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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−37 その手を離さないで

 自分は何よりも正しく、何よりも崇高で……そして、全ての頂点に立つはずの者。それなのに、3人の同僚に「頭を冷やせ」とお仕置きを食らっては、閉じ込められた部屋で真っ白な壁を睨むことしかできない。魔法が使えない今は、その状況を甘んじて受けるしかないのだが……あのハインリヒの事。このまま無作為に時間を浪費したところで、その先にあるのはレプリカの餌になるという絶望的な未来だけだろう。


(忌々しい、悪魔共め……! こんな所に閉じ込められたら、何もできぬではないか……!)


 自意識の過剰加減も、肯定力も突き抜けて高いミカは未だに……自身の思い込みさえも、疑うことさえできないでいた。魔法が使えないのは、あくまで魔力不足が原因。しかし、かつて呪い(正しくはエターナルサイレントという魔法である)で魔法が使えなくなった経験さえも、必要以上に引きずっては……現状の境遇にお誂え向きな「餌用」の独房で膝を抱えることしかできない。


「いい身分でございますな、ミカ様」


 そんな脱出も叶わず、打開策も持てないままのミカに声をかけるものがあるので、ドアがあるはずの隙間に意識を向ければ。その声の主にも思い至って、ミカは忌々しげに悪態をつく。


「その声は……ティダか? フン……二翼の下級天使が偉そうに……! いや……待て。もしここから私を出してくれるのなら、新しい実験材料をくれてやるぞ? どうだ、私を開放する気はないか?」

「ありもしない餌をぶら下げるのはお止めになったら、どうです。それと……小生はティデルではありません。これからはカリホとでも、呼んでいただきましょうか」

「カリホ……だと?」


 その名乗り口上に、ついにあの生意気な堕天使が妖刀・陸奥刈穂に逆に取り込まれてしまったらしい事に気づくミカ。そうして彼の容赦のないやり口に、面白いことになったと口元を歪めていると……陸奥刈穂の方はアッサリとミカの独房を破っては、身柄を解放する。


「解放してくれるのはありがたいが……一体、どういうつもりだ? 何を企んでいる?」

「なに……少しばかり、道案内をお願いしたくてお伺いしたのです。ミカ様、小生にも是非にレプリカの餌場を見学させてはくれませんか。聞けば、彼の地は無限にレプリカの根が伸びる場所なのだそうですね。この体の使い心地を確かめるために、肩慣らしをしたいと思いまして」

「相変わらず、悪趣味な奴だ。だから、私はお前が好かぬ。……まぁ、いい。お前が私を自由にしてくれたのは事実。案内くらいはしてやってもいいぞ」

「流石、大天使様。話が早くて助かります」

「……フン」


 口調と見た目がチグハグなものだから、頭が混乱しそうだが。しかし、相手は自分よりも長齢な魔法道具である。もしかしたら、悪魔の呪いを解く方法も知っているかもしれない。


「ところで、カリホ。お前は……悪魔の呪いを解く方法を知っているか?」

「悪魔の呪い……でございますか? えぇ、えぇ。存じておりますよ」

「本当か⁉︎」

「とは言え……それには特殊な存在が必要でしてな。小生と同じ時期に生まれ、呪詛を取り込む性質を持つ十六夜丸であれば、ある程度の呪いを吸収する事は可能でしょうて。しかし……」

「……その十六夜丸はどこにあるのだ?」

「魔界ですよ。ティデルの記憶を辿ってみるに、十六夜丸の姿は確認できませんでしたが。小生の知らぬ刀を使いこなしていたのを見ても、強欲の真祖が持っている可能性が高いでしょうな」

「うぐ……! またしても、マモンか……!」


 どうしてあの強欲の真祖は、ここまで自分の野望の前に悉く立ち塞がるのだろう。その名前を聞いただけで気分が悪いと、ギリギリと歯を鳴らしながら……やがて疲れたように嘆息するミカ。いずれにしても、呪いを解く方法があることが分かっただけでも良しとしようか。


「しかし……如何されましたか? ミカ様ともあろうお方が、呪いの解き方をお尋ねになるなんて……」

「……とある悪魔の魔法道具にうっかり触れてしまってな。どうも、魔法道具自体を奪おうとする相手を呪うようにできていたらしい。で……多分なのだが、そのせいで今の私は魔法を使えない状態になっている」

「ほぉ? 左様でしたか。しかし……うむ? 小生には呪いの類は感じられませんが……」

「は?」


 それは大いなる勘違い。純粋な呪いの有無だけではなく、自分が絶対に正しいという誤解による弊害でしかない。


「……そのご様子ですと、単純に魔力不足なだけだと思いますよ?」

「そ、そうなのか……?」


 だとすると、ハーヴェンが「悪魔の呪いが冗談抜きに不味いもの」と言っていたのは……?


「お、おのれ……憎らしや、悪魔め……! この私を謀りおったな……⁉︎」

「あぁ、もしかして……ミカ様は悪魔にまんまと騙されただけだった……と」

「うるさいッ! もう、良い! だったらば……折角ぞ! 私も餌場に出向いて、魔力を再補給してくるとしよう」

「……それが宜しいかと存じます(……大天使が聞いて呆れますな)」


 旅は道連れ、世は情け……等という仲良しの理念からは程遠い2人。彼女達の内心にあるのは、共通の目的地だけというご都合主義の打算だけである。互いに共闘する訳でもなし、互いに協力する訳でもなし。しかし、そのスタンドプレイを好む傾向が、それぞれに多大なる受難を振り撒いてくるなどとは……2人とも、知る由もない事であった。


***

「あのね、ルシエル」

「うん? 何かな、エルノア」


 ハーヴェンやエルノアと無事再会して、自分の家にひとまず帰って来られたことに安心していると。どこか、エルノアが戸惑い気味な様子でモジモジと話しかけてくる。そうして、汚れ切った真っ白だったはずのワンピースのポケットから、鈍く輝く何かを取り出して渡してくるが……鱗らしいものに刻まれている文字に、思わず息を呑む。


「……エルノア、これ……どこで拾ったの?」

「拾ったんじゃないの。……天使のおばちゃんに貰ったの」

「天使のおばちゃん……ってもしかして、アヴィエルの事?」

「そうなの。でもね、おばちゃんは私を逃すために多分……」


 死んじゃったと思う……と言葉を絞り出すと同時に、ボロボロと堪えきれず涙を溢すエルノア。そんな彼女の代わりに、エルノアが向こうで仲良くなったらしい妖精が事と次第を説明してくれる。


「エルノアの魔法で、アヴィエルは言葉と足を取り戻しはしたのですが。この子を逃すために、最後の力を振り絞って戦ってくれたようなのです……」

「……そんな事があったんだ。アヴィエルはきっと、エルノアが地上に出られたのなら、神界の監視システムにすぐさま引っ掛かるよう細工をしてくれていたのだろう。……この鱗に刻まれているのは、天使が監視システムに緊急事態を知らせるための暗号だ」


 しかしそこまで説明したところで、暗号に特殊形式のメッセージがくっついているのにも気づく。これは……遺言のための魔法書式じゃないか。そんな事にも思い至ると、居ても立っても居られず大天使用のデバイスを呼び出して鱗に刻まれた秘密のメッセージを照合する。そうして、画面に浮かび上がってきたのは……。


“ルシエルへ


この言葉が届いているということは、エルノアは無事逃げられたのだろうな。

最後の最後で、ようやく世界のために天使らしい仕事ができた気がするよ。

これからは何があっても、その手を離さないでやってくれ。


それと……いつかの時は色々と不愉快な思いをさせて悪かった。

本当はきちんと自分の言葉で伝えるべきなのだろうが、それはもう叶わないだろう。

自分でも情けなくて仕方ないが……それでも、同僚として少しでも憐んでくれるのなら。

道化者の旅立ちくらいは、笑ってくれると嬉しい。


    アヴィエル”


「あいつは何だかんだで、私に負い目を感じていたんだな……。そんなの笑えるわけ、ないだろう……! 憐れむ必要もないし、情けないとも思わない……!」

「はーい、お待たせ。お茶をお持ちしました……って、おぉ? 2人して、どうしたよ……?」


 命懸けでアヴィエルが繋いでくれた「天使らしい仕事」をきちんと引き継ごうとしてみても。それが分かっているのは頭の中だけで、心は一向についてこない。そうして、涙を止める術も知らずに私が拳を握りしめていると……きっと書かれていることが分からないなりにも、状況はある程度理解してくれたのだろう。情けなく2人で泣き出す私とエルノアとにしっかりとお茶を差し出すと、何も言わずに背中を摩ってくれるハーヴェン。そんな彼の優しさに甘えるように……しばらくの間、私は背中を丸めて肩を震わせることしかできなかった。

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