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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−4 霊樹の成れの果て

 薄暗い地下墓地でもしっかりと輝いては自己主張している純白のボディ。本体こそ見えないが、子供達の話から相手は「何かの根っこ」であるらしい。そうして、その色から相手が向こうさん絡みのご神木だと思われる事を理解するが……あぁ、なるほど。そういやユグドラシルはかつて、人間界全域に根を張るほどの大樹だったっけな。だとすると……。


「こいつはかなり厄介だな……」

(猊下、如何いたしましたか? 何か、お気づきのことでもおありで?)


 しばらく雷鳴に思う存分力を奮ってもらったものの、ぶった斬ろうが、焼き尽くそうが……容易く再生しては次から次へと腕を伸ばし、攻撃を止めることも知らない墓場のご主人様。しかし、奴らがご主人様なのはあくまでこの空間のみなのだろう。何となくだが……こいつには大元のボスがいそうな気がする。


「……様子を見ている限り、こいつはこの場所でいくら踏ん張っても無駄な相手だろうよ。本体が別の安全なところにある以上、その末端を叩いたところでこっちが消耗するだけだろうな、こりゃ」

(何ですと⁉︎ 拙僧の神鳴りを以てしても、浄化し尽くせぬものがあろうとは! 悍しいことよ……!)


 俺の手で振るわれて、いかにも悔しそうに呟くは、二陣の黒鞘に住う神剣・雷鳴七支刀。こいつはヨルムンガルドの尾から出た割には「浄化」とかいう、いかにも高潔な意義を持たされた金色の刃だ。性格は例に漏れずかなりのクセがあるものの、性能は至ってシンプル。切れ味も抜群だが、枝という枝に強烈な雷を常に溜め込んでいて、それを自由自在に操っては相手を縦横無尽に焼き尽くすのが得意技……なんだけど。

 しかし先ほどから、そんな雷鳴が自慢の雷で幾度も幾度も焼き尽くしても……一向に相手の攻撃が緩む気配もなければ、消耗している様子もなさそうだ。いくら雷鳴を頼れば俺の方も魔力消費はないとは言え、このままエンドレスに腕を出され続けては、ちっとも埒も明かない。だからここは……ちょっと格好悪いけど、無理に粘るよりはサクッと退いたほうがいいだろう。


「ジェームズ! ここは一旦、退却します! 子供達を連れて、上へ!」

「あいっ! みんな! おいらについて来るですよ!」

「う、うんっ!」

「ジェームズについて行けばいいのね?」


 悪魔だけど見た目も無害なコンタローをしっかりとジェームズ呼ばわりしながら、素直に子供達が階段代わりの棺桶をよじ登っていく。そんな彼らの退路をキッチリ確保しようと、こっちはこっちで根っこの相手をしながらも、俺もジリジリとその場を後にするものの……そうして全員で無事手摺りの上に逃げ果せたところで、何故かその追撃がピタリと止んだ。


(どういう事だ? あの勢いであれば、ここまで手を伸ばす事も造作ないだろうに)


 次から次へと、無限に湧いて出て来るんじゃなかろうかと思える大量の枝に、伸縮自在と思えるしなやかで滑らかすぎる動き。その攻撃は意思と言うよりは本能で、といった感じだが……って、あ? あいつ……一体、何をしているんだ?


(なるほど……血を啜っているのか。だとすると……)


 暗がりに沈む吹き溜りの底に再び目を凝らせば……先ほどまで荒れ狂うように襲いかかってきた腕を地面に下ろして、ヤツは棺桶という棺桶に槍状の根っこを突き刺し始めている。そうして、まだ栄養になりそうな餌を漁っては、苦し紛れに養分を吸い上げているらしい。あぁ、そういうことか。この場合は棺桶が優秀なんじゃなくて、あいつが被害者達の血を啜っていたから、そこまで腐臭が酷くならなかっただけなんだな。


 生き物が死ねば、当然ながら肉体はその場から刻々と腐敗し始める。人間の葬式のお作法については俺も詳しく知らないが、死んだら残った体が腐るのは悪魔も一緒だ。だけど体から魂が抜けていても、悪魔の肉体は種類によっては体のパーツが魔法道具の材料になることも多いもんだから……ちょっとしたエンバーミング(遺体の保存処理)を施して長期保管することがあるらしい。で、肉体の腐敗を防ぐには腐りやすい血液や臓物なんかを抜き取って、防腐剤代わりのミルナエトロラベンダーを詰めるんだと、ベルゼブブが言ってたっけな。

 そんでもって、残った部分は燻製にして……って、うっわ。今更ながら冷静に考えると、それ……かなりエグいんですけど。あいつは食卓に上るのが、ちゃんとしたお料理だろうが、調理済みの人間だろうが、レア(焼き加減的な意味も含む)な悪魔だろうが……見境もないから、本当に悪趣味ったらありゃしない。

 まぁ……この場合はそんな事、どうでもいいとして。さっき俺が意識して嗅がないと腐臭を感じ取れなかったのは、奴がその原因になる部分をあらかじめ喰らっていたからなのだろう。


「グリード様……あれは一体、なんでヤンしょか?」


 俺がそんなことを思い出して別の意味で戦慄しているのを他所に、コンタローの方も奴がおかしな動きをしているのに気づいたらしい。器用に手元の油匙の火力を上げて……恐る恐るそちら側に向けては、しっかりと地の底で蠢く触手を照らし出す。


「あくまで仮説だが、こいつはおそらく……霊樹の成れの果てだろうよ。ここの瘴気が意外と薄いのは、あいつの本体がまだ本領を失っていないからだ」


 俺やコンタローであれば瘴気への耐性があるもんだから、多少その濃度が高かろうと問題はない。だけど、子供達を連れて来た男達はどう見ても、魔力すら持っていなさそうなスタンダードな人間のようだった。そんな瘴気への耐性も微弱な人間が何の気なしに(言い方は悪いが)産廃処理をできる時点で、この場所はまだ奴らも活動可能な状況なんだろう。その有り難い恩寵は偏に、窪みの底で命の残滓を啜り始めたあれの本体が神聖性を完全に失っていないからに他ならない。


「霊樹の成れの果て、でヤンすか?」

「……ユグドラシルは大部分を焼失しても、根こそぎ燃え尽きたワケじゃなかった。それで……向こうさんの報告書にもあったが、この子達に悪さをした奴らはユグドラシルをとある方法で復活させようとしていたらしい。そうそう……ジェームズはユグドラシルが元々、どんな霊樹だったかご存知ですか?」

「えぇと……人間界の霊樹であり、他の霊樹の中心でしたっけ?」

「そうですね。ですが……ユグドラシルは中心であると同時に、本来は精霊の遺骸を糧にする事で生長し、魔力を吐き出していた特徴がありました。ですので、ユグドラシルに再び息を吹き返してもらうには……精霊を差し出して、その火傷を癒してもらう必要があるのです」


 内容自体は『あなたの肩に愛を預けて』とかいう報告書(小説)がベースなんだけど。そうしてこっちはこっちで小説の世界に興味津々な子供達の視線があることにも改めて気づいて、それっぽく振る舞ってみる。子供相手にサービスしているのも、とっても無様な気がするが……何れにしても、コンタローはすんなりと話を合わせてくれるから大助かりだ。常々、俺の言うことはちっとも聞かないクソガキ共とは大違いだな。


「……で、今まさに彼女は食事中なのでしょう。抵抗する生き餌よりも、手近な保存食で済ませようと考えたようです」

「保存食、でヤンすか。何でしょうね……ガツガツしていて食い意地が張っているのは、どこかの誰かさんと同じなんですね。霊樹さんも……」


 きっと俺と同じ奴を思い出したんだろう。コンタローが急に困った顔をし始めて、情けない感じに眉毛っぽい模様を八の字にしている。おぉ、同志よ。本当、お前さんも苦労させられているよな……やれやれ。


「それはともかく……君達にはお迎えが必要でしょう。えぇと……ハンナ? ハンナ? 聞こえますか?」

【は、はいっ! 聞こえます、グリード様!】

「よろしい。俺達の方は、今からこの子達を連れて一旦そちらへ戻ります。申し訳ありませんが、その事を別働部隊にお知らせ願えますか。それで……この場合は、プランシー神父に子供達のお世話をお願いしましょう」

【もちろん、それでもいいのですけど……! すみません、グリード様! それ以上に、今すぐ上に戻ってほしい事案が発生しまして!】

「上へ戻ってほしい……事案?」


 ハンナの声が既に涙声なところを聞くに、相当の緊急事態が向こう側のチームで発生したらしい。こんな所で勢いに任せて、子供を保護したはいいが……これは、何か? 俺の方は怪盗を気取るついでに、別働部隊のヒーローまで演じないといけないってことか?

 そんな事を思い巡らせながらも、仕方ないとばかりにコンタローと一緒に、子供達の歩みを促す。本当はこのまま、さっきの5人組の足取りも掴みたいところだけど。こうもお荷物とご要望を背負わされたんじゃ……そっちは後回しにするしかないか。

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