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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第16章】君と一緒にいるために
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16−4 強者の傲慢

 どうして自分がこんな惨めな真似をしなければならないのだろう。元はと言えば、アーチェッタにあったはずの供給源を取り上げたハインリヒのせいだ。いや、この場合はそれだけではない。あのハーヴェンとかいう薄汚い悪魔が自分を騙したからだ。

 苦々しく腹の中で悪態をつきながら、ミカはせっせと候補生が吐き出す僅かな魔力を仕方なしに啜っていた。それこそ、それを惨めな真似と定義して忌み嫌うのならば、そもそものやり方を変えた方が色々と都合がいい。この世界の魔力は非常に流動的……いくら溜め込んでみたところで、都合よくいつまでも備蓄できるものではない。

 魔力を器に保持するのは暫定的な現象であり、特定の場所から補給したとしても魔力に目印や色素は付いていない。例え本物のマナツリーから補給したとて……その魔力に神聖な着色料が含まれるわけでもないのだ。にも関わらず、ミカがマナツリー(レプリカ)の魔力に拘泥するのは、自身が「まだ天使である」という虚妄に縋っているからである。

 天使の翼は魔力の供給器官。その翼が白ければ確かに、マナツリー由来の魔力は彼女達の存在を何よりも肯定し、彼女達の肉体をより効率的に活性化させる。しかし、マナツリーを供給源に選ばずとも魔力自体の補給は可能だし、何より……翼を黒染めにしたミカはその恩寵を受けるには既に、不適格者に成り下がっている。そのため、彼女の拘りはどこまでも無駄な奢りでしかないのだが。そんな事を今更、ミカが認められるはずもなかった。


「くそッ……意外と薄いな……」


 少し前まではもっと魔力を吐き出していた気がするが……と、ミカは首を傾げるものの。だが、その減退の理由はすぐ下のフロアで、陸奥刈穂が彼女の根っこを根絶やしにしてしまったからに他ならない。陸奥刈穂は霊樹に対して一定の性能を発揮するが故に、その刃で傷つけられては本能に支配された獰猛な霊樹とて、再生は叶わなくなる。


「とりあえず、今回ばかりはカリホが言っていたことは正しそうだな。魔力を感じることができる……。しかし、だとすると……」


 やはり、呪いは嘘だったのか。あな憎らしや、悪魔め。

 陸奥刈穂の暴挙はいざ知らず、僅かではあるが魔力を感じることができて、ひっそりと胸を撫で下ろすついでに……ハーヴェンを腹の中で更に罵るミカ。かつてエターナルサイレントで器の強制停止をさせられた時は、魔力を感じることすらできなかった。しかし、今の状況があの時の屈辱の焦燥とは異なることに、ミカはやれやれとため息をつく。まんまと騙された自分が情けなくて……流石の崇高な大天使様(堕天済み)も肩を落とさずにはいられない。


「そこにいるのは誰だ……?」

「……⁉︎」


 しかし、ミカが候補生の台座の上で安堵の息を吐いているのも、束の間。どこかで確かに聞いた声色がミカの背中に被さる。そうして、恐る恐るそちらを振り向けば……モコモコ頭の小悪魔を連れた、どこまでも見覚えのある顔がそこにはあった。


「こんな所で子供が何をしておる。親はどうした?」

「ルシファー様。ほら、きっと……例のお話の子供じゃありませんか? マモン様が見つけたって言う……」

「……そんな話もあったな。だとすると、お前も生贄にされかけてしまったのか? 可哀想に……あぁ、怖がらなくても良いぞ? 私は……」

「どうして……? ここにお前がおるのだ……?」

「うむ……? その顔……見覚えがあるな。ひょっとして、お前はウリエルか……?」


 自分を断罪したルシフェルとこんな場所で遭遇するのも想定外だというのに、あっさりと正体を見破られたのがただただ、ミカにしてみれば都合が悪い。彼女が「ミカ」と名乗っていたのは、気高い大天使が堕天したという事実を認めたくないし、知られたくもなかったからだ。それなのに……目の前の「姉」は驚いた様子もすぐに引っ込めて、憐憫混じりの表情でこちらをマジマジと見つめてくる。その表情は……怒っているというよりも、ただただ落胆した表情だった。


「随分と苦労しているようだな……。魔力の器を取り戻すために、悪魔と手を組んだことまでは分かっていたが……まさか、ここまで落ちぶれているとは思いもせなんだ」

「なっ……! 何を根拠にそんな事を! 第一、私はミカ……畏れ多くもリンドヘイム聖教が教祖ぞ! 頭が高い!」

「……ルシファー様。このお子様、何かを勘違いしているみたいですわよ? ルシファー様相手に頭が高いだなんて……」

「小悪魔如きが、無礼な! 私は勘違いなど、しておらん!」

「まぁ……ウリエルは昔からこの調子だったからな。私も闇堕ちして傲慢の大悪魔にまでなった身だ、輪を掛けて高慢なのは否めぬが……そうか。お前はまだ、自分が大天使のままだと思い込んでいるのだな……」


 ヒスイヒメも呆れるレベルの身の程知らずな暴言を深い慈愛で受け流し、ルシフェルがため息混じりで首を振る。それでなくても、彼女が背中に12枚もの重圧を背負ってまで神界で幅を利かせているのは、他でもない。かつての妹達の状況をしっかりと確認し、今度こそ自分も含めて悔い改めるためだ。それなのに……肝心の本人には、未だにかつての過ちを悔いている様子は微塵も見られない。


「……ノクエルとやらの記憶から、お前がリンドヘイム聖教の教皇を名乗っているだけではなく、リンカネートの原理を悪用したことも分かっている。まぁ、詳細を全て把握できている訳ではないが。しかし……お前は自分が悪しき存在に身を窶している事も理解できていないようだな。本当に……本当に嘆かわしい……!」

「違う……違うっ! そうではない! 私は……この世界で最も崇高で、誰よりも強く正しい存在! そんな私を認めず、断罪したお前達の方が間違っているのだ! そうだ……姉上も、マナツリーも……世界の方が間違っている……ただ、それだけだッ!」

「……お前、それは本気で言っているのか?」

「あぁ、そうだ。私は本気ぞ、天使長とやら。……フン。間違った世界の長を務めたとて、何の権威があるというのだ。私はゆくゆくは新しい世界に降臨する、新しい神の母となる存在。……だから、ウリエル等とお前らに冤罪で断罪された罪人の名は好かぬ!」


 自身の過ちを「冤罪」と言い切り、尚も高慢な様子で笑顔と余裕を取り戻すミカ……もとい、ウリエル。きっと、真っ白なステージの上にいるという立ち位置も、正義の言い訳を彼女に肯定させるだけの勇気を与えてもいるのだろう。そんな僅かな高みに縋りながらも、歪んだ思想を展開する愚かな妹に……ルシフェルは尚も、申し訳ない気分にならざるを得ない。


「そうか。お前は我らとは違う道を歩もうとしておるのだな。新しい世界とやらが……お前を見限らなければ、いいがな。まぁ、いい。その様子では……ここで説き伏せる必要も、手を下す必要もなさそうだ」

「……ルシファー様?」

「今はこの墓地の全容が掴めればいい。こんな所で“ウリエルだった者”に遭遇するのは、それこそ想定外だが……きっと、そろそろ他の者も戻ってきている頃だろう。帰るぞ、ヒスイヒメ」


 何もかもに疲れたと言いたげに、焦燥し切った様子でルシフェルはヒスイヒメを抱き上げつつ、その場を後にしようとする。一方で、ミカの方はルシフェルがどうして自分を「この場で消そうとしないのか」が不可解で仕方ない。そうして、止せばいいのに……思わず、理由を去り際の姉の背中に問う。


「……どうして、私を殺そうとしない? このまま生かしておけば、私は間違いなく……」

「……いいや? お前はこの先も我らの脅威になることも、弊害になる事もない。ユグドラシルの魔力がそこまで穢れていないと分かった以上、お前の言う新しい世界は間違いなく……お前の望む形では実現もせぬだろう。世界はまだ、しっかりと生きている。我らが手を差し伸べなくとも、立派に生き延びているのだ。そんな世界が……歪んだ正義に縋っているだけの、取るに足らぬ堕天使に負ける事はあり得ぬよ」

「……!」


《直接手を下してやる価値すらないってこった。……圧倒的に強い奴は弱い奴の首根っこを捕まえたまま、生かしてやることを許される。そうして気まぐれに、躊躇いもなく殺処分することも許される。……これが本当の強者の傲慢ってヤツなんだよ》


 擦り減った魂にさえしぶとく居残っている屈辱の記憶が、お節介にも思い出したくもないセリフを再生し始める。雰囲気こそ違うが、ルシフェルの言い残した言葉の趣旨がかつての強欲の真祖が言い放った「強者の傲慢」とピタリと重なっては……ミカの矜持をジワジワと締め上げていった。


(どうして……? どうして、世界は私を認めようとしない? どうして……私は誰にも認めてもらえないのだ……?)


 暗がりにルシフェルの神々しい背中がかき消えた後も、一点をぼんやりと見つめては……ガクリと膝を折るミカ。

 彼女が天使長に舞い戻ったという事は要するに、彼女が降した決定や断罪をマナツリーも認めたという事であり、一方のウリエル達は正しくなかったと念押しされたに等しい。その現実に、歯向かう者を一方的に断罪することさえ許されていたはずの、かつての排除の大天使・ウリエルは……自身さえも忌み嫌う罪人の名前ごと、世界に否定されたのだといよいよ涙を流す。情けなさも一杯の涙を落とされて、なけなしの魔力を吐き出すユグドラシルの候補生はミカに僅かばかりの魔力の温情を与えこそするものの。……彼女の正義を肯定する程の矜持を埋める事は、決してしなかった。

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