16−31 旦那様のお気遣い
「コンタローにはこいつをベルゼブブの所に届けてもらいます。で、ハンナとダウジャはこっちをエルノア達に届けてやって欲しいんだ」
「あい! おいらはベルゼブブ様の所でヤンすね」
「そして、私たちはお嬢様の所に……と。かしこまりました」
「もちろん、いいですぜ。きっと、お嬢様も大喜びでしょう」
朝食を腹に納めて、やる気も満々のモフモフズにデザートデリバリーをお願いしてみれば。いつも通りの素直でサービス精神も旺盛な彼らの様子に、安心してしまう。これであれば、おやつと一緒に元気もお届けしてくれそうだ。そうして、俺が可愛い配達人をお見送りしていると。背後で明らかによろしくない空気を撒き散らしている嫁さんの視線が、背中にビシビシと刺さるから、痛いじゃないの。
「ルシエルは朝から、何をそんなに怖い顔をしているんだよ……」
「……私もデザート、欲しい……」
「いや、朝飯にフルーツ付けてあったろ? イチゴに練乳でも立派な甘味だと思うけど」
「イチゴ程度じゃ満足できない……ハーヴェンのケーキが食べたい……」
もぅ〜……朝から何をワガママ言っているの、この大天使様は。小さなお口でイチゴをハムハムしながら、恨めしげにそんな事を言われても説得力はゼロだと思うぞ。
「デザートは夕飯まで我慢しなさい!」
「ヤダ! ケーキが食べたいっ! ちょっとくらい、甘いものを出してくれてもいいだろう⁉︎ ハーヴェンの意地悪! 悪魔! そんでもって……ピーマン男ッ!」
「へいへい。それじゃぁ……ピーマン男は聞き分けのない嫁さんに、特製ピーマンケーキを作る事にします! ふっふっふ……張り切って、腕を振るっちゃうぞ〜」
「な、何それッ! そんなの、食べられるわけないだろう! グスッ、そんな事をされたら……お仕事が頑張れなくなる……」
あっ、そんな事をウルウルしながら言っちゃう? 俺としてはショック療法も兼ねているつもりなんだけど……とか、してやったりと考えていると。今日も今日とて、強欲の真祖様がいらっしゃる。だけど……おや? 小悪魔ちゃん達はともかく、そっちのお兄さんは誰かな?
「お邪魔します……っと。おぉ、おぉ。朝から、とってもお熱いこって。ルシエルちゃんを涙目にするなんて、ハーヴェンも中々やるな」
「あの凶悪天使様が……」
「な、泣いている……?」
「流石、お頭ですよぅ! 一体、何をしたんですか⁉︎」
「……ラズ、その辺は何も触れずにスルーしてやれ」
「でも、あのルシエルしゃまが泣いているなんて……一大事でしゅ!」
ま、確かに一大事かもな……なんて、相変わらず冷めた調子でマモンが小悪魔ちゃん達に応じているが。そのお隣で、初対面のお兄さんが俺の方に穴が開くんじゃないか、ってくらいの熱視線をくれちゃっている。えぇと……この方はどちら様でしょう?
「あ、あなたが……」
「うん?」
「あの勇者・ハールなのですねッ⁉︎」
「へっ?」
いや、確かに生前はハールだったけれど。でも、今更勇者と言われるのはちょっと、違うと言うか……。
「あぁぁぁ! まさか! あの勇者・ハールにお会いできるなんて! ぼかぁ……悪魔になって、本当に良かった……! まずはサインを……」
「サインよりも自己紹介が先だ、このポンコツ悪魔!」
気がつけば両手を握りしめられて、ブンブンとなすがままに揺さぶられていると。マモンがしっかりと暴走悪魔さんをピシリと注意してくださる。そんな彼のお叱りからしても、目の前のお兄さんも確かに悪魔ではあるらしいが……しかしポンコツ悪魔って、どういう意味だよ。
「……勝手にやってきて、いきなり騒いで悪いな。一応、紹介しておくと。こいつはアークデヴィルのミカエリス。……現代の人間界から闇堕ちしたもんだから、どうやらハーヴェン……もとい、ハール・ローヴェンに興味があるみたいでな。是非にご本人様にお会いしたいと言い出すから、連れてきたんだよ」
「そう、だったんだ……」
「あ、それとな。こいつの妹さんが人間界でご存命中だから、カーヴェラのご実家に帰っていることもあってさ。で……勝手な事をして悪いんだけど、緊急事態に備えてここのアンカーを教えてある。……何かあったら、よろしく頼むよ」
「別にそれはいいけど……へぇ〜、今の人間界で闇堕ち、かぁ……。しかもアークデヴィルとなると……そっか。お兄さんもきっと、辛い目にあったんだな……」
「いいえ! そんなことはありませんッ! 僕の闇堕ちは神様の思し召しなのです! 悪霊退散ッ! 正義の鉄槌を教会に下してやるのです!」
「……うん?」
これはまた……ミカエリスさんは随分とエキセントリックな方みたいだな……。とりあえず、闇堕ちが神様の思し召しっていう理屈は、絶対にないと思うぞ? ポンコツ悪魔の起源はこの勘違いって事で、合っているのか?
「ま、まぁ……とりあえず皆さん、お席にどうぞ……。今からお茶を淹れるし……うん、おやつも出そうかな。ルシエルもいる?」
「……もちろん、欲しい。紅茶にはアプリコットのジャムを付けて」
「へいへい。全く、大天使様は朝から欲張りさんなんだから……」
嫁さんのオーダーも頂きつつ、厨房へ引っ込めば。小悪魔ちゃん達はともかく、強欲の真祖様がまぁまぁ非常に常識的なもんだから、助かる。軽い世間話に始まり、リッテルの事までしっかりとお願いしているのを聞いている限り、旦那様のお気遣いもしっかりと常駐しているご様子。……うちの親玉にもこういう常識があれば、本当にいいんだけどな。
「はいよ、お待たせ〜。今日のおやつはバナナとナッツのカップケーキです。それで……ルシエルには紅茶にしっかりとジャムもお持ちしました。遠慮なく召し上がれ〜」
「頂きま〜しゅ!」
「お頭のおやつ、美味しいです!」
「うんうん、美味いか?」
小悪魔ちゃん達の清々しい食べっぷりに気分を良くしていると、負けじと嫁さんも手を伸ばしては、カップケーキもハムハムし始めた。えっと……ルシエルはさっき、朝飯食べたばかりだよな? まだ、食うのか? と言うか、小悪魔ちゃんと張り合うなんて、意地汚い真似はやめなさい。
「いつもながらに、ご馳走になって悪いな。……ったく、そんなにガッつくなって言ってるのに……」
「お気になさらず。俺は不味いって言われるよりは、この方が断然嬉しいぞ。それはそうと……ミカエリスさん、だっけ?」
「はい!」
「えぇと……サインの前に、1つ、質問いいかな。もしかして、ミカエリスさんの妹ってパトリシアさんって言ったりする?」
「おぉ! ハール様とお近づきだなんて、パトリシアもやるなぁ……って、どうして教えてくれなかったんだろう……」
「……いや、ハーヴェンがハールだったのはマル秘事項だし。多分、パトリシアさんの方はハーヴェンを知っていても、こいつがハールだったって事は知らないと思うぞ」
「あぁ、そういう事ですか?」
うん、そういう事です。それでなくても、人間界で悪魔が活動するには「目立たない」が基本ルールな訳でして。折角お越しいただいたのだし、本当はマモンに器の増設について何か知らないか、この流れで聞きたいんだが。その前に、目の前のエキセントリックなポンコツさんをどうにか鎮めないといけないみたいだな……。ダンタリオンだけじゃなく、ミカエリスさんもこの調子じゃ、マモンの苦労が目に浮かぶようで。……妙に不憫になるのは、気にし過ぎだろうか。




