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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−28 好物は煮干しでヤンす

「……ところで、ハーヴェンは今、どこに?」


 暴食の大物悪魔を相手に、いよいよ緊張する……訳でもなく。意外と、趣味の悪さ以外はとっつき易いと思われる大悪魔に、彼の居所を聞いてみる。そんな私の質問にこれまた、ベルゼブブはアッサリと答えてくれるものの。これは……警戒する必要さえないと、思われているという事だろうか?


「うん、ハーヴェンは今試練の真っ只中〜。悪いけど……あの子の希望でもあるから、いくらお嫁さんでも邪魔はさせないよ」

「いえ……私はハーヴェンの嫁ではないのですが」

「フゥン? ……まぁ、いいや。とにかく、今は会わせるのは、無理だよ。あの子の記憶はちょっと、複雑だからね。時間もそれなりにかかると思うし、場合によっては死んじゃうかも。でも、こればっかりは……僕も親として見守るしかないんだよね」


 軽い口調の割には、随分と物騒な気がする。


「死んじゃう? 試練って、どんなものなのですか?」

「……追憶の試練。それはね、生前の記憶に目を背けていた悪魔が記憶を追体験することで、精神的にも魔力的にも新しい力を手に入れるためのものなんだ。本来、悪魔は欲望に忠実だからね。わざわざ変なことを思い出しちゃったり、辛い思いをする必要はないと考える奴が殆どだから……最期の記憶を思い出したところで、あんまり試練自体をする奴もいないし、辛い記憶を捨ててしまおうとする奴が多いんだけど。でも、それなりに面倒な思いをして試練を乗り越えられれば、必要な記憶も知識も取り戻すことになるから、格段に悪魔としてパワーアップできるんだ。ただ、ハーヴェンの場合はちょっと、試練自体も厳しくなりそうなんだよねぇ。あの子は人間だった時に、本人の意思に反することを無理やりやらされていたみたいでさ。で、その結果……満たしたい欲望だけが残って、悪魔になっちゃったんだよ」

「満たしたい……欲望?」

「うん、子供達の空腹。ハーヴェンが満たしたいと思っていたのは、自分の空腹じゃなくて、たくさんの子供達の空腹だったみたいなんだ。だからある意味、超欲張りだと思うし……余計、複雑なんだよねぇ。あの子、厳つい見た目の割には、妙に優しいところがあるから」


 以前から、ハーヴェンは子供好きだと思っていたが。まさか、悪魔になった理由さえも子供がらみだったなんて。


「しかし、悪魔というのは……あなたを前にして言うのも失礼かと思いますが、ひたすら自分の欲望に忠実だと、聞きます。他人の欲望を満たすために闇堕ちするなんて、妙な話というか……」

「まぁ、ゲルニカちゃんの言いたいことは分かるよ? でもね、ハーヴェンの場合はさっきから言っているけど、ちょっと複雑なんだ。……彼が生前、どんな人間だったか知ってる?」

「いえ、聞いたこともなかったですし……それに、本人は覚えていないと言っていました」

「そっか、そうだよねぇ。一応、こればっかりは……余程の事情がない限りは、自分で思い出すまで親の悪魔が手助けするのは無しになっているんだ。それでなくても、記憶の種類によっては思い出しただけで死んじゃう子もいるし。それに僕はできれば、ハーヴェンには思い出して欲しくなかったんだよね。だから思い出がいっぱいありそうな人間界に行かせるの、反対だったんだけど。……ま、思い出しちゃったものは仕方ないか。で、ハーヴェンも多分、この間まで知らなかったんじゃないかな。自分が人間界では、超有名人だったってこと」

「有名人?」

「ハーヴェンの本名は、ハール・ローヴェン。人間界のローヴェルズ地方の名前の由来になった英雄で、リンドヘイム聖教きっての凄腕異端審問官だった」


 ハーヴェンがリンドヘイムの……元異端審問官? それこそ、そんなこと気づいたそぶりも見せていなかったが……。


「ハール・ローヴェン……確か、青髪の勇者として名高い伝説のエクソシスト、でしたか。人間界でも彼の英雄譚を元にした絵本が大量に出回っていると聞きますし……現に私の屋敷でも、一冊所蔵しているくらいに浸透している物語だったと思います」

「おっ。ゲルニカちゃん、よく知っているね。そうそう、それだよ、それ。でもね、実際ハーヴェンが祓っていたのは悪魔じゃなくて……人間だったんだけど」


 青髪の勇者……間違いない、あの絵本の勇者のモデルだろう。では、彼と対峙していた悪魔は……一体、なんだというのだろうか。それに祓っていたのは……人間? どういうことだ?


「異端審問……ですか。それはつまり、教会にとって不都合な人間を合法的に抹殺できる手段ということでもありますね。ハーヴェン殿は教会の命令で仕方なく、自分の意思に反して人を殺したことがあった、と。そういうことでしょうか」

「ま、そんなとこかな。多分、今頃はハーヴェンは人殺しとしての罪悪感と戦っているところだろう。とにかく、今はそれ以上を教えてあげることはできないし、このまま終わるまで待ってもらうのも……ちょっと、難しいかな。大体、いつまでかかるか分からないしなぁ。で……あ、そうだ。だったら、よければこっちにいつでも来られるように、お供をつけるよ。その子にここの鍵を渡しておくから……気になるようだったら、遊びに来てちょうだい」

「お供……ですか?」


 そう言いつつ、ベルゼブブが誰かの名前を呼ぶと……彼の呼びかけに応じて、小さな悪魔が覚束ない2足歩行でやってくる。


「この子はウコバクのコンタロー。知っての通り、ハーヴェンはエルダーウコバクっていう、ウコバクのお頭でもあってね。まぁ、この子達もハーヴェンにはよく懐いていたんだけど。……って、コンタロー。ほら、ハーヴェンのお嫁さんにご挨拶しなさい。何、モジモジしてるの」

「あぅぅ、だって、ベルゼブブ様……いくらお頭のお嫁様って言っても……天使はおいら達の天敵でヤンすよぅ。幾ら何でも……キュ〜ン……」


 コンタローと呼ばれた悪魔は、立ち耳に2本の角が生えた子犬のような姿をしている。紺色の毛皮に、つぶらな瞳。そんな赤い瞳の上には、薄茶色の麻呂眉模様が浮かんでおり……いかにも弱々しい感じだ。そのいかにも弱々しい小動物が、私に怯えてキュンキュン泣いている。なんだろう……こちらは何もしていないはずなのに、いじめた気分になってしまい、とても居た堪れない。フサフサとした巻尾が股の下に入っており、全身で怯えてますオーラを出している。


「もぅ、大丈夫だから。とにかく、お前はお嫁さんと一緒に行って、ハーヴェンとの橋渡しをしてあげてちょうだい。ほら、おやつをあげるから……いうこと聞いて」

「あぅぅ」


 そこまで言われて、ようやく小悪魔の方も覚悟したらしい。ちょこちょこと私の方に歩み寄ると……ぺこりとお辞儀をして、自己紹介を始めた。


「おいら、コンタローって言います……あの、その……。好物は煮干しでヤンす。よろしくお願いします」


 好物は煮干しって……。悪魔の要求の割には、随分と安上がりな気がする。


「それで、鍵ってまさか……」

「あぁ、うん。この屋敷のサンクチュアリピースね。ハーヴェンみたいな上級悪魔であれば、ここのポータルくらいは自分で作ったりできたりするんだけど、この子は暴食の最下級悪魔だからね。でも、このサイズならそばに置くにも邪魔にならないし……弱い方がいざという時、処分しやすいだろ?」

「しょ、処分⁉︎ そんな……! ベルゼブブ様、おいら、死にたくないでヤンすぅ〜!」


 何気なく残酷な事を言われて、またキュンキュン泣き出す小悪魔。なんで、そういう怖がらせることを言うのだろうか……?


「大丈夫だよ、コンタロー君。ルシエル様は顔はちょっと怖いかもしれないが、心根は優しい方だから」


 咄嗟にゲルニカがフォローしてくれるが、前半部分はちっともフォローになっていない。と言うか……彼にさえ怖い顔をしていると思われているなんて、思いもしなかった。……笑顔の練習、そろそろ本腰入れないとダメかもしれない。


「本当でヤンすか?」

「きっと大丈夫さ。それに君をいじめたりしたら、それこそ、ハーヴェン殿が黙っていないだろう。そんなことを彼のお嫁さんがするはず、ないだろう?」

「……うん、そうでヤンすね」

「ゲルニカ様、すまない。……色々フォローしてくれるのは嬉しいのですが、何度も言うように、私はハーヴェンの嫁ではありません」

「いいではないですか。以前、ハーヴェン殿もそのことで、ご相談に見えていましたし」

「ハーヴェンが?」

「えぇ。ルシエル様との距離感を掴むのに苦労していると、仰っていましたよ」


 大凡の話は済んだと判断したのだろうか、突如、ベルゼブブが話を切り上げにかかる。先ほどの上機嫌とは打って変わって、少し不機嫌な印象を受けるが……何か失礼なことを言ってしまったか?


「とにかく、そういうことだから。今はハーヴェンを信じて、待っててくれる? 次からはコンタローに持たせた鍵でいつでも遊びに来ていいから。ほら、コンタロー。さっさと契約、済ませてしまいなさい」

「あい……」


 そう言われて、コンタローが更に何かを覚悟した様子で……ちょこちょこと私に歩み寄る。


「おいらの名前はコンタロー。契約名・ウコバクの名において……えっと、おいらの火種をマスターのために捧げることを誓いますでヤンす」


***

「わぁ、モフモフだ〜!」


 結局、ゲルニカの頭に一緒に乗せられて来た子犬の悪魔は……今、竜神様のお屋敷の子供達にもみくちゃにされている。さっき到着したばかりだと言うのに、すぐに馴染み始める空気感はやはり、見た目の無害さから醸し出されているのだろうか。


「わわ! ちょっと、お嬢様方! やめておくれでヤンす。おいら、犬じゃないっすよ〜」


 コンタロー本人は、一応の抵抗をしているものの。意外と満更でもない様子で……子供達に撫でられて、どことなしか嬉しそうな顔をしている。


「肉球、プニプニですね」

「あぅぅ……そこ、弱いでヤンす〜」

「まぁまぁ、可愛いお友達ができて良かったわね〜」


 ……なんだろう。この一家団欒の風景は……。


「ごめん、コンタロー……。ハーヴェンが帰ってくるまでは人間界の家は私1人だから、留守番させても退屈だろうと思う。それにこっちの方が魔力も豊富だし、困ることもないと思うし……」

「姐さんがそう言うんなら、仕方ないでヤンす。おいらの鍵が必要になったら、呼び出してくれるなり、迎えに来てくれたりすればいいと思うでヤンす」


 姐さんって……まぁ、この際はそれでもいいか。


「ゲルニカ様。すみませんが……」

「あぁ、構いませんよ。子供達も喜んでいますし、何より……」

「コンタローちゃ〜ん、はぁい、お手〜」

「なるほど、そうですよね……」


 見れば、テュカチアが1番喜んでいるらしい。好物だと聞いて早速、用意して来たらしい小魚を手に、コンタローにお手を強要している。コンタローはコンタローで自分は犬じゃないと言いつつも……きちんとお手とおかわりをこなし、小魚を咥えてご満悦の様子だ。


「……とは言え、ルシエル様がしばらくお1人になってしまうのは、変わりありません。お寂しい時は、いつでもこちらにいらしてください」

「えぇ、ありがとう。私には一応、仕事もありますし……何より、ハーヴェンのことは、とにかく待たなければいけないことが分かりましたから。……大分、気分も楽になりました。本当にありがとうございました」


 ハーヴェンが帰ってくるまで、寂しい思いをするのはきっと変わらないが、あいつなら大丈夫だろう。無事、彼が帰ってきた時に備えて、私も少しは笑えるように練習しておかなくては。

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