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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第16章】君と一緒にいるために
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16−17 お花を育てるのが趣味

 マモンを連れてティデルの部屋にお邪魔してみれば、彼女は朝から寸分違わぬ様子で眠ったままだった。彼女の状態が「ただ眠っている」だけのものなら、まだいいのだけど。そんな微動だにしないティデルの腹に手を添えては、眉間にシワを寄せ始めたマモンの表情を見るに……間違いなく、彼女はただ眠っているだけではないだろう。


「……こいつは随分と傷が深いな……」

「傷? でも、確か……怪我は天使様の方で治してくれていたはずじゃ?」

「俺が言っているのは、体の傷じゃなくて魂の傷の方。……ハーヴェンはなんちゃって悪魔だから、知らないかもだけど。悪魔は相手の魂を啜っては傷つけることができるし、それに付随して魂の質を見定めることができるんだよ」

「なんちゃってで悪かったな、なんちゃってで」


 さりげなく妙な悪口を叩きながらも、マモンがご丁寧に解説してくれるところによると。悪魔……特に真祖は魂を啜ることで、存在意義や権威そのものを肯定するための精神安定剤を得ることができるらしい。しかしその魂を啜ろうにも、魂そのものを捕捉できなければそもそもお話にならない。だから悪魔であれば、相手の魂をある程度補足して状態を確認することができるらしいんだが……。


「……って言われても、なぁ。ピンとこない上に、ティデルを見てても何も感じないけど……」

「ま、それは極々フツーの反応だ。ドノーマルの状態で生きている奴の魂を見つめることなんて芸当は、どんな奴でも出来ねぇよ。魂の状況を把握するには、こうやって集中して魂の借宿でもある器を見つけないといけないの。にしても……全く。どうして器っていうのは毎度毎度、訳の分かんない隠れ方をするんだろうな。形もない上にその時々で状況も違うから、確認するだけで一苦労だ。聖痕みたいに目に見えていれば、分かり易いんだけど……なぁ。あ……そうそう、因みにな。悪魔が天使ちゃん候補に刻まれる聖痕に触れることができないのは、悪魔に魂を見定められて食われないようにするためだそうだ。要するに、向こうさん側の有望株を横取りするな、って事らしい」

「へっ? そうなの? というか……俺は聖痕なんて、生でお目にかかったこともないけど」

「そうか……うん、悪かったよ。俺が色々と、悪かった。……にしても、お前さんはもうちょい、悪魔としての基礎知識を勉強した方がいいと思うぞ。折角の上級悪魔なんだし、持っている性能を発揮できないのは、勿体ないだろ」

「あぁ……そうだな。そう、だよなぁ……」


 だけど……それは多分、親の大悪魔から教えてもらうべき事柄だと思うんだが。どうして俺は悪魔になってから300年近く経ってようやく、悪魔としての常識(の一部)を教えてもらった上に……領分が違う真祖からそんな事を聞かされているんだろう。これは状況的にも色々とおかしくないか? 


「それで、肝心の魂の癒し方だけど。……基本的に治療方法は存在しない、が答えだろうな。体の方はこうして回復魔法なり、自然治癒能力で治すことはできるが……心を治す明確な方法は存在しない。だから、場合によっちゃ下手に生き延びるよりもサクッと死んじまった方が幸せかもしれないな」

「って、おい! それはいくら何でも……」

「ハイハイ、分かってます、分かってますよ。見捨てるつもりだったら、こんな風にノコノコやって来たりしねーから。ちゃんと、考えてきてますから心配すんな。それでなくても……リッテルもメチャクチャ落ち込んでたし。俺としては、非っ常〜に不本意だが。……こいつを助けるのは嫁さんのためでもあり、延いては俺自身のためでもあるってこった」

「そ、そうか……。うん、大声出したりして、ごめん。しかし、リッテル……そんなに落ち込んでいるのか?」

「……こいつの魂を食い荒らした刈穂さんがご丁寧に、ティデルの恨み言らしきものを代弁してくださってな。……リッテルのせいでティデルが堕天した、なんて言ってくれちゃったもんだから。今朝はきちんとお仕事には行ったが、あの様子じゃスパッと立ち直るのは無理だろうな」


 深いため息を吐きながらティデルの腹から右手を引っ込めると同時に、その右手に何かを呼び出すマモン。そんな彼の手元に現れたのは……しっかりとした黒い枝に、房なりに咲き誇る5枚の花びらの黄色い花。マモンが手元で振るたびに、しゃなりと涼やかな音を鳴らしているけれど。……これは、何の花だろう?


「……こいつはヤマブキノコウイって、言ってな。ドラグニール原産の霊樹の落とし子の一種だ。俺の庭にも1本しかないもんだから、大量に用意できなかったが……こいつには強力な解毒効果と覚醒作用がある。魂の傷を癒すのは大前提だが、まずは目覚めてもらわない事にゃ、始まらん。こいつの花を1房ずつ煎じて朝晩1回、飲ませてやってくれる? 運が良ければ、お寝坊さんの呪いからは助けてやれるだろう」

「おぅ……。それにしても、マモン……」

「あ?」

「……いや、強欲の真祖様がこんなレア植物を育てているなんて、思わなかったよ。園芸の趣味もあったなんて……」

「そこは放っとけ。お花を育てるのが趣味だなんて、オープンにしたら馬鹿にされそうで、今の今まで黙っていただんだぞ、これでも。つっても、キッカケは武器の手入れに必要だったからなんだけど。……育ててみると面白いんだよな、霊樹の落とし子は。で、今手元にある落とし子は魔界にやってきた精霊を脅して献上させたものでさ。でも……まだ揃っていない種類が3つもあるんだよ」


 そこまで呟いて、深々とため息をつくマモンだけど。なるほど、脅して献上させた……か。やっぱり、こいつもこういう所は悪魔だな。しかも、霊樹の落とし子のコンプリートに燃えているなんて。強欲の領分に違わず、コレクター気質も非常に旺盛でいらっしゃる。


「ギノ君のオーダーついでに、オトメキンモクセイはゲットできたけど。その派生元でもある、竜界のツルベラドンナに……機神界原産のクロゲッカビジンと、派生種のダイダイホオズキが足りないんだよなぁ。ま、仕方ないか。ツルベラドンナは門外不出の超強力な毒草みたいだし。で、ローレライの方は機神族が死んだりしねーし、欲望とは無縁で魔界に呼ばれることもねーもんだから。……悪魔とは、根本的に接点がないんだよな……」

「そう、だったんだ……」


 そんな事を言いながら、最後はローレライの落とし子とやらに思いを馳せる強欲の真祖様だけど。それにしても……マモンの所轄地にあるのは、ミルナエトロラベンダーのお花畑だけじゃないんだな。以前から強欲の領域は意外と自然豊かで、景色のバリエーションも多いなんて聞いていたけど。これは……あれか? もしかして魔界の立地以前に、領主様の気質が影響しているのか? 何にしても、そんなレアモノだらけの植物園にギノを連れて行ったら、大喜びしそうな気がする。少し落ち着いたら、お花見に行かせてもらおうかな?

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