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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−34 醜い真実

「私は自分を支えてくれた竜族にも、自分を信頼してくれていた部下にも大嘘を吐いた愚か者なのだ。シェルデンが魔禍の元凶になった本当の理由は、人間達に責められたからではない。……私がその愛を受け入れてしまったからだ。そして……私はその過ちを繕うために、罪に罪を重ねただけに過ぎない……」


 その後の顛末は、お前も知っている通り……と、ハミュエル様が続けるものの。あまりの衝撃的なハミュエル様の告白に……私はどこをどう、腹に落とし込めば良いのか分からなくなっていた。


「ロンギヌスを弱め、分割する方法……それは持ち主をその鋒で殺めることに他ならぬ。だが、明らかな罪を犯した私の手からもロンギヌスは離れようとしていた。そして……」

「……ロンギヌスは借宿の持ち主として、私を選び……あなたは魂の安寧を理由に、私にトドメを願った。ですが、その瞬間はロンギヌスが弱体化する瞬間でもあったのですね。そして、今のロンギヌスは半分の状態だから……かつての黄金の輝きを取り戻せずにいる、と」

「……その通りだ」


 ハミュエル様の前に現れた得体の知れない女の提案は、そうして分割されたロンギヌスを半分譲る代わりに……ハミュエル様にシールドエデンのロジックを継承させることだったらしい。神界宝物庫に保管されている魔法書にも確かに、シールドエデンの記述自体はあるものの。難解すぎる構築概念故に、魔法書の文面だけでシールドエデンを使いこなすのは不可能に近い。明らかに「お手本」が必要な魔法をハミュエル様が何故、習得していたのか少しだけ気にはなっていたが……なるほど。その死に際には、即席の講師の存在があったのか。


「……知っているかもしれないが、シールドエデンは有りとあらゆる対象を術者の望む形で、封印する最上位の封印魔法だ。だが……その封印術式の構築は術式の回路そのものを目の前で見せてもらえなければ、まずまず理解はできぬ」


 かの女は理解が難しいはずの魔法術式を容易くハミュエル様の前で分解して見せては、構築手順を丁寧に教えてくれたのだと言う。そうして、習得したシールドエデンを使ってハミュエル様は自身の魂を対象に、シェルデンの肉体にその魂を封印し……「人間のせいで魔禍の元凶となったシェルデンを救うため」に「自らの翼と魂を差し出した慈悲深い大天使」を作り出した……ということになるのだろう。そんな話を聞いた上で、その字面を改めてまじまじと思い浮かべれば……これ程までに酷い詐欺はないのかも知れないと、怒り以上に虚しさが込み上げてくる。


「……シェルデンの魂を救うだけなら、リンカネートを使えば片が付く。しかし、彼が理性を失ったという汚辱を晴らすにはそれだけで足りなかった。……竜族の掟は絶対だ。理由が何であろうと、理性を失い、災厄に成り果てたものは処刑されなければならない。そして……その最期を遂げた竜族は最大級の罪人として竜界の歴史に名を残す事になる。私はその名誉こそを守るために、シェルデンにリンカネートを使うと同時に……自分の翼と魂とを使い、罪を雪ぐ事でシェルデンを罪人にはさせないと……彼に約束したのだ」

「名誉を守る……か。でも……それって、本当に必要な事だったのか? 冷たい言い方かもしれないけど、死んじまう奴の名誉を守ることよりも、他に守るものがあったんじゃないか……って、俺は思うけど。今の話は要するに……そのシェルデンさんの罪をあんたのせいではなく、人間のせいに挿げ替えるためにルシエルを巻き添いにしたって事だよな? そのせいで……今まで、ルシエルがどれだけ苦労したと思ってるんだ⁉︎ 翼を取り上げられて、他の天使に虐められて! その上……こいつは今の今まで、あんたを信頼していたし、何よりも正しいと思っていた! それなのに……これはいくらなんでも、あんまりだろうッ⁉︎」

「ハーヴェン、いい……大丈夫だ」

「……ルシエル?」

「確かに、この場合はハミュエル様に騙された……ことになるんだろうな。だけど……それがなかったのなら、私はお前に出会うこともなかった。これはあくまで、ちっぽけな結果論だろうけど……そのお陰でハーヴェンに出会えたのだから、私は後悔もしていない。だって、そうだろう? どんなに蔑まれようとも、どんなに見下されようとも。私には、温かい食事付きの居場所がしっかりあったのだから。それがあれば……神界で受けた屈辱など、本当に些細な事だ」

「……」


 自分の知っている事実とは大幅に異なる、ハミュエル様の事実。この期に及んで明かされたのは、「ハミュエル様は正しかった」……延いては「自分がしたことは正しかったのだ」という自身の信奉を根底から覆す、嘘に固められた醜い真実でしかない。だが、今の私にはそれこそ些細なこと。今、何よりも大切なのは……。


「失敗しない者、後悔しない者などいない。だけど、してしまった事をやり直す事はできないし、やり直したところで……自分の望む結果が待っているとは限らない。だったら……俯いて立ち止まるよりも、顔を上げて足を踏み出す方がいいと私は思う」

「そっか……そうだな。正しい、正しくないは結局、どんなに焦っても後から分かることだ。最初から正解が分かってたらみんな苦労もしないし、努力もしないよな。だったら、ちょっとはマトモになるように頑張った方が……不正解は減らないかも知れないけど、確実に後悔だけは減らせる……か。……まぁ、俺としては納得できないけど。ルシエルがいいのなら、これ以上は何も言わないよ」

「うん、ありがとう……」


 先程まで穏やかな様子だったハーヴェンが突然、声を上げたのには驚いたが。それでも……その怒りが私にはとても嬉しかった。彼がこうして怒ってくれなかったら、きっと私はここまで冷静に次へ踏み出す覚悟を持つこともできずにただ、塞ぎ込むだけだっただろう。自分の代わりに声を上げ、怒ってくれる相手がいることが……これ程までに、心強いとは。


「お前の怒りは……尤も、だな。私は結局……シェルデンだけではなく、自分さえも悪くないと思い込みたかったのだ。その時は必死だったと言い訳しても、その時はそれしかなかったと諦めても。結果だけ見れば、私はそれこそ……出さずに済むはずの犠牲を出してしまった。それはルシエルから翼を奪っただけではなく、エスペランザからシェルデンを奪う結果にもなり……そして当時、彼女の腹の中にいた子供から父親を奪うという惨事も引き起こした。……あの時は私さえ彼の代わりに苦しめば済むのだと、漠然と考えていたが……つくづく詰めが甘かったと、今になって思い知ったよ。何せ……“彼女”は最初から、私とロンギヌスとを利用するために頃合いを見計らっていたのだし、そのために……シェルデンにスペルディザイアという魔法の存在を吹き込んだのだから。本当に……自分が愚か過ぎて、嫌になりそうだ」

「そう言えば、ハミュエル様。先程のお話に出てきた、“彼女”ですが……。その中身はあなたの体を使っているミカとやらで間違いないでしょうか?」

「……いいや、違うな。ミカ……私の肉体を使っているのも確かに、あちら側の堕天使だが。少なくとも……彼女ではない。ただ、ロンギヌスがどんな武器かを知っていた時点で……彼女も神界に連なる者であることは確かだろう」


 そもそも、ロンギヌスを分割して彼女は何をしようとしていたのだろう? それこそ、半分になったロンギヌスは本領を発揮できないまま……実力も中途半端なままだ。武器としては頼りになる事は間違いないが、神具としての性能は削ぎ落とされた状態でもあるだろう。そんなロンギヌスに……武器として以外の利用方法があるとでも言うのだろうか?

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