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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−31 勇者と悪魔(後編)

 きしはあくまにいいました

 なぜこどもたちにひどいことをするのです

 あくまはこたえました

 こどもたちがなくこえがすきだから


 きしはあくまにいどみます

 あくまはこおりのやいばをふりまわしきしをくるしめます

 でもせいぎのきしはそんなことではまけません

 かみさまのことばとせいなるまほうであくまをみごとたおしました


 こどもたちをつれておうこくにかえろうとしたとき

 たおしたとおもっていたあくまがおきあがり

 さいごのちからできしのはらをつらぬきます

 きしはたくさんのちをはきながらたおれてしまいました


 こどもたちをたすけるためにきしは

 いのちをなくすことになりました


 それでもきしはみごとにこどもたちをまもり

 おうこくにふたたびへいわをとりもどしたのです

 ひとびとはそんなゆうかんなきしのおこないをたたえ

 きしをゆうしゃとよびました


 めでたしめでたし


***

 その後、若い異端審問官の死に様は、悪魔退治の物語に作り変えられ……人々の間に伝播することとなる。

 歪んだハッピーエンド、事実無根の潔白。……勇者と悪魔の、表裏一体の物語。

 英雄に仕立て上げられた若い異端審問官は、祈りを神に聞き届けてもらえなかった失望で……悪魔へと姿を変えていた。表紙が擦り切れた、役立たずの聖書。聖書の最後の日の記録には、かつての自分と誰かの血の色で一層赤く染まった、リボンの切れ端が挟まれている。

 狼のような頭の大きな漆黒の悪魔は、薄らいでいく記憶の中でさえも守りたかった少女の亡骸を抱き、泣きながら……体躯と同じ漆黒だった森を白銀の世界に変えつつ、彷徨っていた。微かな記憶を頼りに、少女の故郷に向かう。しかし、たどり着いたアルーの集落は既に、誰かに焼き払われた後だった。お粗末だった家屋の跡が、寂しく記憶と一緒に風化していく。荒れ果てた絶望を前にして……悪魔は記憶が喪失し切る前に、大粒の涙を流しながら少女の亡骸を焦土と化した大地に埋めた。


 せめて、この子が生まれた場所に。

 神への祈りなど、もう捧げる必要はない。

 痩せっぽちの子供1人の命さえ助けてくれない神など、地獄に落ちてしまえ。

 なぜ、この子が死ななければならなかった?

 なぜ、こんなにも辛い思いをしたこの子に……救いの手1つ、差し伸べなかった?


 どのくらい大地を見つめながら、泣いていたのだろうか。涙を受け止める手の甲はいつの間にか、人間のものにすり替わっていた。そして、目が腫れ上がって痛み出す頃には……何をしていたのかさえ、忘れていることに気づく。

 ……俺は一体、何を……していた?


「……終わったかい?」

「……⁉︎」


 不意に背後から声をかけられ、振り向くと……そこには黒い狼の仮面をした男が立っている。紺色の長い髪に、ややキツい配色の紫と赤のガウン。そして、背中には昆虫のような薄羽根が生えていた。


「あ、怯えなくていいよ。こう見えて、僕はベルゼブブって言う、物凄ーく偉い悪魔なんだけど。君の悲願に応えてあげようと思って、迎えに来たんだ。ほれ……その記憶のカケラ、僕に預けちゃいなよ。それがあると、君はこの先とっても苦しむことになるから」

「……記憶のカケラ?」

「そ。手に持っている聖書。それ……今の君には、必要ないものだと思うよ?」


 聖書……? なんで、こんな物を俺が持っている? そもそも、俺は……何者なんだ?


「どうやら、人間だった時の記憶が封印されちゃったみたいだね。名前、思い出せる?」

「名前? 俺の……名前? 確か、ハー……ハーヴェン?」

「あ、なるほど。ま、それもいいか。ほら、立って。君はこれから、何がしたい? もし良ければ、できるだけ君の望みを叶えてあげるから。あ、そうそう。君は新種みたいだから、悪魔名も決めなきゃいけないね。って……おやおや? 種族名はないのに、祝詞はしっかり残ってるんだ。超不っ思議〜……。ま、それはそれとして。えぇと……」

「新種の悪魔……?」


 そうか……俺は悪魔、なのか。自分の事なのに、他人事の様に彼の言葉が通過していくのが……言いようもなく、虚しい。


「うん、あの姿ならウコバク達のボスって感じだったし……決めた。君は今日から、エルダーウコバクを名乗るといい」

「エルダー……ウコバク?」

「そ。僕の所にはウコバクっていう、小悪魔がいるんだけど。この子達、ちょっとまとまりがなくてね。目付役が欲しいと思っていたんだ。炎属性の彼らにすれば、水属性の君なら相性的にも都合いいし……うん、うん。そうしよう、そうしよう」

「……」

「で、君は何がしたい? そろそろ……決まったかな?」

「……そうだな、料理がしたい。それで……誰かの空腹を満たしてやりたい」

「空腹を満たす……か。つくづく、君は優しいねぇ。よし、なら魔界で料理番をするといい。丁度、打って付けの仕事があるんだよ〜。元人間の君にはちょっと、キツイかもしれないけど。そのうち、慣れるよ。なんたって……君は悪魔、なんだから」


 そうか……そうだよな。俺はきっと、悪魔に成り果てるような極悪人だったんだろう。これは……当然の結果なのかもしれない。だとしたら……極悪人だった時の記憶は、もういらない。


「……これを渡せばいいのか?」

「うん。それじゃ、預かっておくね。必要な時期は、君が自分で悟ることだから。その時はちゃんと返すし、安心して。……それじゃ、行こうか。エルダーウコバク・ハーヴェン。愛しのクソッタレな魔界へ、君を歓迎するよ」

「あぁ。よろしく頼むよ……マイ・ボス」

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