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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−27 破綻したルール

「シェルデンが私を避けるようになった理由……それはまさに、竜族の禁忌に触れる申し出だった。故に、私はどうしてもその懇願を受け入れるわけにもいかず、初めは相手にもしなかった。きっと……シェルデンはそんな私の拒絶に深く傷ついたのだろう。だが、その一方で……正直に申せば、彼の申し出は嬉しくもさえあった。何せ……その誘いは生まれてからも、そして天使になってからも。生きてきた中で1度も触れる事のなかった、甘美な敬慕の情念だったのだから。心が躍らなかったと言えば……嘘になろう」


 顔の表情さえも、掴みどころがなくて曖昧なはずなのに。掠れた弱々しい声にさえうっとりとした響きを感じては、きっとハミュエルさんに頬というものがあったのなら、綺麗に紅く染まっているのだろうなと想像する。そうか……禁忌って、そういうことか。


 竜族の結婚は一生に1度。そんでもって、パートナー以外と関係を持てば、理性を失って怪物に成り果てた挙句に……同族に処刑される、だったっけな。それをゲルニカの奥さんから聞いた時には漠然と「超ハードモード」だなぁ……なんて、何の気なしに考えたりしたが。だけど、それも結局のところはゲルニカと奥さんの様子を見ていたから、深く気にも留めなかっただけで……ハミュエルさんが言わんとしている事にも思い当たると、竜族の結婚はやっぱり制約だらけの破綻したルールなんじゃないかとさえ、思えてくる。


「……ねぇ、黒いお姉さん。その……お祖父様はお祖母様の事が嫌いだったの?」

「いいや……決して、嫌いという訳ではなかろう。ただ、本当の意味で愛してはいなかった……それだけのことだ。きっと互いに竜女帝という枠組みがなければ、違う相手と一緒になっていたのだろうな」


 今度は力なくエルノアに答えながら、俺達の方へニュゥっと首を伸ばすハミュエルさん。そうされて、さっきまでただの真っ黒い煤の塊にも見えた彼女のディテールが確かに竜族のそれをなぞっているのだと、ようやく理解する。きっと彼女の方も、首を伸ばしても俺達が驚かないのを見て、既に怯えてもいない事を把握したのだろう。今度は少しばかり緊張感を解くように体を横たえながら……俺達の目線に高さを合わせつつ、一連の物語の続きを語り出した。


***

 ドラグニールとの交渉も決裂し、肩を落としながらハミュエルが神界門を潜ると……エントランスには何やら物騒な空気を余す事なく撒き散らす天使の一団がズラリと並んでいる。群衆の中に六翼の天使も相当数、駆り出されている時点で余程の大事らしい。


「オーディエル! これは一体……何事だ⁉︎」

「あぁ、ハミュエルか。フン、その様子だと……今日もドラグニールを懐柔し損ねたか? まぁ、いい。お前ら姉妹は何かにつけ、弱腰だからな。個人的にはお前の実力は認めていたつもりだが……何せ、その性格だ。ドラグニールに関しては、最初から期待もしておらん」


 高圧的な態度と、軽蔑を含む明らかな嫌味。あからさまなハミュエルへの侮辱を部下の前で繰り広げながら、さも憎たらしいと鼻を鳴らすオーディエル。とは言え、根は真面目な彼女は同じ大天使相手に最低限の情報共有くらいはしてくれるつもりらしい。冷徹な口調を変えずとも、彼女達が出撃するに至った理由を教えてくれるが……。


「……ユグドラシルが燃え始めている……?」

「あぁ。魔力の調律が乱れ始めているのは、ドラグニールが彼の地を見捨てたからだと思っていたが……どうやら、原因はそれだけではなかったようだ。とは言え、話し合いしか能のないお前には関係のないこと。ここは我ら、排除の天使に任せて高みの見物をしているがよかろう」

「……」


 しかし……オーディエルも事は深刻だと口先で言いはするものの、別部隊への協力を要請する気もないらしい。ピシリと白亜の甲冑を纏った姿で、部下の天使達に高らかに命令を与えては……待ったなしと、人間界へその原因を「排除」しに繰り出そうとする。


「ま、待て、オーディエル! 原因は何も……排除対象とは限らんだろう⁉︎ ここはひとまず、綿密な調査をしてから……」

「うるさいぞ、ハミュエル! 今は、そんな悠長なことを言っている余裕はない! どうせ……また、悪魔か人間が悪さをしているのだろうよ。それを徹底的に駆逐するのも、我らの役目……今までは黙っておったが、この状況ではそうもいかん。皆ッ! ユグドラシルを守るために、その手に勝利の武器を取れ! 我らの敵を塵芥残らず、殲滅せよ!」

「はいッ!」

「承知しました!」


 こうなると、神界最強の大天使・オーディエルを止める手立てはない。ピリリと肌を刺激するような緊張感と一緒に、排除部隊の精鋭を引き連れては士気も高らかに出撃していくが……。


(……果たして、本当にそうなのだろうか……?)


 同僚の背を見送っても尚、燻る違和感を諌めながら……自身も人間界へ降りた方がいいかと考えるハミュエル。ラミュエルはもう少しシェルデンを探すと戻ってきてはいないが……ここは、それを待っている猶予もなさそうだ。そこまで考えて、ハミュエルは最も信頼を寄せている上級天使を頼ることに決めると、早速彼女を呼び出した。


「……お呼びですか、ハミュエル様」

「あぁ、突然呼び出して済まないな、ルシエル。実は……」

「存じております。……排除部隊がとうとう、動き出したようですね。ユグドラシル異変の原因は分かりかねますが……何か良からぬことが起こっているのは、間違い無いかと。いかがしますか? この場合、我らは“調査”に出向いた方が良いかと思いますが」

「ハハ。流石、お前は話が早くて助かる。そうだな。あの調子だと、オーディエルの奴……懲罰対象以外の相手も排除しかねん。最悪の場合……我らの方である程度、フォローをした方が良さそうだ」

「……なるほど。彼女達の作戦に巻き込まれた被害者を助けに行くのですね」

「その通りだ」


 では、こちらも早めに向かいましょう……と、たった2人の編成だというのに、尻込みもせずにアッサリと人間界行きを了承するルシエル。調和部門はその役目から、所属している天使も非常に少なく……神界でも総勢14人しか配属されていない。その上、殆どの人員は常々人手不足の救済部門・ラミュエルの元へ出向させていることもあり……実質の実働部隊はハミュエルとルシエルの2名体制だ。


「……お前には常々、苦労をかけて済まんな。いつもいつも、こうして後輩に偉そうに命令されては、腹も立つと思うが……」

「今更、何を仰るのですか。……私はハミュエル様を誰よりも尊敬し、信頼しております。神界の階位には年功序列はございません。……適格者として選ばれた相手に従うのは、当然の理というものです」


 慇懃かつ、冷徹。その上、神界のルールには盲目なまでに従順。それがハミュエルの部下であり、神界でも飛び抜けて優秀な上級天使・ルシエルの評判であるが、一方で……ハミュエルの方はルシエルのその必要以上の冷たさはどうにかならないかとも考えていた。真面目で、任務に忠実なのはいいことだ。しかし……彼女はどこか全てを機械的、かつ論理的に「処理」してしまう部分があり、他の天使と仲良くという理念は持ち合わせていないらしい。

 しかして、それも無理はないのかも知れないと……ハミュエルは首を振る。

 当時の神界での各部隊間での軋轢は根深く、ハミュエルが転生した当初から、最年長の日和見主義者のミシェルと武闘派のオーディエルの不仲は相当だった。マナツリーの方もその状況を緩和させようと、ハミュエル姉妹を一緒に大天使に据えることで、部門間の連携も可能であることを示そうとしたのだろうが……結果として、連携できているのは調和部門と救済部門のみ。完全なる協和には程遠い。そんなピリピリと気も休まらぬ空気の神界で過ごせば、頑なに他者への無関心を貫くのは仕方のないことだと……ハミュエルは神界の調和は既に諦めていた。

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