考えて、研究対象にすることを避けていたんだろう」
舐められっぱなしだと忌々しげに言っていた相手に対して、意外と好意的な印象を述べるマモンだが。そう言えば、ダンタリオンは魔界でも結構な古株だったな。マモンとの付き合いも桁外れに長いのだろうし、互いの事はちゃんと理解しているのかも知れない。
「錬金術の基本的なメソッドとしては、対象の元素構成や遺伝子配列に対して、書き換えや置き換えで高価値のものを作り出そうって言う、欲望剥き出しの思想が大元だが。鉄屑を黄金にするのも然り、人間の次元的概念を書き換えて神様に仕立て上げるのも然り。中身は聞いただけで、馬鹿げていると鼻で笑いたくなるけどさ。そんな机上の空論だったはずの錬金術も、魔技術応用学をしっかりと理解した奴にかかれば……夢を現実に書き換えることも、可能だったりする。つっても……魔法は魔法で概念を読み違えるたりすると、現実に書き換えるはずの夢が一発で悪夢に早変わりしちまうけどなー」
「そういや、その魔法構成学と魔技術応用学って、何だ? 錬金術とは違うのか?」
「分野としては一緒だろうが、アプローチが違うな。錬金術はあくまで対象の構成だけを見つめては”ここをこう変えれば、こうなるはず”って言う、希望的観測をかなり含む。一方で、魔法構成学は魔法の構築概念を分解して、作り替えてみようっていう学問だ。有り体に言えば、新しい魔法を生み出すためのお勉強だと思ってくれればいい」
「う、うん……」
「とは言え……魔力の流動傾向と術者の掌握率に環境への適性補正率、そんで適合率に伴う確変変動率が絡んでくると、その場その場で状況が変わるから、どんなに構成を工夫したところで全く新しい安定した魔法を構築するのは至難の業だがな。だから、どっちかつーと……既存魔法を組み替えたり掛け合わせたりして、新しい効果を生み出すための学問だと言った方が正しいか」
「おぉう……」
「で、魔技術応用学の方が今回のお題の本命になるだろうな。眉唾の錬金術を現実たり得るのが、こっちになるんだが。俺は錬金術の方はよく知らんから、なんとも言えないけど……どんな魔法を使っても、傷つかない、壊れない存在を作り出すのは不可能だ。物質は劣化に風化もするし、生き物は決まった細胞分裂の回数を全うすれば、自然と死んじまう。勿論、それを待たずとも病気や怪我で死ぬパターンもあるしな。天使や悪魔だって寿命はないかも知れないが、決して不死身じゃない。だけど……脆い奴っていうのは、見る夢だけは大きいみたいでさ。物質構造や遺伝子配列を魔法概念を下敷きにして、書き換えることで……より優れていて、より強い存在を生み出そうとしたらしい」
マモンがさもやり切れないとでも言いたげに、更に何やら恨み言を吐き出すけど……。いや、その前に。真祖様の解説が非常に難解かつ、専門的すぎてびっくりなんだけど。
そう言や、ダンタリオンも「見た目の割には頭が切れる」なんて、マモンに関しては失礼なことを言っていた気がするな。うん? でも、そうやって認めているところもあるみたいだし……意外とダンタリオンもマモンに対して、ちょっとは敬意もあると思っていいのか?
「より優秀な存在を生み出すこと、より強い存在を生み出すこと。どうも、魔技術応用学の概念はそれを魔法で叶えようっていう事みたいだな。でも……さ。対象が無機物なら万が一、失敗しても残念でした、で済むだろうが……相手が生き物だった場合は失敗しましたなんて、冗談抜きで笑えねーだろ。しかも、成功しても副作用や想定外の影響がないとは言い切れない。何せ、魔力っていうのは流動的で、不安定だからな。最初は良くても、後からやっぱりダメでした……ってパターンもあり得る。……ダンタリオンが懸念していたのは、まさにそこ。だからあいつは懸念事項込みでお偉いさんに相談したらしいんだが……頭は良くても、人を見る目はなかったんだろうよ。ダンタリオンが長年かけた研究成果は結局、権威に目が眩んだグレゴールって奴に横取りされたんだと。……本当に、あいつが速攻でそれを思い出していれば、俺が代わりに地獄で引き摺り回してやったのに……!」
「ドウドウ、マモン。そのお怒りはご尤もかも知れないが……」
「あっ、悪い。つい、脱線しちまった。で、肝心の器の増設についてだけど。増やすことはできないが、分割する……つまり、魂の受け皿自体を増やすのは可能だろう」
「お?」
「さっきも言った通り、魔技術応用学は魔法概念を下敷きにして対象を書き換える事を目的としている。人間には魔力の器を見極めることはできないだろうが、相当レベルの精霊や悪魔であれば魔力の器を捕捉することも可能だ。だから、この場合は……そいつらが一枚噛めば、器の分割もできるだろうよ。対象の絶対値を“1”から“0.5×2”にしてやればいいんだから。最大値をオーバーする構成にはできないだろうが、元々ある物の状態を“2つ合わせて1”に変更するのであれば、理論上は成り立つな。……つっても、結局はその先の副作用や悪影響については、保証できないけど」
最後はやや呆れ気味で、俺としてはかなり困る事をおっしゃる強欲の真祖様だけど。そうか……器の分割はできても、結果は保証されないか。そうなると、器を分割してシルヴィアに女神様の魂を居候させるのも、かなり危ういな……。この場合、どうすればいいんだろう。何か……いい手立てはないかな。




