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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−33 絶望させるような仕打ち

 サンクチュアリピースが繋いだドアの先は相変わらず、グロテスクな色合いの廊下が広がっていた。まずはベルゼブブに挨拶をするべきなのだろうが……またあの部屋に通されるのは、ご勘弁願いたい。


「姐さん、ベルゼブブ様のお部屋はこっちでヤンす」

「……あ、あぁ」


 案内をしてくれるつもりらしい、ちょこちょこと2足歩行で先を歩くコンタローについて行くが……よく見れば、コンタローの背中には小さな羽がしっかりと生えているではないか。なるほど。この子は自分で飛べるくせに、さっきはわざと抱っこを要求したのか。あざとい、あざとすぎる。


「ベルゼブブ様〜、姐さんをお連れしました〜」

「お、コンタロー。お役目、ご苦労様。向こうでもちゃんとやっているみたいだね」

「あい、おいら頑張っていますよ。みんなにもナデナデしてもらえて、嬉しいでヤンす」

「そ。まぁ、お前はウコバクの中でも、とびきりキュートだからね」


 無事に任務を達成したコンタローと親玉が楽しげなやりとりをしているが、それすらも虚しく頭の上をかすめて通り過ぎて行く。正直なところ、話がほとんど頭に入ってこない。いや……この絵面で、どう集中せよと……?


「ヤァ、ルシエルちゃん。よく来たね。もしかして……ハーヴェンの様子を見に来たの?」

「え、えぇ……そんなところです」


 私の心中を察することもなく、深い茶色のカウチに寝そべる大物悪魔が平然と用向きを聞いてくるが……確かに、色が茶色である分にはいいだろう。でも、そのデザインはないだろう⁉︎ なぜ、茶色で……そのデザイン、そのテクスチャーなんだ⁉︎


「ふ〜ん? とりあえず、ちょっとお話しようか。適当に掛けてくれる?」

「あ……はい……し、失礼します……」


 同じ茶色でも、カウチに比べれば幾分マシなソファを勧められたので、仕方なく腰を下ろすが。妙にゾワゾワするのは、相変わらずだ。


「……ハーヴェンは、どんな具合なのでしょうか?」

「う〜ん。なんとも言えないかな。あの感じだともう少し、って感じはするけど……こればっかりは、ねぇ。でも、まだ死んでいないみたいだし、多分、峠は越えたんじゃないかな?」

「そう、ですか……」


 まだ時間がかかるのか。ハーヴェンの記憶はそんなにも辛く、複雑なものなのだろうか。


「ところで、さ」

「はい?」


 私が少し落ち込んでいるのを見かねたのか、コンタローがちょこちょこと寄って来て心配そうに私を見上げた後、膝に乗って丸くなった。私の膝を程よく温めてくれる小悪魔の配慮に、なんとなく勇気付けられる。


「ルシエルちゃんはもし、ハーヴェンが戻ったら、どうしたい? あの子に……何をしてあげられる?」

「何をしてあげられる……?」

「うん。僕はね、ハーヴェンはそのままでも十分強いから、試練を受ける必要はないんじゃないかって言ったんだよ。何せ、あれは場合によっては精神が死んでしまうこともあるからね。僕もハーヴェンが死んじゃうのは、寂しいし……あの子は僕のとこでも、ナンバー2の実力者だしさ」

「そう、だったんですか?」

「あれ、知らなかったの? ハーヴェンはもの凄く強いよ? 真祖の悪魔じゃないのに、魔力も桁外れだし。まぁ……あの子は生前から特殊な存在だったみたいだから、当然と言えば、当然だけど」


 私はそんな魔界の大物を、気軽に精霊としてこき使っていたということか。それなのに、ハーヴェンは今まで私の不機嫌や理不尽にもめげず、尽くしてくれていたのだ。今更ながら……申し訳ない気分で、一杯になる。


「で……正直、君が相手ではハーヴェンも可哀想だと、僕は思うの」

「可哀想……」

「そ。だって……ハーヴェンは君のために試練を受けるつもりで、帰って来たみたいなんだ。なんでも、自分より強い敵が現れた時に君を守れないかもしれないから、ってね」

「⁉︎」

「一方で君はどうなの? 多分、記憶を思い出すまでに……ハーヴェンは何度も頭痛に襲われていたはずなんだ。でも、君はそれに気づきもしなかったんじゃないのかい?」

「それは……」

「まぁ、起きてしまったことを今更、責めるつもりもないけども。ただね、少なくともハーヴェンが戻った時に何をしてあげられるのか、すぐに思い浮かばないような相手に……この先もハーヴェンを預ける意味はないかなと、僕は思うわけ。厳しいことを言うようだけど、君はハーヴェンのお嫁さんとしては……失格だと思う」

「……」


 失格。お嫁さんという呼び名はともかく、私が彼への気遣いを忘れていたのは……紛れもない事実だ。


「それと……試練を乗り越えてもハーヴェンが君の元に帰る保証もないから、その辺も覚悟しておいて。記憶を取り戻すということ、それは多少の自我の書き換えが発生することでもあるんだ。それでなくとも、生前のハールをあそこまで追い込んだのは、そっち側の奴だし」

「……それは一体、どういう意味でしょうか?」

「悪魔が生まれるには、欲望に飲まれる以外に……もの凄〜く、重要な条件があるんだよ」

「条件……?」

「神様を信じていないか、神様をとっても憎むことさ。まぁ、あれだけの事をされれば、教会の異端審問官でも闇堕ちしちゃうよね〜。……君に詳しく話す必要はないと思うけど。君達は信仰に敬虔だったハーヴェンを絶望させるような仕打ちをしてるんだよ」

「ハーヴェンは神に絶望して……そして神を憎んで闇堕ちした、と。……それはつまり、私達天使を憎んでいる、ということでしょうか?」

「まぁ、そんなところかな。だからきっと……ハーヴェンは恨みも、試練の中で思い出すはずさ。……試練を乗り越える頃にはもしかしたら、天使を丸ごと憎むようになっているかもしれない。その中に……君が含まれない保証はどこにもない」


 もう手遅れ、なのだろうか。このまま彼と二度と会えない可能性なんて、微塵も考えてもいなかった。何度もチャンスはあったはずなのに、彼の方は私にきちんと向き合ってくれていたのに……結局、私に踏み出す勇気がなかっただけではないか。彼の気持ちにはっきりと応える事もなく、お礼を言えた事もなく。つくづく……自業自得だ。


「……分かりました。とにかく、ハーヴェンの試練はまだ終わらないということですし、場合によっては彼が二度と戻らない……ことも……理解しました。もし、それでも彼が私を覚えてくれているようであれば……彼に伝えてくれますか?」

「オッケ〜。伝言くらいは預かってあげるよ」


 本当は本人に直接伝えたかったのだけれど、もしかしたら今生の別れになるかもしれない。だとしたら、せめて……そのくらいは伝えなければ。


「……うん、分かった。確かに伝えるよ。で、一応コンタローはそのまま預けておくから。それでも、気になるようだったら……またおいで」

「はい。……色々とありがとうございました」


***

「ちょっと言い過ぎちゃったかな?」


 失意のどん底に叩き落とされた天使の帰りを見送って……ベルゼブブはふぅ、とため息をつく。別に意地悪するつもりはなかったけど、このくらいは言ってやらないと気が済まない。


「うーん……そう言えば〜。あの子、今日はお嫁さんって言われても、否定しなかったな……」


 少し前に押しかけてきた時には、必死に否定していたのに。ハーヴェンの気持ちをまるで無視するように、自分の体裁を整えるのに必死だったくせに。何れにしても……後の始末はハーヴェンとハールの「折り合い」次第というところか。ハーヴェンが彼女と共にあることを望むようであれば、無理に引き離す必要はないだろう。


「ふふ。それにしても、コンタローは随分と可愛がられているみたいだなぁ」


 すっかり彼女に懐いたらしいコンタローが、詰るような面持ちで自分を見ていたのに気づかないほど、ベルゼブブは鈍感でもない。あの臆病者が親玉であるベルゼブブに対し、あんな顔をするなんて。きっと、コンタローは向こうでとても大事にされているのだ。ベルゼブブの命令もなく、天使の膝の上で丸くなったとあれば……それこそ、かなりの進歩だ。


「ま、後はハーヴェン次第かな〜。もし、それを乗り越えられる程にあの子達の関係が深いものなら……僕もちょっと、贈り物を考えておいた方がいいかなぁ」


 配下を取られそうになっている寂しさと、配下の気持ちを無碍にされた憤りと。そんなやや姑チックなお節介に取り憑かれながら、ベルゼブブはさも退屈そうに触覚を弄ぶ。

 何れにしても……最終結果はハーヴェンのご機嫌次第。相手が天使だったりしたものだから、ちょっと意地悪したくもなったけれど。それでも……配下の門出をきちんと見送ってやるのも、親の真祖のお仕事というものだろう。

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