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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−10 口にするのも憚られるセリフ

 どうしよう、どうしよう……どうしよう! ハーヴェンのバカ! 意地悪! そんでもって、悪魔! 合言葉なんて、私は知らないぞ?

 ……と、1人焦ってみるものの。今か今かとここにいるメンバー全員が、私の発言を待っているのも手に取るように分かって……恥ずかしいやら、情けないやら。今まではこういう時こそ、ハーヴェンがそれとなく助けてくれたが。そのハーヴェンがいない以上、ここは1人で状況を打破せねばならない。しかし……。


「あっ……もしかして」

「は、はい⁉︎」

「……ルシエルちゃん、合言葉……まさか、忘れちゃったの?」


 そのまさか、です。

 ……きっと、ご自慢の触覚で私の窮地を嗅ぎ取ったのだろう。明らかに、肩透かしを食らったと言わんばかりのベルゼブブの様子に、申し訳なさが胸一杯に込み上げてくる。


「……すみません。私には、すぐに思い当たるものがなくて……。そもそも、ハーヴェンにはそんな感じの言葉は言っているかも知れませんが……いくらなんでも、ベルゼブブ様には……」

「えぇ〜! だって、ほら! ルシエルちゃんはあの時、超必死だったじゃない〜。魔界に単身で乗り込んでくる天使なんて、冗談抜きで初めてだったんだよ? そんな大胆なことをしちゃったクセに……忘れちゃったの⁇」

「あの時? 私が魔界に乗り込んだって……もしかして、ハーヴェンが追憶越えの試練を受けていた時のことでしょうか?」

「そうそう! その時だよん。もぅ……ルシエルちゃんったら、僕に伝言をお願いしますって言いながら、今にも泣きそうな顔しちゃってさぁ」


 伝言に……泣きそうな顔? もしかして……それって、あの別れを覚悟した時のセリフか⁉︎


「あ、折角だし……僕が代わりに言っちゃおうか? ……うんとね。確か……こんな感じだったかな? “私のところに帰って来てくれるなら、その時は私を好きにして……”」

「わぁぁぁ! わぁっ! わぁッ! そ、それ以上は言わなくていいですッ! お、思い出しましたから!」


 自分で言っておいて、何だが……あの必死すぎて、口にするのも憚られるセリフをこんなところで、大々的に公開しないでいただきたい。そうして、既のところで大声を出してベルゼブブの暴露だけは防いだものの。私のあまりの慌てように、全員が目を丸くして驚いているのがとにかく居た堪れないではないか。本当に、どうしてくれよう……?


「マスター、大丈夫ですかい?」

「あ、あぃ……姐さんがこんなに大っきな声出すの、初めて聞いた気がするです……」

「えぇ……。あの冷静なマスターがこんなに慌てるなんて……」


 すまない、モフモフズよ。こんな私でも、中身は一応は乙女なんだ。ハーヴェン絡みだと恥ずかしいことも結構言っていたりするし、それなりに必死にもなるんだよ。だから、改めてそんなに驚かないでくれ。


「……ヒュー、ヒュー。まぁまぁ、お熱いこって。とりあえず、そういうことなら……俺はそろそろ帰ろうかな。今回のお役目としては、ベルゼブブをしょっ引くだけだし。ま、何か手伝えることがあったら、リッテルに言えよ。ここまで首を突っ込んじまった以上、俺もそれなりに力は貸してやっから」

「は、はい……えぇと、その。非常にお見苦しいところをお見せしまして、申し訳ありません……。今日はありがとうございました……」


 そうして、こちらに関してはいよいよ呆れさせてしまったのだろう。これ以上は居た堪れないとばかりに、マモンが投げやりなことを言いつつも、手慣れた様子でポータルを展開しては帰っていくが。なんだろうな、何だかんだで……彼には今日も思いっきり迷惑をかけた気がする。


「それで……どうするのん? ルシエルちゃん」

「そうですね……その合言葉を言えば、ハーヴェンの祝詞を上書きできるのなら、すぐにでも実行したいところですが……」

「ハーヴェンの方がどんな状況かが分からないし、焦りは禁物かもね。タイミングを間違えれば、折角のチャンスがフイになりそうだし。まぁ多分、あの子のことだから……今頃、その辺もそれなりに考えている気はするけど。それでも、指輪の呪いはハーヴェンにも話してないからなぁ……。この場合は運よく向こうに紛れ込めた、って方が正しいだろうし……」


 ハーヴェンも指輪の仕組みを知らない以上、この状況は彼にとっても想定外であることは明白だ。普段から何かと機転が効くハーヴェンだからこそ、咄嗟にその状況を逆手に取って利用することを思いついたのだろうが……しかし、元が想定外であるのだから、その先については何も考えられていないに違いない。だとすると……。


「……やはり、残りのヒントはこの鍵にかかっていると言うことか……」

「うん? それって……あぁ、ハーヴェンが作ったサンクチュアリピースだよね。でも……」

「えぇ。頭に嵌まっていた彼の鱗が消えている時点で、今は利用できない状態なのだと思います。ですから、これが使える状態になったら、その合図だと私は思ってはいるのですが……とは言え、その鱗がエルダーウコバクのものであるため、鱗の存在も祝詞ありきだと考えるのが自然でしょう。ですので、やっぱり……」

「まずは、ルシエルちゃんの方で祝詞の上書きをしないとダメだろうね、これは。だとすると……仕方ないなぁ、もぅ。僕としてはこのまま秘密にしておきたかったけど……あの子の今後がかかっているからね。そんな事も言ってられないか。ここは、可愛い配下の状況を把握するためにも……自慢の特殊魔法をお披露目しちゃおっかな」

「自慢の特殊魔法、ですか?」


 本当はこんな所で使うつもりじゃなかったんだけど……なんて、前置きをしながら、ベルゼブブが先程までのおちゃらけた表情を切り替えて真剣に呪文を唱え始める。呪文の言語が複数に渡っているのを聞く限り……彼が発動しようとしているのは拡張式異種多段構築の魔法のようだ。


「刻まれし力を解放せん、我が根源の名に於いて汝の定めを覆さんっ★ エンチャントエンブレムフォース・グラトゥニィ〜、我が祈りに答えよ! 我が身を汝の元に誘わん、ポインテッドポータル! で、更に更に! 一粒の砂礫に思いを留め我が耳となれ、我は空間の告発者なり……サンドスニーキング、ファイブキャスト! ……ふふっふふ〜★ さ〜て……ベルちゃん取って置きの盗聴魔法、行っちゃうよ〜! 我が愛し子、何処へ彷徨いし。その在処を問え、我が敏耳を以って汝が全てを掌握せん! オーバーキャスト・ファラウェイワイヤタップ!」

「ファラウェイ……ワイヤタップ⁇」


 えっと、それってつまり……純粋に直訳すると、遠方の盗聴という意味だろうか? それが可能であれば……これはかなり厄介な魔法だと、言わざるを得ない。


 サンドスニーキングの発動には本来、最初から盗聴するつもりで相手に魔力を込めた砂をくっつけておく必要がある。何気なく相手が通りそうな場所に媒体となる砂をばら撒くだけでもいいと言えばいいのだが、対象を絞るのにはそれなりの熟練度が必要だし、何よりサンドスニーキングには聴覚情報を拾えるのは継続発動中のみという、かなり厳しい条件があったりする。そのため……発動自体に、かなりの念入りな下準備が必要なことが多い。


 しかし、今ベルゼブブが発動した魔法は発動させてしまえば、その縛りもないのか……彼は陽気に鼻歌まで漏らす余裕を見せているではないか。更に、構成に真祖様の固有魔法とポインテッドポータルが含まれていたのを鑑みるに、あらかじめ砂を仕込んでおくという仕掛けも必要なさそうだ。

 なるほど、「取って置きの盗聴魔法」か……。そのあまりに面倒な状況に、私は別の意味で頭を抱えていた。盗み聞きが大好きな旦那の親玉と、その要求を存分に満たす盗聴の魔法。この組み合わせは……あまりに最悪すぎるだろう。

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