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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第15章】記憶の二番底
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15−3 墓場のご主人様

「う〜ん。どこもかしこも、代わり映えしねーな……」

「あい……あるのは棺桶ばっかりでヤンす……」


 ルシエルちゃんが石壁をボコった先に広がっていたのは処刑場、そんでもって入り組んだ牢獄のエリアに、更に下に広がる湿っぽい墓場のエリア。

 孤児院の下に埋れていた収容所は運も悪い事に、ご立派にも地下で3階建になっているらしい。その縦割りの構造に、仕方なしにフロア毎で分かれて探索に踏み出したものの……俺が担当する事になった地下3階は、文字通りこの世の終わりって様相で。結構な高さがありそうな太い柱で支えられている空間はかなり広そうなのに、堆く棺桶が所狭しと乱雑に積み上げられていた。しかも、何故か中央は円形に窪んでいて、縦穴自体の深さも結構ありそうだが……状況はどんなもんかと、申し訳程度の手摺から身を乗り出して不気味な穴を見下ろせば。無作為に上から放り投げられたとしか思えない、あまりの輻輳具合に……流石の俺も、棺の中で眠る皆さんが不憫で仕方ない。


「あぅぅ……あの、グリード様」

「うん? 何だ、コンタロー」

「下の方から、変わった臭いがするです」

「……変わった臭い?」

「あい。何て言うんでしょうね、割合新しいと言うか……その。中の方が腐り切っていないと言うか……」

「……そ、そうか……」


 それ、墓場だったら当たり前なんじゃ? そんな事、いちいち報告してくるな……と、一瞬思ったけど。いや、ちょっと待て。確か、この墓場は使われなくなってから数百年も経ってるんだよな? いくらひんやりしていて、日の光も当たらないとは言え……そんな腐り切っていない死体がご丁寧に棺桶に収まっている時点で、色々とおかしいだろ。


「と、言うことは……何か? この墓場……もしかして、今も使われているのか?」

「か、かも知れないでヤンす……。この辺りはまだ、ちょっとカビ臭いだけでまだ大丈夫な臭いですけど、奥まったところからとんでもない悪臭がするでヤンす……。おいら、気持ち悪くてクラクラするですよ……」


 って、言われてもなー……そんな腐臭だったら、俺でも分かりそうなもんだけど。

 そうして気分が悪いついでに、抱っこをせがんでくるコンタローを抱き上げてやりつつ。俺も覚悟を決めて、クンクンと鼻を鳴らしてみるが……ジットリとしたカビの臭いが強くなった中に、紛れもない腐臭が舞い上がってくる。ゔっ……こいつは確かに酷いな。よっぽど棺桶が優秀なのか、意識して嗅がないと感じない程度だが……これ、やっぱり鼻が良かったりすると割増で感じるものなんだろうか? この辺りは、流石ウコバクの鼻だと褒めるべきなんだろうけど。でも、そのせいで気分も悪くなるとすれば、鼻が良すぎるのも考えものだな……。


「……って、コンタロー。お喋りは後だ、火を消せ。向こうから誰か来たみたいだぞ」

「へぇっ……? それって……」


 急いで目立つコンタローの油匙を下げさせ、彼を抱っこしたまま物陰に隠れるが……ブツクサと愚痴まじりでやって来たのは、魔力の感じからしても普通の人間のようだ。だけど……こんな人生の最終地点みたいなところで、タダの人間が何をやっているんだ?


(あぁ、なるほど。ここ……本当に現役の墓場なんだな)


 カンテラを頼りにヨッこらせと……やってきたのは、大の男5名様。そんな彼らが文句を垂らしながら、乱雑に梱包済みの棺桶を手摺りの外から放り投げるが……投げ出された衝撃に、明らかに男達の声とは違う子供の声が響いてくるんだけど。おいおい、まさか……その棺桶、中の方はご存命中だったりするのか?


「ったく、ミカ様も……悪趣味だよな」

「シーッ! 滅多な事を言うなよ。今日は珍しく、お出でになっているんだから……彼女の耳に入ったら、どうするんだよ!」

「とは言え、いくら使い物にならないからって……こんな場所を餌場にしなくてもいいだろうに……」

「それは言えてるな。本当、マジで気分が悪りぃ。とにかく、サッサと仕事を済ませて帰ろうぜ」


 使い物にならない……? 餌場……って、何のことだ? 俺が息を潜めて耳を澄ませていると、男達の方はそのお言葉通りにそそくさと来た道を引き返し始める。どうやら……この墓場の先には、彼らの拠点に繋がる道があるらしい。どうする? このまま後を追うべきか? それとも……あぁ、違うな。この場合は、もっと他に確認するべきことがあるか。


「……行ったみたいだな。コンタロー、気づいたか?」

「あい……さっき、子供の声がしたでヤンす……」

「だよな……。それ、俺の聞き間違いだったら良かったんだけどな〜……」


 仕方ない。奴らの尾行(アンド尋問)はコンタローがいれば後回しでもいいだろうし、ここは人命救助が先だよな。全く、嫁さんのお手伝いとは言え、悪魔が人助けとか普通はあり得ないだろうが。


「コンタロー、火ぃ貸せ」

「あい!」


 しかし、俺と同じ悪魔であるはずのコンタローも人助けには乗り気と見えて、惜しみもなく油匙を貸してくれちゃうんだけど。もう、いいや。本当に……そろそろ悪魔であることに拘るのは、諦めよう。


「は〜い、どうも〜。皆さん、無事かな?」


 そうして下に降りて、男達が新しく追加していった棺桶を片っ端から開けてみれば。揃いも揃って、中身は生きていらっしゃるから遣るせない。そんな子供達の人数を数えつつ……彼らの様子を窺うが。あぁ。なんとな〜く、例の小説にも書かれていたけど。こいつらは、もしかして……。


(実験台ってやつだろうな……。あぁ、あぁ……何つー有様だよ、これは……)


 その人数、6人。どの子も普通の人間とは言い難い姿格好をしていて、どう頑張っても改造後っぽい。その様子に、こればかりは俺の手にも負えないと、仕方なしにモニタリングしていると思われるリッテル達に連絡を試みようとするが。しかし、俺がそんな事を考えている間に、その中の1人が何かに気づいたらしい。妙に興奮した様子で、はしゃぎ出すけど……えっと?


「あ、あなたはもしかして……?」

「あ?」

「怪盗紳士様ですか⁉︎」

「へっ?」


 ちょっと待て。まさか……選りに選って、こんな場所で例の怪盗認定をしっかりされた感じか? いやいやいや! 違います、誤解です! 俺は、そんな怪しい者じゃございませんッ!


「えぇと、違いまーす! 人違いでー」

「そうでヤンすよ! このお方は天下の大泥棒、グリード様でヤンす! おいら達が来たからには、もう安心ですよ!」

「ちょ! おい、コンタ……」

「す、凄い! 本当に喋る犬も一緒なんだ……!」

「はい……?」


 喋る……犬? まぁ、確かにコンタローは見た目的には子犬だろうけど……。何がどうなって、そんな前向きな反応になるんだ?


(アフフ……実はですね。小説のグリード様は喋る犬を飼っているんでヤンす! だから、今のおいらはジェームズでヤンすね!)

(ジェームズ? 誰だ、それ……?)


 コンタローがこっそり囁く解説によりますと。ジェームズとやらは小説の登場人物(犬?)で、怪盗の仲間という立ち位置らしい。……しかし、こんな所でピンポイントな設定条件をバッチリ合わせてくれなくても、良くない? なんだか俺の身の上も含めて、リッテルとルヴラにハメられた気がして……とっても切ないんですけど。


「……まぁ、それはさて置いて。えぇと……」

「グリード様、もしかして……わざわざ私達を助けに来てくれたのですか?」

「ね、ねぇ……この人、そんなに凄い人なの?」

「そうよ! 誰よりも強くて、誰よりも格好良くて……それで、なんでも盗み出す大泥棒なのッ!」

「……あの〜(頼むから、俺の話を聞いてくださーい……)」


 話を続けようにも、例の小説を読んだことがあるらしい女の子が楽しそうにそんな事を言い出すものだから……完全にペースを持っていかれたまま、事情を聞き出すこともできないんだが。あぁ、そう言う事。この場合は……そっちに徹した方が事情聴取もスムーズなんだな、きっと。


「……クククク! このグリードめが馳せ参じたからには、もう安心ですよ。さ、いい子のみんな。どうしてこんな場所に連れてこられたのか、聞かせてくれないかな?」

「は、はいっ!」

「えっと……ね。僕はカーヴェラから攫われて……」

「私は父さんと母さんと一緒に教会でお祈りしていたんだけど……」


 そうして口々に身の上を教えてくれる子供達。だけど、話を聞く限り……子供達の境遇は点でバラバラで、血縁関係もない模様。兄弟でもなければ、友達だったわけでもないらしく……中には互いに初対面の子供もいるみたいだ。


「それで……その、私達は失敗作……なんだって」

「だから……うぐっ……」

「根っこがある所に……捨ててこいって……さっきの人達も言われたみたいで……」


 あぁ〜……何だろうな、この超居た堪れない感じ。とにかく、このままの調子でお話に付き合ってやった方がいいかな……。


「根っこ? はて、それは何かな……と言いたい所ですが。なるほど、餌場……か。どうやら、墓場のご主人様がお出ましになったようですね……?」

「あ、あい?」


 しかし、俺が更に彼らの事情を掘り下げようとしていると。視界の端でカサリと異様に白い何かが蠢いているのも見えるもんだから……そんな事をしている場合じゃないと、そちらに向き直る。


「コン……じゃなかった、ジェームズ! 子供達を頼みますよ! とにかく、ご主人様は腹ペコなご様子ですから……!」

「あ、あいっ!」


 もうこうなったらヤケクソと、コンタローをしっかりと子供達のご希望通りのお名前で呼びつつ……俺の方は咄嗟に雷鳴を呼び出すが。その刹那、鋭い槍のような白い触手がこちら目掛けて、その腕をしならせてくる。そんな不意打ちにも近い一撃を、雷鳴を抜きざまの雷で焼き尽くしてみるものの……おぉ、おぉ。かなりの数だな、ご主人様の手は。こりゃ、雷鳴も身の奮い甲斐があって、大喜びだろうよ。


「雷鳴! 頼むぞ!」

(あいや、お任せを! 拙僧めが猊下の牙となり、悪を駆逐して進ぜましょうぞ!)


 さーて、と。幼気な子供達を食い物にする悪い子にはお仕置きが必要、だよな。ここは久々に……雷鳴にいっちょ、大暴れしてもらおうか。

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