15−9 名無しの祝詞
約束通り、マモンがベルゼブブを連れてきてくれるが……暴食の真祖はズレ方も並外れたものがあるらしい。グレムリン達が心配だからリッテルには留守番をさせてきたと、親玉としての標準的な会話ができるマモンの一方で、どうもベルゼブブの方は配下の現状よりも優先事項がある様子。そうして用意していたお菓子を気づくが早いか、まずは手始めにと……挨拶もそこそこに、そちらに豪快にかぶりつき始めた。
「ハーヴェンが大変な事になってるんだったら……ゴックン。僕だって……モグモグ……ちゃんと駆けつけるよ〜。もぅ……マモンったら、ゴ・ウ・イ・ン……なんだからぁ〜」
「食うか喋るか、どっちかにしろ。そんでもって、変なところに妙なイントネーションをつけるな。と言うか、どうせ食い物がないから行きたくないとか吐かしてたのは、どこのどいつだよ」
あぁ、やっぱりお菓子を用意してきて正解だった……。急遽、交換リストカタログにある中で目ぼしいお菓子をありったけ交換してきたが。結構な量だと思っていた糖分の山がみるみるうちに消えていく。これが、暴食悪魔の本領か……。
「あ、あの……それで……」
「モグモグモグモグ……うん、分かってる。ハーヴェンの……祝詞のこと、だよね。あっ、コンタロー。そっちのビスケット、まとめてこっちに頂戴〜」
「あ、あぃ……。あのぅ、すみません、ベルゼブブ様……。ビスケットを取ってあげるのは、いいでヤンすけど……そろそろ、お頭の事を本格的に心配して欲しいでヤンす……」
きっと、ベルゼブブが終始お菓子に夢中なのに、いよいよ心配になったのだろう。コンタローがいかにも切ない調子で、そんな事を懇願し始めるが。コンタローだけではなく、他のメンバーも結局、ビスケットを数枚かじる程度で、ベルゼブブのあまりの勢いに気圧されている有様だ。かく言う私も、彼のあまりに美しくない食べっぷりには、却って食欲を減退させられるものがある。
「あぁぁぁ〜、ご馳走様〜。うん、ま。僕としてはちょっと物足りないけど……こんなもんかな」
「こんなもんかな、じゃねーよ、このクソ悪魔! こんな状況で、よくここまで平然と食い散らかせるよな……?」
「えぇ〜? だって〜。僕は暴食の真祖だよん★ 何よりもお腹を満たすことが大事なのん」
そのあっけらかんとしたお言葉に、ジワジワと不安が腹の底から登ってくる。私の胃袋をお菓子ではない別の何かで満たす旦那の親玉の様子に……今度は急に悲しくなってきた。親玉がこんな調子で、ハーヴェンは本当に大丈夫なんだろうか……。
「って、ごめんごめん。大丈夫だよ。ハーヴェンの祝詞は僕がしーっかりとガードしてあげているから。みんな、僕がハーヴェンの事を心配してないとか思ってるでしょ? ベルちゃん、超心外なんですけど」
「えっ?」
「もぅ、特にルシエルちゃんたら。そんなに悲壮な顔しちゃって〜。僕だって本当に緊急事態だったら、こんなノンビリしないよ。さて……と。勿体ぶっても仕方ないよね。ルシエルちゃん、多分だけど……その指輪、今日はちょっと熱くなったりしなかった?」
「え、えぇ……確かに……。少しの間、妙に熱を持っていたかも……しれません」
「でしょでしょ? それ……祝詞ガードのお守りなんだ〜。だって、ハーヴェンの祝詞……超ヘンテコだったんだもん。中身はあるのに、種族名がなかったんだよ? 名無しの祝詞なんて、普通はどう頑張ってもあり得なかったし……。もう、不思議だの何だのって思ったけど。でも、ハーヴェンは特異転生体から闇堕ちした変わり種だからね。しかも、子供達のために闇堕ちしちゃうような、救いようもない程のお人好し。ここまでイレギュラーが重なれば……魂の方が祝詞についていけなくなるのも、当たり前っちゃ、当たり前かも。それでも僕のお迎えにきちんと応じてくれたんだから、最後までしっかり面倒見てあげたくなるでしょ? しかも、人間界で天使のお嫁さんを見つけてきました、ってなったら……もぅ、親として応援するしかないじゃな〜い」
内容的にはとってもいい話なんだけどな。だけど、無駄に軽い口調で色々と……台無しになっている気がする。そんなベルゼブブの語り口に、その場の全員が呆れているのを、当のベルゼブブも気づいたのだろう。いっけなーい……と、どこか調子外れなことを言いながら、話を仕切り直すが……。
「ま、祝詞が変だった本当の原因は僕にも分からないけど。ハーヴェンがどんな存在だったのかは、何となく知ってもいたから。なんたって、今じゃ絵本のダブル主人公だからねぇ。向こう側がちょっかい出してくることも、それとなく警戒していたんだよね。だから、ハーヴェンには呪いをかけておいたんだ〜」
「の、呪い……?」
おちゃらけた口調を乱す事もなく、今度は非常に物騒なことを言い出す暴食の真祖様。しかし……警戒しているのが、どうなったら呪いをかけるなんていう発想になるんだ⁇
「ところで、ルシエルちゃん」
「は、はい」
「もしかして……ルシエルちゃんはその指輪を外そうとしたこと、1度もなかったりする?」
「えっ? そ、そう言われれば……ないかも、知れません……」
別に指輪を外そうとしなかったのは、悪いことではないだろう。しかし、外すことを試すことさえなかった事が……なんだか、妙にハーヴェンに依存しているように思われそうで。……少しばかり、気恥ずかしい。
「ふふふふ〜。もぅ、ルシエルちゃんは相変わらず、照れ屋さんで素直じゃないんだから〜。そんなに赤くなっちゃって〜」
「……あ、ぅ……それは、その……」
「ベルゼブブ、いい加減にしとけ。こんな時に不安がっている相手を揶揄うもんじゃねーだろ。サッサと話の続きをしてやれよ」
「あっ、それもそうか。ごめんごめん」
ベルゼブブは話好きで、ちょこちょこ話題が脱線するのが疲れると……ハーヴェンも言っていた気がする。あぁ、なんだろうな。変に恥ずかしいところを見られた気がしないでもないが。それでも……マモンがいてくれて、ある意味良かったかも……。
「ま、僕としては指輪の色が濁っていないのが、とっても満足なんだよね。何せ……その鮮やかな色は2人の愛の証だから〜。で……説明するよりも、実際にやってもらった方が早いかな。別に悪戯が発動するだけだから、怖いことは何もないよ。試しに、ちょっと指輪を外そうとしてみてくれる?」
「え? えぇ……?」
おそらく、ベルゼブブとしては百聞は一見にしかず……とでも言いたいのだろう。悪戯、というキーワードにやや、不安が残るものの。言われるがままに、今の今まで外すことさえ考えなかった指輪に手をかける。そうして、思い切って引き抜こうとした、次の瞬間……!
「デデンデンデン デンデロリン♪ おきのどくですが あなたは のろわれてしまいました」
「……はい?」
な、なんなんだ……この不気味な効果音は⁉︎ しかも、呪われた……って、具体的に、何が、どうとか! 説明はないのかッ⁉︎
「……えっと、すみません、ベルセブブ様。指輪の仕様について、やはり……詳細な説明が必要だと思われますが」
「あぁ、そうなの? そうなの? これはね、とーっても由緒正しい、伝統の呪いのメッセージなんだ〜。で、外したくても外せないように、ベルちゃん特製の結婚指輪には漏れなくオプションで付けてあげちゃってるのん。そんでね、そんでね。2人の愛を永遠にゴリ押しできるように……シンクロ率を高める効果以外にも、ラブラブ度がMAXになると、合言葉でハーヴェンの祝詞を上書きできるようになってるよ〜」
「えぇと……合言葉、ですか?」
「うん。ちゃーんと、ルシエルちゃんからも、ハーヴェンへのラブラブ発言を頂いているからね。それをキーワードにして、祝詞をガッチリ守れるように作ってあるんだ。それで、ハーヴェンの祝詞は指輪にしっかり封印してあるから……この場合は、ルシエルちゃんがその合言葉を呟けばオーケイなんだ〜!」
「そうだったのですね……! そこまで考えていらっしゃったなんて……」
「流石、悪魔の大旦那ですぜ!」
「あぃぃ! ベルゼブブ様、凄いでヤンす!」
「そうでしょう、そうでしょう★」
なんて、モフモフズが嬉しそうにはしゃぎ始めるが……。私の方は、それらしい言葉をベルゼブブに言った覚えはない。この空気感で覚えていません、は許されなさそうな気がするけど……どうしよう。本当に思い当たるものが何1つ、ないぞ⁉︎ 何か……何か、ヒントはないだろうか?




