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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−5 お頭はどこでヤンす?

「マスター、本当に……このまま、悪魔の旦那を追わなくていいんですかい?」

「あぁ。あの様子だと……ハーヴェンには何か、考えがあるのだろう。確かに私との契約は切れてしまっているが、あんなメッセージを残した時点で、あいつは私を忘れたわけではなさそうだ」


 言葉こそ、格段に上品だったが。いつかの堕天使襲撃の時と同じ趣の符丁を残した時点で、またハーヴェンは1人で無理をしようとしているらしい。彼がいなくなったというのに、そんな事を冷静かつ、前向きに考えている自分自身に驚きつつ。このまま調査を続行するべきかどうかを思い悩んでいると……判断材料を持ち帰りましたとばかりに、マモンが戻ってくる。しかし、お供の人数が大幅に増えているのにも気づいて、今度は流石に困惑してしまうのだが。マモンはいつの間に、子連れになったんだ?


「その子供達は、一体……?」

「地下墓地に葬られそうになっておりましたのを、連れて帰ってきました。なお……墓地は今は例のご神木の餌場になっているようですね。最下層部分は獰猛な化け物が繁茂する、かなり危険な場所でしたよ」

「えっと……グリード様、その言葉遣いは……?」


 なんて、ダウジャの訝しげな質問の回答を待つのも馬鹿馬鹿しいと思えるほどに、彼が連れ帰ってきた子供達がキラキラした眼差しでマモンを見つめている様子から、その答えを思い至る。あぁ、なるほど。この器用すぎる真祖様はお優しくも、子供達相手にまで怪盗ゴッコをしてくださっていたのか。


「と、いう事で……プランシー神父。この子達の世話をお願いしたいのですけど……」

「えぇ、えぇ。もちろん、喜んでお預かり致します。しかし、この様子はまさか……」


 マモンに促されて、彼の背後からようやく出てきたのは6人の子供達。しかし、コンラッドの言葉が淀んだ理由をまざまざと示すほどに、彼らの姿は既に人の物とはかけ離れていた。


「……この子達は失敗作、なんて酷い言われ方をして捨てられてたでヤンす……。それで、この子達を運んできた男達が“餌場”なんて、言っていたものですから。多分ですけど……今でも地下のお墓は変な意味で、活用されているみたいでヤンした……」

「そう……。でしたら……仕方ありません。一旦、こちら側も情報整理をしたいですし……子供達を連れて、このまま調査を続行するのも難しいでしょう。あまり悠長なことはしていられませんが……ここは1度、撤退しましょう」

「賛成。それでなくても……そっちも緊急事態みたいですしね。ハーヴェンはどうしました?」

「あい? あっ、そう言えば……お頭はどこでヤンす? どうしちゃったんですか⁇」


 きっと今まで、コンタローも墓場の雰囲気に緊張していたのだろう。ようやくハーヴェンの姿がない事にも気づいて、ワタワタと慌てふためき始めるが。一方で、空気を読むのも上手な真祖様がそんなコンタローを慰めるように抱き上げると、話は後でと言わんばかりに彼の頭を撫で始めた。


「ジェームズ、まずは状況整理が先です。とにかく、落ち着いて」

「あ、あぃ……」


 しかし……ジェームズって誰の事だ? きっと、子供達の目があるせいなのだろうけど……コンタローを別名でしっかり呼びながら、早くここから出ようと肩を竦める真祖様ならぬ、怪盗紳士様の配慮に妙に脱力してしまう。今は細かいことを考えている暇はないのも分かっているのだけど……なんだろう。この場合はリッテルチョイスの衣装が思わぬ特殊効果を発揮している、という判断でいいのだろうか?


***

 さて……と。契約を書き換えられるフリをして、先方の拠点に潜入したはいいものの。今は「ミカ様」側に戻った彼女が見せた、先ほどの面影の主に想いを馳せながら……自分の作りについて、改めて考えてみる。

 いつぞやにルシファーが言っていた「二番底」の考察に従うのなら、俺はシェルデンさんがリンカネートで転生した特異転生体というヤツになるらしい。そして、俺の自慢の尻尾はその竜族としての名残だった……と。しかし、その「二番底」に関する記憶は俺の中にはほとんど残っていない。おそらく、以前から何故か「知っていた」魔法や精霊の知識はシェルデンさんの記憶由来だと思われるのだが……肝心の個人的な思い出らしいものは、何1つ残っていないようだ。


「シェルデン、何を不安そうな顔をしておる。折角、本来の祝詞を取り戻したというのに」

「申し訳ございません、ハミュエル様。どうも……記憶に混乱が生じているようでして。しかし、ご安心を。すぐに馴染んでみせます」


 おっと……危ない、危ない。とにかく、ここは契約を乗っ取られた愚かな元勇者で通さない事には……俺自身もかなり危ない状況だろう。少なくとも、状況を把握するまでは「記憶が混乱している」事にしてボロを出さないようにしないと。一瞬でも気を抜いたら不味いよな、うん。


「そうか。それにしても……フフフ。それこそ、この状況にはハミュエル本人も驚くであろうな。まさか、自分がわざわざ逃がしてやった相手が……こうして私の手駒になっているなんて、想像もできんだろうよ」


 ハミュエル本人……か。何となく、ルシエルからも聞いてはいたけれど……どうも、背中越しで頻りにこちらの様子を伺っている彼女の中身は、ハミュエルさんご本人ではないらしい。まぁ、それが俺の知っているミカ様だった……って事は、想像もできなかったけど。しかし、今はそんな事を気にしている場合じゃなくて……何よりも、エルノアを探す方が先だ。


(それにしても……さっきの妙な感覚は一体、なんだったんだろう?)


 あのまま墓場を探し回るより、懐に飛び込んでしまった方がエルノアへの距離が近づくだろう……なんて、いかにも計画通りだと余裕をかましていられるのは、正直なところ、俺自身の抵抗の結果じゃない。契約の書き換えをされたフリができているのは、ハミュエルの干渉を既のところで足止めした俺の意思以外の得体の知れない力が働いているからだ。多分それがなかったら今頃、ルシエルとの契約は隠蔽どころか、綺麗サッパリ消失していただろう。

 その力の正体は、ちっとも分からないけれど。兎にも角にも、幸運にもこうして首尾よく飛び込めたのだから……その機会を無駄にするのはそれこそ、自分の名前すら忘れた英雄の愚行に違いない。

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