14−34 既に物騒な雰囲気
「おはようございま〜す……あれ? 院長先生は?」
「パトリシアちゃん、おはよう。院長はちょっと出かけているわよ。だから、今日は私が料理番かしらね」
「えぇ?」
料理番はリヴィアの仕事だとばかり思っていたが……今朝はザフィが子供達の朝食を用意しており、鮮やかな手際で彼らの面倒もしっかり見ていた。だとすると、リヴィアはどこにいるのだろう?
「それで、リヴィアさんは?」
「洗濯と掃除をしてくれているわ。パトリシアちゃん、リヴィアに何かご用でも?」
「いいえ、彼女に特別なご用件はないのですけど……リヴィアさんの給与について、所得課に行こうと思っていまして。もしよろしければ、街の施設のご紹介も兼ねて、ご一緒にいかがかな……と」
「あぁ、そういう事。だったら、そうね。もし良ければ、あの子も一緒に連れて行ってやってくれる?」
差し出されたスープボウルにお代わりを注いでやりながら、ザフィが説明する所によると。リヴィアは彼女の姪っ子になるのだそうだ。両親を幼い頃に亡くしており、ザフィが唯一の肉親になるとのことだが……無論、それは神界側が用意した人間界用の「自己紹介文」であって、実際のザフィールとリヴィエルには血縁関係は一切ない。しかし、そんな作り話が通用してしまう程に、ザフィとリヴィアの「見た目年齢の差」は親子で通ってしまうくらいに離れていた。
そんな見た目も若いはずのリヴィエルが今回の潜入任務に選ばれたのは、単独での戦闘能力の高さと、属性部分の穴埋めのためである。ザフィールは水属性、そしてネデルは炎属性。2人とも中身が上級天使である以上、それなりの実力はあるものの……排除部隊の天使のように、攻撃が得意とはお世辞にも言い難い。その点、リヴィエルであれば多種多様の攻撃手段を持つ上に、地属性ゆえの豊富な防御魔法の行使も可能だ。更に、人間界の生活様式もそれなりに経験済みである。なので、ここはシルヴィアを守る目的を抜きにしても……神界側としては、リヴィエルの起用は理に適っていたのだった。
***
「あ〜あ、ルシエルはタルルトの調査か。いいな〜。ボクもドキドキワクワクの人間界調査に行ってみたーい」
ここは神界。人間界への出入り口も兼ねる、神界門が口を開けているエントランス。そんな誰もが出入り可能、素通り可能な目立つ場所で……ルシフェルとミシェルが何やら、人間界の調査について話し込んでいた。
「お前は人間界の調査について、勘違いしていないか? サンクチュアリベルの効果があれば、多少の無理は効くとは言え……瘴気溜まりがある可能性を鑑みても、人間界の調査には耐性は必須だ。そんなにお気楽でも、楽しいものでもないぞ。ここは彼女にルートを確認してもらい、必要があれば、我らも出向けばよかろう」
「ふ〜ん……そうなります? 耐性、ねぇ。あっ、そうだ……ねぇねぇ、ルシフェル様!」
「……な、なんだ?」
「ベルゼブブとは、どこまで行ったんですか?」
どこまで行った……その意図するところは当然ながら、昨日の買い物ルートの質問ではないだろう。そんな事にもしっかり気づいた結果、敢えてボケる事にしたルシフェル。ここは天然を装って、ミシェルの下世話な追及を躱した方が傷も浅い。
「あぁ、その事か。無事、あいつにマトモな服装をさせることに成功し、カフェでケーキを食べてきた。それにしても、暴食の真祖は食欲のレベルも桁違いだったな。店のメニューを全て注文した挙句に、冗談抜きで残さず食べ切って……全く、経費はこちら持ちなのをいいことに散々、食い散らかしおって。お陰で、カフェ代だけで銀貨を出す羽目になったぞ」
「……ルシフェル様。それ、わざとやってます? ボクが聞きたいのは……」
「うむ? 違ったか? では……そうだな。その後、魔界にお邪魔して……」
「うんうん!」
「ベルゼブブの屋敷にできたサロンとやらに、転送装置を仕込んできた」
「て、転送装置って、まさか……!」
そのまさか、だ。
見事に話題の論点すり替えを成功させて、ルシフェルが自信満々に胸を張る。それもそのはず……それが意味するところは、今後は転送装置を起点にして魔界に出かけられるということであり、気軽に神界門のすぐ横からベルゼブブのサロンへお邪魔できてしまうということである。
「……あの、ルシフェル様」
「なんだ、ミシェル」
「それじゃぁ、エントランスに増えたこの扉って……」
「ベルゼブブ邸のサロン行きポータルだが?」
そう、彼女達がこんなところで世間話をしていたのは、突然に増えたもう1つの門が原因だった。ルシフェルを除き、神界でも最年長にも近いミシェルさえも見たことがない、ちょっと禍々しいデザインの門。色こそ白を基調にしているが、脇に佇むのがエルダーウコバク像である時点で、既に物騒な雰囲気が充満している。
「……因みに、どうして悪魔像だけなんです? 魔王像は?」
「その辺はマナの趣味だ。あいつは若造派だからな。それでなくても、マモンはヨルムンガルドとソックリだとかで……マナツリーはともかく、マナの奴に却下されてな。なので、ワイルド系マモン派の皆には悪いが……これはタダの目印だと思って、割り切ってもらうしかないな」
「あ、そうだったんですね。ま、ボクはジェントル系信奉者ですから、別にいいですけど……」
だけど、これを見て……ルシエルとリッテルは何と言うのだろう? ルシエルはハーヴェンは自分の旦那だと怒りそうな気がするし、一方でリッテルはマモンがいないことに拗ねそうな気がする。
そんな懸念事項を考えながらも……ミシェルが気にしているのは、この扉の肝心の利用方法だ。人間界への神界門とは違い、こちらの門は口こそ開いているものの。向こう側が繋がっていないのを見るに、まだ調整中のようにも思える。
「で、それはいいとして……これ、どうやって使うんですか? もう、向こう側に行けるんですか?」
「そんな訳あるか。マナツリーと具体案については協議中だが……耐性はサンクチュアリベルである程度、カバーするとして。問題は向こうでトラブルに見舞われた時に、どうするか……だろうな。ベルゼブブの屋敷を出ない、というルールを設ければいいのかも知れんが……魔界では何が起こるか分からん。だから、この門を潜る資格を査定するためにも、まずは手始めに皆の実力テストを実施するぞ」
「は、はい? 実力テスト、ですか? また……どうしてです?」
「悪魔の知り合いが出来たとは言え、魔界が危険な場所であることに変わりはない。故に、魔界で悪魔達との交流をするために、それなりの基準を設けることにした。エレメントの関係上、我らは悪魔に対するアドバンテージを持っているとしてもフィールドが魔界であれば、話は異なる。それでなくても、向こうの魔力はヨルムツリーの息がかかっている以上、自分自身の身を守れないようでは話にならん」
「あの……それ、もちろん大天使は免除されますよね?」
「何を腑抜けた事を申しておる。お前達も参加必須だし、私も対象に含めるぞ。折角だ。これを機に、番付でも作ってみるか。それで……顔付きで魔界にもある程度、喧伝して……」
真面目なついでに、誰かさんの影響か……随分と悪戯好きになったらしい天使長様が、嬉しそうに肩を揺らしている。おそらく、ルシフェルは自分の実力と容姿に相当に自信があるのだろうが……その番付(しかも顔が見えます)を魔界に貼り出そうとしている時点で、彼女の悪巧みは悪戯程度では済まない。
(その番付でご指名制とかになったりするのかな……?)
元々の目的は悪魔の協力者を見つけるため。彼らとの交流は、行き詰まっている人間界探索の手足を確保するためのものだったはずだが……ここに来て、最終目標がズレている気がする。
そんな事を考えながら、脱力するついでに……自分磨きをこっそりと決意するミシェル。成長もできない以上、今更ナイスバディを得ることはできないだろうが、可愛いは作れる……はずである。そんな迷信紛いの座右の銘を胸に。ルシフェルの企ての暴露に乗じて、抜け駆けの意気込みを新たにするミシェルだった。




