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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第14章】後始末の醍醐味
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14−37 人生を交換してよ

 どうせ、竜族のクソガキにはアヴィエルを助けられるはずがない……そう思っていたのだけど。冗談抜きで、エルノアが出来損ないをそれなりに仕立ててくるのだから、驚くやら、腹が立つやら。だって、そうでしょ? その特別な力は最初からあっただけなのよね? こいつは生まれた場所が良くて、更に魂も特別製で……そんでもって、何の努力もしてないクセに竜族のお姫様とか。恵まれすぎているにも、程があるじゃない。


(……私は生まれた場所が最悪だったせいで、妹に人生を奪われて……クソ親にも呆気なく捨てられて……)


 マジ、最悪だったんですけど。

 ここまで差を見せつけられると、無性に腹が立って仕方ない。何だったら、生まれた時からの人生を交換してよと、冗談抜きで言いたいわ。


「……おばちゃん、大丈夫? あっ、お口が塞がれていて喋れないのね。えぇと……これを取ればいいのかな……?」


 そんな事を私が悔し紛れに想像していると、アヴィエルの口が縫われているのにも気づいたらしい。アヴィエルも長い首の先にくっ付いている、アンバランスな顔をエルノアに寄せては……口を解いてくれと、せがんでいるみたいだけど。


「ふん、馬鹿じゃないの? そいつは口を縫われているだけじゃなくて、舌もないのよ。だから、それを解いたからって……」

「……エルノア……だったか。……久しぶり……だな」

「うん、久しぶり。……おばちゃん、まだ怪我してる。待ってて。今、回復してあげる……」

(って、嘘ぉぉぉぉん⁉︎)


 喋れるわけないじゃない……とか言おうとしたのに、さっきの魔法で舌もしっかり再生していたらしい。そうして言葉を取り戻したアヴィエルと嬉しそうなエルノアが、私を無視して仲良さげに話し始めるけど。……なんか、すごいムカつく。


「なんなのよ、さっきから! おい、アヴィエル! どうでもいいけど、こっちに戻ってこい! 餌にならないんなら、あんたに用はないし。引っ込んでろ!」

「……エルノア、すまない。鎖の持ち主の命令は絶対だ。本当は……もう少し、話をして詫びと礼をしたいのだが。こればかりは、仕方ない。……はは……これがまさしく、因果応報というヤツなのだろうな。こんな状態になって初めて、あのユグドノヤドリギの苦痛を知ることになるなんて」

「ふん、奴隷の自覚はちゃんとあるのね。お利口じゃない。だったら……ちゃんと歩けるようになったんだし、もう少し生かしておいてやるわ。出番があるまで、大人しくしてろよ」

「……分かっております、ご主人様」


 しおらしく私の手元に戻ってきたアヴィエルを一旦、引っ込めて……霊樹のお食事が失敗したことについて、どう言い訳をしようかと考えるけど。う〜ん……エルノアがいると、無理っぽい気がする。霊樹は魔力を必要とする以上、「普通の食事」では意味がないし……何より、霊樹が食べられるとも思えない。だけど、ちゃんと生贄を用意してやっても、エルノアが止めてくれちゃうもんだから……霊樹も食べる事を諦めたりするんだよね。本当に、どうすればいいんだろうな? これ、私が怒られたりしないかな?


(エルノアを霊樹から引き離した方がいいんだろうけど……かと言って、私はあの場所には入れないんだよなぁ……)


 そんな事を考えながら、とりあえず生贄の再選定をしようかとストック場所に移動するけど。なーんか、釈然としない。こう、何かが腹の底でモヤモヤするというか。


(ご主人様、慌てておいでか)

「うん、ちょっと焦ってる。このまま引き下がったら、私が叱られかねないし」

(あぁ、それもそうでしょうな。エルノアはまだ未熟。クシヒメ様の魂を宿すとは言え、別人である事に変わりはありません。しかし未熟ゆえに、物の道理を理解しない彼女がいるせいで……)

「そうなのよ。霊樹が食事を止めちゃうもんだから、このままだと本当に枯れちまうだろうに。そしたら……」


 私のお願いも聞いてもらえなくなるじゃない。私のお願い……それは誰よりも強くなって、偉くなって。今まで、私を馬鹿にしてきた奴ら全員に仕返しをする事。そして、あの愚妹の魂を見つけて……切り刻んでやる事。なんでも、カリホちゃんには魂を斬ることはできないらしいんだけど、他の刀にはそれができる奴がいるらしい。だから、強くなったら……マモンを倒して、その刀もゲットしようと考えているんだけど。


(フフフ……)

「って、カリホちゃん。何がそんなにおかしいのよ?」

(あぁ、失礼いたしました、ご主人様。……いえ、ね。小生は非常に嬉しいのですよ。こんなにも待たされた挙句に、お御魂を見つけられたのに……クシヒメ様は本当に魂しか残っていないのですから。小生達と共に……かの地で同じ蔵で寝起きし、同じ櫃の飯を食ろうたというに。その何1つも覚えておいでではないのです。だから……小生は非常に嬉しいのです)


 ……なんて、カリホちゃんが意味ありげな事を言い出すのだけど。私にはそれがどう嬉しいのか、サッパリ分からない。


(とは言え……エルノアが囲っている魂は、そのままクシヒメ様の魂と同じとは相なりんせん。様子を拝見するに……おそらく、何かしらの封印がされているものと思われます)

「封印?」

(エルノアの精神がクシヒメ様の魂を抱え込み、封じているのでしょう。ですから、エルノアの精神を除去して……クシヒメ様の魂の方こそを、呼び覚まさなければなりません。それでも、きっと生前の記憶は諸共、失っておいででしょうが。いずれにしても……フフフフ。無垢なるクシヒメ様を小生の手で育てられるなど、光栄の極み。実に楽しみでありますな)

「……カリホちゃん。あんた、さ」

(はい?)

「それ……なんか、おかしくない? 自分を覚えていない相手なんて……普通、憎たらしくなるもんじゃないの?」

(あぁ、そんな事でございますか。……無論、正直に申せば無念ですよ? 昔も今も……そして、これからも。小生の主人はクシヒメ様ただ一人。それだけを信念として、このような身になってもお待ち申し上げておりましたのに。それは、確かに裏切りだと言われれば……それまででしょう)


 しかしですね……なんて、カリホちゃんは声色もやっぱり嬉しそうなまま、声を弾ませている。そんな彼の言葉に耳を傾けてみても、私には信念とやらは理解できないんだけど。それに……何だか、ちょっと面倒臭い話になってきた気がする。


「大体さ、自分の手で……って言いながら、カリホちゃんに手なんかないじゃない。それ……私も手伝う羽目になるのかな?」

(そう言われれば……そうですね。とは言え……まぁ、それもそろそろ頃合いでしょうか。正直に申せば……小生はご主人様の性根の悪さには、とっくに飽きておるのです)

「はぁっ? それ、どういう意味よ、カリホちゃん」

(ですから、そのままですよ。本当に……ご主人様は腕だけではなく、頭も悪いようですね。小生は予々……その為体には嫌気がさしております)


 えっと……カリホちゃん、突然どうしたんだろう? 私、何か怒らせるような事、言った? というか……何でご主人様の方が気を遣わないといけないのよ。それでなくても、反抗的な態度を取った事なんか、1度もなかったのに。そんなご主人様に……何をムカつく事を言っちゃってくれている訳⁇


「あぁ? お前……何を言ってくれてんだ、ゴラァ! 人様の手がなければ、タダのナマクラのクセに、粋がってんじゃないし!」

(全く……そういう所が、よろしくないと申しておりますに。下品かつ、愚鈍。今まで、小生も数多のご主人様に、この柄を握る事を許して参りましたが……あなた様の出来の悪さは、かつてない程の物でございましたよ。フフフ……小生の記憶にも、その醜い有様は、後世に渡って留まる事でしょう)

「言わせておけば……! というか、今まで……そんなに沢山、あんたを使っていた奴がいたって事? じゃぁ、そいつらはどうしたのよ? 私よりもそんなに優れた使い手がどうして、おっ死んでんだよ! どうせ、私よりも出来が悪かったからじゃねーのかよ⁉︎」


 何となくだけど、理由は純粋に寿命が尽きたから……には思えなくて。生意気にも程があるカリホちゃんに、強めに詰め寄ってみるけど。にも関わらず、自分だけでは身を振るう事もできないはずの彼にとって……それはあまり、問題にはならない事らしい。


(さて……と。小生の胸の内を明かしてしまいましたが、それでも……まだまだご主人様には、お付き合いいただかなければなりませぬ)

「ふん……! やっぱり、私が必要なんじゃない。だったら、今度から生意気なことは言わない……」

(えぇ、そうですね。こうすれば、今後はあなた様の不愉快極まりない戯言を聞かずに済むことでしょう……!)

「えっ?」


 どうやら、カリホちゃんは生意気な態度を改めるつもりもないみたいで……。彼がご主人様だったはずの私に、あからさまな暴言を吐いたと思っていた、次の瞬間。気がつけば、いつかのように私の右腕がポトリと床に落ちていた。だけどあの時とは違って、傷口から流れる血は黒くて。まるで悪夢のように、真っ白い床を黒染めにしていく。


「う……っうわぁぁぁぁぁ‼︎ ちょ、ちょっと! 何すんのよ……!」


 というか、カリホちゃん……自分で自分を振るう事、できるんだ。だったら、どうして……?


(あぁ、回復魔法を使ってくださるのですね。ご主人様はあいも変わらず、自分だけはお可愛いと見える。とは言え、今のそれは非常に好都合でしょうな。それでこそ、小生の器をお貸しした甲斐もあったというもの。何せ……あなた様の体はしばらく、小生の体にもなるんですから)

「それ……どういう意味……?」


 そのままの意味ですよ……とカリホちゃんがよく分かりたくもない、変な事をぶつぶつと呟いている。あれ程までに頼もしいと思っていた相棒が今はとにかく、不気味で不気味で仕方ない。いつの間にか抜き身になっているカリホちゃんには表情なんてものはないはずなのに……その時の私には、彼が笑っているようにさえ思えた。そしてその笑顔が何故か、あのカーヴェラの時計台の所で見せつけられた悪魔の顔でフラッシュバックされて。そして、間違いなく緊急事態なのに、そんな事をぼんやりと思い出していたら……今度は私の左胸に彼が突き刺さっていた。これ……もしかして……?


(そのお体、しばらくもらい受けます故……悪く思わないでくださいましね。あぁ、そうそう。そう言えば、今までのご主人様達がどうなったか……まだ、お答えしていませんでした)

「……え……えぇ?」

(今のあなた様と同じですよ。小生は……与える事に疲れてしもうたのです。ですから、あまりに出来の悪いご主人様からは……小生を使いこなせない罰として、人生そのものを奪う事にしていました。大丈夫ですよ。その魂はゆっくりと味わって差し上げます故、すぐに御身が滅ぶ事にはなりません。真綿で首を絞めるように、じわじわと存在を奪って差し上げましょう。その快楽はもはや小生如きには抑えることのできぬ、最上の恭悦。何かを壊すというのは、本当に楽しい事ですね。……ご主人様)


 確かに……私、人生を交換してよとは思ったけど。今の人生を捨てたいなんては、一言も言ってない。それなのに……胸に突き刺さったままのカリホちゃんは無機質で冷たいはずなのに、その刃はもの凄く熱く感じられて。最期の日に火炙りにされた時みたいに……目の前の光景がゆらゆら滲んで、それが陽炎にも見えて。そこまでされて……私も利用されていただけだったんだ、って気づいた。

 でも、どうして? どうして、私ばっかりそうなるの? ねぇ、どうしてよ。どうして、私はいつもいつも……利用する側じゃなくて、される側になってしまうの? ねぇ、誰か……教えてよ。ねぇ、誰か……利用する側の人生こそを私に与えてよ……。

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