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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−14 似合わないお節介

(この魔法書……どこかで見た事があるような……)


 グランティアズ城の一室で、こっそり持ち出した魔法書(複製)を読み耽っては……中身は明らかに物騒なのに、その内容に郷愁さえも感じて、ホゥと息を吐くフェイラン。そんな彼女が腰を掛けているのは、かつてジルヴェッタがお利口にお座りしていたキングチェアだった。短い間とは言え、一緒にいた相手との思い出らしきものが詰まった椅子に身を預けながら、魔法書をなぞるように文字を追えども……すぐには大切なことは思い出せない。そうして疲れを感じ始めた目を休める意味でも、ふと視線を上げて横にずらせば……飾り棚の中に明らかに王宮の調度とは趣味嗜好の違う人形が収まっているのも目に入る。


(これ……もしかして、勇者と悪魔の……?)


 陶器で出来ていたせいなのだろう、彼のトレードマークでもあったはずの三つ編みがなくなってしまっているが……その欠損を埋めるように、丁寧に修復されて色も塗り直されているそれは、色褪せつつあるグランティアズの風景に場違いな存在感を示していた。


(あぁ、そう言えば。姫様もあの童話が好きだったって、エドワルドも言っていましたっけね……)


 かつて自身が仕えていたお姫様も、そんな事を気軽に話してくれたエドワルドも……もう、グランティアズ城には存在しない。共にグランティアズの4傑と言われていたかつての同僚は、事実を知りすぎたが故に既にウリエルの手に落ちてからというもの……その後はあまりに悲惨だったと、フェイランは思わず手元の人形の面影に同情の涙を溢す。何もそこまでしなくてもいいだろうに。あろうことか、彼女達は普通の人間でしかなかったエドワルドに英雄の一部でもある「奇跡の結晶」を直接魔禍の上澄ごと埋め込むことで完璧な無敵兵、延いては完全な勇者を再構築しようと目論んでいた。しかし、そもそも器さえも持たないエドワルドには英雄が残した「奇跡の結晶」を埋め込むことまではできたとしても、完全に適合することはできなかったのだ。


(どうしてみんな……そんな事をするのでしょうね? 誰かを踏み荒らしてみても……最後には何も残らないじゃない)


 そんな事を考えながら、人形を飾り棚に戻そうとすると……今度は棚の側面にピタリとくっつくように置き去りにされている手紙があるのにも気づく。しっかりとシーリングワックスまで施されている手紙の差出人は、ジルヴェッタ本人のようだ。


(……手紙? 姫様から……一体、誰宛なのかしら?)


 差出人の名前こそあれ、届け先の相手の名前はない。その様子に、おそらく彼女は直接この手紙を相手に届けるつもりだったのだろうとフェイランは思い至る。配達手段が自分の足なのか、使いっ走りなのかは不明だが……今となっては、そのどちらの手段も取ることはできない。

 そんなどこか虚しい現実に、非常に遣る瀬ない気分になりながらも……心機一転、フェイランは代わりに手紙を届けることを思いつく。もちろん、彼女にしてみればジルヴェッタは取るに足らない相手でしかないし、そこまで義理立てする必要もない。それでも……フェイランにはなぜか、似合わないお節介こそが今の自分に必要な気がして。彼女の手紙の相手を探るべく、一思いに手紙の封を解き始めていた。


***

 竜族の体っていうのは、便利な部分もある反面……使い勝手も大幅に違う分、思うようにいかない事も多くて戸惑ってしまう。本当に魔力を自前で生成できるらしい事には驚いたが、俺の1番の強みである嗅覚が格段に鈍くなっているのはかなりの痛手だった。迷子探しは手慣れたもの……なんて胸を張っていられたのは、ベースが犬科(一応、狐です)だったからの話で。この状況で頼みの嗅覚を取り上げられるのは、アンカーの記録を真っさらにされる事以上に厳しい気がする。


(……って、そんな事を不満がっている場合でもないか。えっと……こっちに行ってみようかな?)


 こっそりと充てがわれた部屋を抜け出して、廊下を1人寂しくトボトボと歩いてみるものの。どこもかしこも真っ白なもんだから、これでは迷子になるなと言う方が無理だろう。自分がいる場所がおそらく奴らの「ラボ」とやらだろう事は察しがつくが……そのラボは地下に埋まっている割には明る過ぎて、俺の視界を必要以上に刺激するから厄介だ。

 そうして、何の気なしに更にもういっちょと角を曲がろうとしたところで……目の前スレスレをどこか見覚えのある黒い何かが、凄まじいスピードで通り過ぎていく。そんな一瞬のシルエットを慌てて追うように廊下の向こうを見つめれば……その後ろ姿はいつかの闘技場で一戦を交えたカラス姿の悪魔に酷似していた。


(あれは……プランシー? いや、でも……)


 それこそ、俺が知っているプランシーはこうして誘拐される直前まで一緒にいたのだから……ここに彼がいるのはあり得ないだろう。だとすると、同じ種類の悪魔がこっちにもいるって事だろうか?


(いや、待てよ……。そもそも……)


 カイムグラントはプランシーが初事例の新種だったはずだ。魔界の歴史からすれば、存在自体が生まれたてほやほやの悪魔がラボ側にいるとなると……奴らは闇堕ちの再現も成功させたという事、になるのかな……?


(……どうする? 後を追ってみるか……?)


 俺に気づかなかったのを見るに、相手はかなり急いでいるようだった。おそらく何らかの不都合が発生したのだと思うけど……なーんて思っているよりも先に、足の方が勝手に走り始めていた。とは言え……。


(思うように走れないな……。何つーか……)


 尻尾が邪魔なんだよなぁ。しかも、この姿のままでは器用に翼を出すのもできないみたいだし……あぁ。やっぱり俺、サッサとエルダーウコバクに戻りたいかも。すぐにでも嫁さんに会いたいのもあるけれど……翼も出せない、嗅覚も悪い。おまけに料理にとっても便利だった冷気が尻尾からしか出せないとくれば……あの気色悪い合言葉を抜きにしても、戻りたいと言うのは、ワガママじゃないよなぁ。


(待て待て待て、今はとにかくエルノアが先。まずは一旦、さっきの奴について行ってみるか)


 右も左も分からない状態で、1人ぼっちで彷徨っていても仕方がない。ここは素直に現地人のお導きに縋ってみるのもアリだろう。

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