2−27 ちょっぴりナッツ風味?
自分の触覚を弄びながら、退屈そうにカウチに寝転んでいるベルゼブブ。今日も今日とて、暇だと思っていたら……何やら、騒々しい足音が聞こえてくるではないか。そんな足音の主を見やれば。普段、自分の屋敷には寄り付かないはずのウェアウルフが、慌てた様子で駆け込んでくる。
「大変! ベルゼブブ様、大変!」
「ん? どったの?」
「なんか、天使、乗り込んで来た! エルダーウコバクに会わせろ、言ってる。で、天使と一緒にドラゴンも暴れてる!」
「天使? ……あ、もしかして。ハーヴェンのお嫁さんかな。まぁ、ハーヴェンが入れ上げるくらいだから、相当のやり手だと思ってたけど。あぁ〜、ハーヴェンが心配で乗り込んで来ちゃったか。しかも、ドラゴン? ワッォ、すごいな〜。まさか、この時代に竜族を従えている天使がいるなんてねぇ……」
「ベルゼブブ様、呑気なことを言っている場合、違う!」
「う〜ん。よいしょ、っと。仕方ないなぁ。ハーヴェンは試練中だから、会わせてあげられないし……こうなったら、僕が会ってみちゃおうかな」
***
裂け目の先に足を踏み入れた途端、狼頭の悪魔に囲まれてしまったが。理性の姿に戻ったゲルニカが並み居る悪魔を相手に、いとも簡単に道を作ってくれている。彼の手にある大鎌はフラガラハ、「報復」という意味を持つ武器とのことで……見るも禍々しい刃に、流石の悪魔達も怯え始めたようだ。峰打ちで凌いではいるようだが、その威力たるや。打撃だけでも、十分に違いない。自分の背丈ほどもある鎌を、手足のように慣れた様子で振り回しているゲルニカの姿は、まさに死神と呼ぶに相応しい。
「マスター、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……おかげさまで。……あなたがここまで、肉弾戦もこなせると思ってもいませんでした……」
「おや、そうですか? 私はこちらの方が得意ですよ?」
魔法戦に肉弾戦。文武両道というのは、こういうことを言うのだろうか……。
「……‼︎」
私がどことなく、ボンヤリしているのに喝を入れるが如く……どこかから放たれたらしい、幾千もの漆黒の槍のような魔法が襲いかかってくる。しかし、それすらもゲルニカが次々にフラガラハで受け止め、魔法を粉々に切り裂き始めた。
こんな所でも、彼の「規格外っぷり」を見せつけられる事になるとは、思いもしなかったが。彼の華麗な手際に一頻り驚いた後、魔法を放ったと思われる主を見やれば。そこには、いかにも大物らしい雰囲気を醸し出している、飄々とした悪魔が立っていた。
「う〜ん……僕の魔法をここまで簡単に防ぐなんて。やっぱり、ドラゴンは強いよねぇ」
「そう仰るあなたも、かなりの使い手と見ました。先ほどの魔法は相当レベルの攻撃魔法……そうですね。形状から、ダークゲイザーあたりでしょうか?」
「ワッォ! 呪文も聞いてないのに、そこまで見抜いちゃう? さっすが〜。あ、そういうコトん? 君がハーヴェンの言っていた……上には上、の子かな〜?」
「ハーヴェンを知っている……のか?」
どうやら、目の前の悪魔は彼を知っているらしい。だとしたら……とにかく、情報を引き出さないと。
「ハーヴェンは今、どこにいる? よければ……彼が今どんな状態か、教えて欲しいのだが」
「あ、君がハーヴェンのお嫁さん? 確かに、見事にぺったんこだけど。可愛い顔、してるじゃない。そっか、ハーヴェンはこういうのが好みだったんだね〜。ふ〜ん……あぁ、なるへそ? そういうコト、そういうコト?」
「……お嫁さん? ……見事にぺったんこ⁉︎」
悪魔はどうしてこうも、人が気にしていることを、ズバズバと言うのだろう。大体、ハーヴェンもハーヴェンだ。いつも胸がないことをからかわれるから、つい、気にしてしまうではないか。
「マスター……多分、あの悪魔にそこまでの敵意はないと思われます。それでなくとも、もともと荒事にするつもりもないのでしょう? ここは、穏便に済ませた方が良いかと」
妙な怒りに駆られている私とは対照的に、ゲルニカは相手を冷静に観察しているのだろう。確かにふざけた様子ではあるものの、相当の実力がありそうな割には襲ってこない。……相手も無駄に争う気はない様子だ。
「……分かっています。とにかく、今はハーヴェンに会うことが先……ですね」
「ウンウン、僕もあんまり戦うのは好きじゃないから。とにかく、僕の屋敷に案内するよ。そこでハーヴェンのことも話してあげる」
***
「うっ……」
案内された先にあった洋館は……足を踏み入れた瞬間にも、壁と床の色合わせの趣味も今ひとつと思っていたが。ちょっと待っていてと通された部屋の家具の趣味の酷さに、思わず呻き声をあげてしまった。まさか……このソファに座れと……⁇ いかにも、な形をしている……これに⁇ そんな私の目眩をよそに、ゲルニカはすんなりそれに腰を下ろしている。平気なのか? それ、平気なのか⁇
「どうしました、マスター?」
「いや、だって。……よくこれに座れますね⁇」
「形さえ気にしなければ、そんなに座り心地は悪くないですよ。実際、変な臭いもしませんし……大丈夫そうです」
「そ、そういうものなのだろうか……」
何かを諦めたように、仕方なくソファに腰を下ろすが……座り心地以前に、やはり気分的にゾワゾワするものがある。実際、天使も悪魔も……精霊でさえ排泄は必要なかったと思うが。幾ら何でも、これはないだろう⁉︎
「お待たせ〜。は〜い、ベルちゃん特製のココアにトリュフチョコですよ〜」
そう言いながら、さっきの大物悪魔と思しき奴が、丁寧にも盆にココアと茶菓子を乗せて戻ってきた。しかし、この部屋でココア? チョコレート⁉︎ そのラインナップはもはや、嫌がらせとしか思えないわけで……。
(ヴッ……⁉︎)
しかも嫌がらせ以前に、チョコレートの方は見事にトグロを巻いた、あの形をしている。ゲルニカもチョコレートに関して、私と同じ感想を抱いたらしい。あまり空腹ではないと、丁寧に断っていた。
「そうなの? 魔界ではお菓子、超貴重品なんだよ? 食材の流通ルートがないから、手に入った時は大事に保存して、ちょっとずつ食べないといけないし……。それにこれ、とっても美味しいのに。こっちのツブツブが入っている方は、アーモンドチョコなんだ〜。ちょっぴりナッツ風味?」
「さ、左様ですか……」
「お腹が空いていないなら、仕方ないよね。それでなくても、ここ魔力濃いし。おやつはなくても、平気か〜」
軽口を叩きながら、悪魔の方は抵抗なくチョコレートを頬張っている。……なんと言うのだろう。色々と感覚がズレていると言うよりは……生きるということに対する感性が、根本的に違う気がする。
「ところで……まだ、お名前をお伺いしていませんでした。私はゲルニカ、と申しまして……そちらは私のマスターである、ルシエル様とおっしゃいます。もしよろしければ、お名前をお聞かせいただけませんか?」
「あ、そっか、そうだよね。僕はベルゼブブ。一応、暴食の悪魔を束ねる真祖の1人だよん。ヨロシコ〜」
そうして目の前の悪魔が勿体ぶることなく、アッサリ答えるが。しかし……まさか、こいつがハーヴェンの言っていたベルゼブブだったとは思いもしなかった。それにしても……ハーヴェンは人間界に来る前は、こんな環境で過ごしていたのか……。親の悪魔の住まいがこの惨状では、魔界を飛び出したくなるのも無理はなかったのかも知れない。




