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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第14章】後始末の醍醐味
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14−26 心を壊す禁断の薬

「さて……と。ところでヨハネは何の用かな? その様子だと、そちらのお弟子さん絡み?」

「あぁ、そうですじゃ。ワシの弟子……セバスチャンというのですけども。リンドヘイム聖教への取材でとんでもない事が分かったとかで……彼らが非常に危険な実験をしていそうな事を掴んできたみたいなのです」


 きっとお客様を無理やり追い出してしまったのを、少し反省しているのだろう。精霊落ちになっても愛用しているらしい古びた煉瓦色の帽子を脱いでは、ヨハネが申し訳なさそうにこちらを見つめている。


「危険な実験?」

「はい。なんでもセバスチャンの話では、彼らは勇者に仕立て上げられた偽ハールを使って……リルグという町の住人を殲滅したとか。しかし、住人達の様子も妙だったとかで……こやつの話を聞く限り、オトメキンモクセイが悪さをしていそうな可能性が高そうだと思いまして。それで、落とし子にも詳しいマルディーン様にお知恵を借りようと参上した次第です」

「……オトメキンモクセイ、か。これまた……イヤな名前を聞いたな……」


 確か、あれは……そう、350年ほど前のことだ。何故か僕達の魔力の根源でもあるグリムリースに、ドラグニール原産であるはずのオトメキンモクセイと、ヤマブキノコウイが大量に寄生した事があった。

 僕は生憎と、霊樹の落とし子にはそこまで詳しくないが。ドルイドやドルイダス達によれば、ヤマブキノコウイは貴重な解毒剤になる反面、扱いを間違えると強烈な神経麻痺をもたらすらしい。だけど、毒性は有無を見分けるのも簡単で……黄金色の花びらが5枚で咲いた時は無害なのだと、聞いた事がある。稀に出現する突然変異の4枚の花びらで咲いた時のみ、周囲に毒を含んだ花粉を撒き散らすため、ヤマブキノコウイはそこまで扱いの難しい植物ではない。

 もちろん神経麻痺もそれはそれで、非常に厄介だが。ヤマブキノコウイは幸いにも魔力を少しずつ啜るだけで、繁殖力も高くはなかった。だから除去にはさして苦労もしなかったし、その若木を逆に利用するように……ドルイダスのウルズが研究対象として、手元に少しだけ残していたはずだ。


(そう、ヤマブキノコウイは寧ろ……グリムリースにとっても貴重な薬草をもたらす存在でもあったんだ。だけど……オトメキンモクセイはそうじゃない)


 オトメキンモクセイ……こちらもまるで竜族に擬えたように繁殖力は桁外れに低いが、苗床が霊樹だった場合は話は別だ。肥沃な大地に根付いてこれ幸いと、本領を発揮しようと……見境のない貪欲さで、グリムリースの魔力を大量に啜って。最終的に青い花を一面に咲かせた姿は、まるで宿主の血の気を全て吸い尽くしたような不気味さを醸し出していた。咲いたのが、まだ青い花だったからよかったものの。……これが赤い花だったのなら、グリムリースはとっくに妖精界ごと死んでいたかも知れない。

 だけど……その発生は風に乗ってきたにしても、あまりに不自然だ。霊樹の落とし子は誰かが意図的に運ばない限り、自然発生することもない。霊樹の落とし子・グリムリース原産のクロナデシコはそれこそ、妖精族のユグドノヤドリギによってユグドラシルに運ばれては、宿主の光合成を助け、瘴気を浄化する役割を担っていたけれど。しかしドラグニール原産の落とし子・オトメキンモクセイはそんな穏やかなものでもなく、かつての裏切りに対する竜族の失望と断罪とを体現するかのように、僕達の世界の魔力を掻き乱しては……遠慮なく蝕んでいった。そして、とうとう……。


(オトメキンモクセイに毒された霊樹の浄化のために、僕は天使・ノクエルの慈悲を乞うては契約を結んだ……)


 今思えば、タイミングを見計ったように僕達の前に降臨したノクエルこそが、グリムリースにオトメキンモクセイとヤマブキノコウイを持ち込んだ張本人だったのかも知れない。何せ……彼女は正体もよく分からない「聖水」を使ってグリムリースの瘴気を払ってはくれたが、代わりに僕に対して全幅契約を求めてきたのだから。そして、僕の方も彼女が本当に求めている事をなんとなく嗅ぎ取っては……逆に彼女の力を引き出して利用しようと、必死でもあった。

 いくら妖精族の王とは言え、実質は中級精霊。そんな情けない僕は彼女に頭を下げて、甘い言葉を囁いて……彼女を勘違いさせることでしか、グリムリースを守る手段は持っていなかったのだ。

 そして一方で、僕のかつての妻であり妖精女王・ティターニアのディエラは鎮圧後のオトメキンモクセイの種子を運び出すのにユグドノヤドリギを総動員し、なんとかグリムリースを失うことだけは防いだ。だけど、妖精界以外の落とし子に触れたユグドノヤドリギは、本来の役割を果たせなくなるばかりか……グリムリースへの帰還さえも叶わなくなる。

 それでも彼女達は僕ら夫婦の苦渋の決断の意図をしかと理解すると、自らの命を差し出す覚悟でグリムリースを守るために働いてくれて……ユグドノヤドリギ達はまるで、オトメキンモクセイの種子をバトン代わりするように、順番に命を落としていった。そして、その悲惨な除去作業は僕が精霊落ちになる直前まで、綿々と続いていたと記憶している。


「……どうしました、マルディーン様?」

「あぁ、ごめんよ。ちょっと、昔の事を思い出していて。それで、そのオトメキンモクセイだけど……申し訳ないけど、僕はあまり詳しくなくてね。だけど、この街には麻薬用のオトメキンモクセイを栽培している商人がいることは知っているよ。ただ……」

「なるほど、そう言うことですか。麻酔を扱っている薬種商人は登録販売札の関係で数も限られますし、それを栽培しているとなると……相手はあのアズル会ですか?」


 その通り。僕が少しばかりお手上げだと肩を竦めて、そんな答えを返せば。その組み合わせに、何やら心当たりがあるのだろう。ヨハネが更に困ったと言いたげな表情で、ポツポツと更なる懸念事項を呟き始める。


「……そう言えば、そのアズル会ですが。最近会長が代替わりしたとかで、少しばかり不穏な動きをしているようですな。まぁ、今までもこのカーヴェラでやりたい放題だったのは否めませんが」

「確かに、そんな話も聞いてたね。それこそ……このレッド・アベニューに洋装店を構えるマダム・カトレアがドン・ホーテンの無鉄砲さには困ったものだと、愚痴っていたっけ。まぁ、ドン・ホーテンのことはこの際、どうでもいいか。問題は……アズル会の顧客にリンドヘイムが入っているかどうか、だろうな。オトメキンモクセイをはじめ、霊樹の落とし子達はかなり繊細な植物でもあるから、素人が簡単に育てられるものでもない。だから、安定供給ができるとなると、それなりの規模と技術を持っていることになるだろうけど……」


 あのアズル会なら、それも可能かも知れないな。表向きは大商家でもあるマフィアにとって、麻酔だけではなく麻薬さえも供給できるオトメキンモクセイは、それこそ打ってつけの商材だろう。


「とは言え、ごめんよ。僕もオトメキンモクセイを見たことはあるけど、麻酔を生成する赤い花の方はお目にかかったことはないんだ。だから、オトメキンモクセイが作り出す麻薬……レッドシナモンが実際にどんな作用を及ぼすのかも分からない。だけど、その麻薬はきっと……大切な心を壊す禁断の薬だってことだけは、間違い無いんじゃないかな」


 そんな事を言いながら、言葉を締めくくるけど。僕の一方的な諦めに何か思うところがあるのか……ヨハネ以上に、何やら真剣な眼差しを見せるセバスチャンさん。悪魔だと思われる割には、ちょっと頼りないと思っていたけど……。どうやら彼は彼で、相当の事情があるようだ。


(この様子だと……彼の正体を暴くのは、やめておいた方が良さそうだな)


 特に筋金入りの「悪魔フリーク」でもあるヨハネに、悪魔であるらしい事が露見したとなれば、セバスチャンさんだけじゃなくて、さっきの上得意様のご機嫌も損ねかねない。そんな事をしてしまったら、いつかに貰ったお頭の配慮も台無しにしてしまう気がして。そんな「裏事情」もあり……僕はこっそりと、ヨハネには彼らの事情は伏せておこうと心に決めていた。

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