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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第16章】君と一緒にいるために
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16−15 食べられてしまった心

「にいたん、だいじょぶ?」

「うん、大丈夫だよ。ルノ君にまで心配をかけて、ごめんね」


 尻尾に残っている鱗も僅かになってきたところで、脱皮が始まった時と同じ……いや、それ以上に体が重くなったのを感じては、ここ数日ベッドに寝たきりになってしまっていた。そんな中、掴まり立ちとお喋りができるようになったルノ君がこっちを心配そうに見つめている。その金色の綺麗な瞳に、エルの事を思い出しては……また心配になってしまうけど、きっと大丈夫だと思い直す。そうだよね。何と言っても……エルにはマスターとハーヴェンさんが付いているもの。僕が余計な心配をする必要はないよね。


「ギノちゃん、調子はいかが?」

「あっ、母さま。その……少しだけ、体が重いです……」

「そう。だとすると……そろそろ、向こう側での脱皮になるかしら。大丈夫よ。初めは怖いかもしれないけど、1度経験してしまえば、なんて事もありませんから。さ、これを飲んでリラックスしてね」

「ありがどうございます」


 本当は誰よりもエルの事を心配しているはずなのに、母さまは僕にまで気を遣ってくれては、お茶を用意してくれている。そうして、ベッド横の椅子に腰掛けては、ちょっとした世間話をしてくれるけど……。


「……そんな事があったのですね……そ、それで……」

「えぇ。父さまのお話ですと、ハーヴェン様の方でエルノアを見つけてくださったそうよ。……本当に、あの子が無事で良かったわ……」


 何でも、マスターと女王様とで今後のことについて話し合っている最中に事態が急変したらしい。今の竜界がゆっくりと人間界に降りていることにもビックリだけど、ハーヴェンさんがエルを探すためにそんな無茶をしていたなんて。そのお話に……やっぱりハーヴェンさんって凄い人だったんだと、お茶を飲み込むついでに改めて思い直す。


「ただいま〜! 父さま、母さま!」

「あら……! 噂をすれば、かしら。ギノちゃん、ちょっとルノをお願いできる? 迎えに行ってくるわ」

「もちろんです。エルが無事で、本当に良かった……!」

「にいたん、ねえたま来る?」


 うん、そうだよ……と、ルノ君に応じながら、嬉しそうな母さまの背中を見送る。そうして残された2人でエルの登場を待つけれど……ルノ君の様子に、そう言えばこの子がエルに「しっかりと会う」のが初めてだということにも気づく。


 竜族は妊娠期間も短ければ、赤ちゃんでいる期間も人間に比べると物凄く短い。成長速度の速さは魔力が潤沢な竜界だからこそみたいだけど、「赤ちゃん」から「子供」に成長した先の速度にはハッキリとした基準はないとかで……竜族の成長速度は何よりも、心の状態で大きく左右されるそうだ。脱皮は心の成長の証……そんな事を父さまもなんとなく言っていたけれど。その先の成長速度は相当の部分で、個人差があるらしい。


(心の成長、かぁ……。う〜んと、それってつまり……大人になるって事だよね?)


 大人になるのは責任を取れるようになることと、周りの人のことも考えられるようになるということ……なんて、教えてもらったけれど。言葉にしてみれば、何となく分かるようでありながら、自分がその事をきちんと実行出来ているのかは、やっぱりよく分からないし、自信もない。


「ギノちゃん、ルシエル様達が来てくれましたよ。それで、エルノア……」

「ゔ……別に私、いい子じゃなかった訳じゃないもん。その……」

「……まだ何も言っていないでしょ? まぁまぁ、いつからエルノアはそんな風に先回りして言い訳するようになったの。ウフフ、まぁ、いいわ。今は無事だったのだから、良しとしましょう。……それでは、ルシエル様。すぐに主人を呼んで参りますので、少しお待ちくださいね」

「毎度のことながら、急に押しかけて申し訳ありません……。それと、ギノ。しばらく来れなくて、ごめんね。体調はどうかな?」


 いつになく柔らかな表情でマスターが僕の体調を気遣ってくれるけど、僕が答える前にコンタローが飛び付いてくる。とっても懐かしい、暖かな油混じりの毛皮の匂い。柔らかな手触りに安心している僕を見上げて、コンタローの方は尻尾をピコピコと振っていた。


「脱皮自体は順調みたいです。もう少しで最終段階に入りそうだと、父さまにも言われました」

「そう。ゲルニカ様が側にいる限り、私が心配する必要はないのかも知れないけれど……あまり無理はしないようにね。何かあったら、すぐに言うんだよ」

「はい! ありがとうございます。ところで、マスター……ハーヴェンさんは?」

「もちろん、ハーヴェンも帰ってきてはいるのだけど……少し、厄介なことになってね。今回の件で、1人怪我人をこちらで預かることになって。それで、ハーヴェンには彼女の看病に残ってもらったんだ」

「……看病?」


 マスターが少しだけ辛そうな顔をしているのを見る限り……よっぽど、大変な事があったのだろう。この場合はあまり無理に聞かない方がいいかな……なんて僕が思っていると、エルが思いがけない事を教えてくれる。


「今ね、魔獣族のみんなを虐めていた、堕天使のお姉ちゃんがいるの。なんだか、とっても苦しんでいるみたいで……眠っているだけに見えるけど、そうじゃないみたいなの。だから、ハーヴェンが様子を見てくれてるの」


 魔獣族を虐めていた……って、あのロジェにも酷いことをしていたお姉さんのことだろうか。もちろん、マスターの方にもそれなりの事情があるのも分かる。だけど、どうしてそんな酷い事をした人を助けたりするんだろう……。 


「……あの人、酷い事をしたのは間違いないの。だけど、だからって助けないのは違うと思う」

「えっ?」

「私もギノがあのお姉さんが嫌なの、分かるもん。私も嫌いだもん。だけど……それでも、困っている人は助けてあげないといけないと思うの」

「……そう、か。そうだよね。でも、だとすると……お姉さん、そんなに良くない状態なの?」


 僕、そんなに嫌そうな顔をしてしまっていたんだろうか。エルにちょっぴり寂しそうな顔でそんな風に言われて、誰かを助けることに対して「どうして」と思ってしまった自分が恥ずかしい。


「……ティデルは陸奥刈穂という魔法道具に取り込まれたらしくてな。詳しい状況はまだ分からないが、現状は意識不明の重体だ。体の方は回復しているとは言え、その魔法道具に随分と心を食べられてしまって……いつ目覚めるのかも分からない」


 心を食べられてしまった。マスターはきっと僕にも伝わる言葉を選んでくれたのだろうけど……それが言葉の綾だったとしても、そうして食べられてしまった心は元に戻るんだろうか? もしかして、ずっと戻らないままなのかな……。


「マスター、お待たせ致しました。それと、エルノアもお帰り。本当はゆっくりと話を聞きたいのだけど、今はそうも言ってられなくて。兎にも角にも……無事で何よりだよ」

「うんっ! 後で父さまにもお話、たくさん聞かせてあげるね!」


 母さまに呼ばれてやってきた父さまがエルを抱き上げて、本当によかったと目を細める。そうされて、エルの方も甘えるようにパタパタと尻尾を振っては、どこか得意げに胸を張って見せた。


「さて、名残惜しいけど……私はこれから出かけなければならない。マスター。すみませんが、このまま竜王城へご足労いただきたいのです。お時間を頂いても、よろしいでしょうか?」

「えぇ、もちろんご一緒いたします。エルノアはどうする?」


 きっと女王様とお話の続きをしに行くのだろう。そうして父さまがマスターにお伺いを立てている一方で、声を掛けられたエルが一緒に行こうか悩んでいる。


「ゔ……本当は一緒に行ったほうが良いんだろうけど……私、もう少しギノとお話ししたいの。それに……」

「……ねえたま、お話しする?」


 あぁ、そうか。そう言えば……エルとルノ君はちゃんとお話しできていないものね。それに、きっと僕達の様子が小難しそうに見えたんだろう。退屈しのぎと言っては、何だけど……ルノ君はハンナとダウジャに興味津々みたいで、「ねこたん」と言いながら楽しそうに2人をモフモフしていた。なんだか……さっきから妙に、2人が話すタイミングが噛み合わなかったように思う。


「でも……ピキちゃんはお祖母様の所に行くんだよね? ピキちゃん、大丈夫? 何か心配ごとがあるみたいだけど……」

「大丈夫ですよ……心配には及びません、エルノア。あなたはこちらで存分に旧交を温めなさいな。……非常に不本意ですが、私はこちらの天使と同行することにします。ですので、天使。しばし、肩を借りますよ」

「え、えぇ……私の肩でよろしければ、ご自由にどうぞ」


 マスターのどこか遠慮がちな答えを受け取って、当然のようにその肩にちょこんと収まるピキちゃんと言うらしい妖精さん。でも……大天使のマスターにもちょっぴり偉そうにできるなんて。この子は一体、どんな精霊なのだろう?

 そんな僕の疑問が解ける間も無く、マスターがピキちゃんを連れて出掛けていくけれど。今の状態では、僕は大人しくお留守番の方がいいと思う。こうしてエルが無事だったことが分かっただけでも、いいのだし……何よりも、僕は自分のことだけでもしっかり乗り越えないと。お話はまた今度、してもらおう。

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