16−6 悪魔の根性
「行くぞ、是光! この際……手加減はナシだッ!」
(御意! 某は……どこまでもお館様に付いていく所存であります!)
さっき嫁さんの抱擁が何とかって抜かしていた助平さんも、キリッと返事を寄越すもんだから……そんじゃいっちょやりますかとばかりに、まずは咆哮1発。錬成なしで雑多な攻撃魔法を同時に繰り出してみるが……うん、やっぱり俺ベースの魔法では大したダメージを与えられていないっぽい。それでも、この場合は目眩しができれば十分。雷撃の束に四苦八苦していらっしゃる刈穂さんの懐に、閃光と一緒に飛び込んで彼女の右腕に爪を振り下ろしてみる。
「……チィっ! 本当にカッテェな……! 光属性を乗っけても、ズバッと切断できねーか」
「ふふ……本当に、面白いお方ですな……あなた様という奴は! まさか……悪魔に光属性の攻撃手段があるなんて、思いもしませんよ!」
「ハイハイ、お褒めいただき光栄です……っと。しかし……いつまでも、余裕をブッこいてんなよ? ほれほれ、お前さん……腕の再生が追いついていないみたいだけど?」
「……!」
あれだけアッサリと翼は再生して見せたのに、俺が爪を食い込ませた部分にはまだハッキリと攻撃の痕が残っている。その様子に……ようやく、刈穂さんをティデルから引き剥がす手段を見出す。
陸奥刈穂は“奉呈”の存在意義を持ち、それは奪うための刃であると同時に、持ち主には最大限の力を与える祝福の刃……なんて、素敵な素養をお持ちだったと、十六夜からも聞いていたけど。でも……それが逆に持ち主の存在を奪うことで、その性質も奪ってきたのなら。俺の攻撃が効果薄だったのもなんとなく、理解できる。多分、こいつは今までの持ち主の血を吸って、属性への耐性も少しずつ蓄積してきたんだろう。
魔力の感じからして、陸奥刈穂自体が闇属性なのは間違いなさそうだし、ティデルも堕天している時点で天使としての領分……つまり、光属性は放棄していると考えていいと思う。光属性の魔法を使いこそするみたいだが……手際は見事だったとは言え、再生魔法の展開速度がノーマルだったのを見ても、錬成の簡略化まではできていない。で、その光属性のハイエレメントはレア中のレアモノ……持っている奴はそうそういないし、それこそ天使様か竜族くらいなもんだろう。
だから、この場合は雑多な属性への耐性を獲得してきた刈穂さんとて、光属性への耐性は持ち合わせていないと決め込んでの暴挙だったんだけど。……うん、予想はビンゴ。で、肝心の結果はソコソコ……相手が予想以上に硬いもんだから、意外と長引いちまっている。そろそろ本当に勝負を決めないと、不味そうだ。
***
「す、すごい……! これが魔王様の本気……!」
「いや〜ん! こんな激しいお姿を見せられたら……ワイルド系に鞍替えしたくなっちゃうじゃないですか〜!」
(これは……そんな事を言っている場合じゃないと思うわ、皆さん……)
背中に無責任な同僚の声援を受けながら、リッテルはマモンを手助けをした方がいいのかどうかを真剣に悩んでいた。でも……自分は攻撃魔法は下手だし、防御魔法以外は補助魔法もあまり使えない。回復魔法こそ、それなりに使いこなせるが……他の天使に比べれば、突出したものでもないだろう。それでも、できることをしなければと考えるものの……一方で、マモンの魔力残量の減りがあまりに早い事にも、リッテルは気づいていた。
全幅契約下で祝詞を解放し、魔力の器を結合させれば魔力の残量も合算できる。それはつまり、互いに総残量を把握できるということであり、相手がどれだけ無理をしているのかを知ることでもある。そして、魔獣の姿になってからというもの、マモンの魔力がみるみるうちに減っているのにも焦っては……余計な魔法を使わない方がいいかと、リッテルはウジウジと迷っていた。
そんな彼女の前では、戦闘も佳境とばかりに激しい「鍔迫り合い」が繰り広げられているが……。あまりに激しい火花の粉からリッテルを守ろうと、一方の十六夜丸と風切りも握る手がないなりに抜き身のまま役目を全うしてくれている。
「十六夜ちゃんに、風切ちゃん。その……」
(如何しましたかえ、奥方)
「主人はこれ以上、あの状態でいても……大丈夫なのですか? 先程から、魔力の減りが尋常ではないのですけど……!」
(……気づかれてしもうたか。どんな形であれ……あの形態は悪魔にしてみれば、諸刃の剣。普通の悪魔であれば魔力を消費する前に、記憶を消費することになるが……若は“生前の記憶”がない真祖故に、多少の融通が利く。そして、その融通の代償が大量の魔力消費なのだよ。なぁに、若は誰よりも自分の実力を弁えておいでじゃ。それに……おほほ。若は奥方とこれからも一緒に居るために勝負に出たのだぞえ? そんな若が無理はしても、奥方の側からいなくなることはあり得んよ。だから……そんなに心配召されるな)
(左様、左様。大丈夫でおじゃるよ。主様は最強の悪魔じゃ、心配は要らぬ。后様にそんな悲しい顔をさせたとあらば、麻呂が怒られてしまう)
(更に申せば、あの状態の若に助太刀は無用ぞ。下手に間合いに入ろうものなら、却って足手纏いになろうて)
十六夜丸も風切りも口を揃えて「心配するな」と言ってはくれるものの、いよいよ彼の魔力の残量が3分の1を切り始める。そんな状況のマモンにこれ以上、無理をさせられないとリッテルが思い始めた刹那……どうやら、本人もこれ以上の消耗は宜しくないと判断したようだ。抜かりなく側に控えさせていた雷鳴七支刀に声をかけると、予想外の行動に出る。
「……悪い、雷鳴。チぃッと、魔力を分けてくれないかな。遠慮は無用だぞ」
(あい分かった。猊下、行きますぞ……!)
ティデルの右腕に攻撃を重ねていたマモンに対して、主人の懇願を受けた雷鳴七支刀が激しい雷を浴びせ始める。そうして……ビリビリと全身に電気を帯びた魔獣の漆黒の毛並みに、更にハッキリと輝く金色の縞模様が浮かび上がった。
「……あいっ変わらず、キッつ……まぁ、今は文句を垂れてる場合じゃねーか」
「あ、あなた様は……一体、何者なのです……? そこまでして……何を守ろうとしているのですか⁉︎ 苦痛を嫌うはずの悪魔がその身を傷つけるなど……!」
「あり得ない、か? さて……そいつは、どうかな? ……俺はどこまでも強欲なもんで。概ね諦めはいい方だが、譲れないものを手中に残すためなら、手段を選ばない魔界の大悪魔なのさ。この手に残された幸せを守るためなら……歯ぁ食いしばることくらい、どうって事ねーんだよ。悪魔の根性……舐めんじゃねーし‼︎」
「……⁉︎」
マモンが咆哮まじりの啖呵を切った、次の瞬間。魔獣の身は煌めきの残像を残すだけの閃光となって、陸奥刈穂へ更なる熾烈な攻撃を仕掛け始める。その全てが彼の右腕に集中しているのだから、攻撃を防ぐのも容易いかと思いきや……右腕が本体と同化している以上、却って為す術もないらしい。そんな的確な集中攻撃の結果、鈍い音と一緒に陸奥刈穂がティデルの肩からまるで分解されるかのように……最後は呆気なく、ポトリと剥がれ落ちた。
(……ク、あ、あり得ん! 小生の鉄壁連結が破られるなど……!)
「……はぁ、はぁ……あぁ、流石に疲れた……かも。ハイハイ、刈穂さん。もうそろそろ、現実を見てくださーい。これはどう見ても、俺の勝ちでーす。で? 強欲の真祖様相手に吹っかけたことに関して、何か申し開きする事は……あぁ、やっぱ、やーめた。あったとしても……聞き入れてやるつもりもないしッ!」
(ガフッ……⁉︎)
しっかりと左腕にティデルだった少女をぶら下げつつ、渾身の拳を真紅の刃へと叩き込むマモン。メキッとあからさまな破裂音を響かせる自身の体に、ようやく悪魔の根性の前に敗北したのだと陸奥刈穂も理解するが……。それでも、そこは年長者の意地というもの。陸奥刈穂は最後の最後まで、「偉そうな態度」を崩すこともない。
(ふふ……アッハハハハ……! あぁ〜ぁ……。久方ぶりの濃密な血湧き肉躍る時間に……小生はとても満足ですよ。……最初に生まれていた真祖があなた様だったなら、小生は魔界を飛び出すこともなかったのかも知れませんな。まぁ、いいでしょう。今回はこのくらいにして……退かせていただきましょうぞ)
「……あ! おい、ちょっと待て!」
魔法道具にも関わらず、自身そのものに仕込まれているらしい転移魔法を使って、その場から掻き消える陸奥刈穂。そうして、いつもの姿に戻ったマモンの腕には……右腕と意識を失ったままの小さな堕天使が、しっかりと抱えられていた。




