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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−25 その辺は決着次第かな

 自分からこっちに帰ってくる羽目になるとは、思ってもみなかったが。俺の目の前には、趣味が悪い色遣いの洋館が建っている。この様子だと……相変わらず、元気にやっているのだろう。


「お頭、久しぶりでヤンす」

「おぅ、みんな元気してたか?」


 中に入って少し進むと、ワラワラと角が生えた子犬のような姿の小悪魔が集まって来た。手にはそれぞれ、思い想いの油匙を持っており、鬣は赤々と元気に燃えている。ウコバク。炎属性の下級悪魔で、その上級種にあたる俺の子分達だ。


「お頭がいない間、僕達、頑張ってました!」

「お頭! 前みたいに、頭ナデナデしてほしいですぅ」

「そうか、頑張ってたか。偉いぞ〜」


 そう言いながら、代わる代わる頭を擦り付けてくるウコバク達の頭を撫でてやる。俺の尻尾から発せられている冷気を物ともせず、人懐っこくくっついてくる様子は相変わらず、なんとも言えない可愛さがある。

 実際、ウコバクはいかにも悪魔な俺と違って愛嬌のある姿をしている、と思う。短めのマズルにはピンク色の鼻が付いており、毛足の長い紺色の毛皮の柔らかさは、極上の手触りだ。


「できれば、ずっとこうしてナデナデしてやりたいんだが……悪いな。今日はベルゼブブに用があって、帰ってきただけなんだよ。ちょっと、通してくれるか」

「え〜、お頭……また、どこか行っちゃうんでしゅか〜?」

「寂しいですよ〜……」

「う〜ん、その辺は決着次第かな……」


 子分達と別れても、尚。紫と黄色の市松模様でめまいを起こしそうなタイルの廊下を進むと……今度は一際、悪趣味な扉が俺の前に立ちふさがる。あぁ、この辺の趣味も変わっていないか。だとすると、ここを開けた先の趣味も変わっていないんだろうな……。


「ベルゼブブ、いるか〜?」

「おや、ハーヴェン。帰ってたの?」

「あぁ、まぁな。ちょっとお前に用があって」

「そう?」


 蝿の王、とも呼ばれる目の前の大悪魔は相変わらず、悪趣味を通り越して吐き気を催すデザインのカウチに横になっている。汚物を象ったカウチとか、一体どういう趣味だよ、と俺は言いたい。本人自体の見た目は、長髪のスマートな印象を受けるが。額から生える触覚は、虫嫌いだったら間違いなく発狂するであろう気色の悪い動きを、忙しなくしていた。


「そう言えば、アーニャが泣きながら帰ってきたよ。ハーヴェンが自分ではなく、幼女の天使を選んだって。なんだ。ハーヴェン、ロリコンだったんだね。だとしたら、アーニャは好みじゃないか。お相手選び、失敗しちゃった〜。テへ★」 


 なーにが「テヘ」だよ。勝手にそういうこと決めたりするから、嫌気が差したんだろうが。


「……そういう訳じゃねぇけど。そういや、アーニャはどうしてる?」

「う〜ん。アスモデウスのところに帰ったみたいだよ。その後は、知ーらない」

「あぁ、そう……」


 相変わらず、適当だなこいつは。これで魔界に君臨する大悪魔だというのだから、呆れてしまう。

 ベルゼブブをはじめ、7人いる大悪魔はそれぞれ闇堕ちした理由の欲望に応じて、新入りを迎え入れて面倒をみる役割を持っている。俺は食欲に関する欲望……今となっては、それもちょっと違うと思う……が原因で闇堕ちしたもんだから、こいつの配下にいる訳だが。正直、こいつの適当さは魔界でも頭抜けていると思う。


 大悪魔は固有名称がそのまま悪魔名になっている、通称・「真祖」と呼ばれる存在であり……生まれた瞬間から、今の姿だったと言われている。まぁ、傲慢のルシファーだけはちょっと事情が違うようだが、それでも、7人の大悪魔達は他の悪魔とは比較にならないくらいの魔力とそれなりの実力を備え、なんだかんだで魔界をうまく回している。


「で、何の用? もしかして、僕のところに帰ってきてくれる気になった? いや、さ……やっぱ、お前がいないとつまらないよ。何もかも、退屈。ウコバク達も寂しそうだったし……ね、帰ってきちゃいなよ。それに、サタンがまたお前のショーが見たいって駄々こねてて、困っているんだよ〜。ただ包丁を振り回しているだけでは、あぁも綺麗に捌けないだろ? お前がやってくれると、人間の阿鼻叫喚を聞けると同時に、綺麗なお造りが出来上がるんだから。他の奴に任せても、あぁはならないよね。僕、大腸のお造りが食べたいな〜……」


 大腸とか……ピンポイントでいかにもな場所を指定されると、本当に困る。こいつには、衛生観念とかないんだろうか。


「いや。悪いが、そのつもりもないんだ。今日はアレを返してもらおうと、来ただけだし」

「あ、そういうこと。……最期の時間を思い出しちゃったんだね。大丈夫? 大丈夫?」

「……なんとか、な。ちょいと頭は痛いが、大丈夫だ」

「そっか〜。流石、ハーヴェン。伊達に僕のところでナンバー2、張ってないよね」

「……そいつはどうも」


 どうやら俺がさっきから呆れていることに、流石に感づいたらしい。あ、ごっめ〜ん……とかベルゼブブが軽い調子で放り投げてきた「例のブツ」を受け取る。それは、懐かしくも忌々しいリンドヘイムの聖書と……そこに挟まれている異端者リストだった。


「それじゃ……追憶の試練も、受けるつもりかい?」

「あぁ。そのつもりで戻ってきた」

「大丈夫? 確かにアレを受けておけば、お前は悪魔としてもっと強くなれると思うけど……場合によっては、精神的に耐えられなくて死んじゃうかもよ? ハーヴェンは今のままでも十分強いんだし……そのままでも、いいんでない?」

「……いや、上には上がいることを思い知った。彼は敵ではないんだけれど、もしそのレベルの奴と対峙しなければいけなくなった時に……今のままでは、守りたいものも守れない」

「ふ〜ん。それって例のぺったんこ天使のこと?」

「アーニャのヤツ……。散々、言いふらしたみたいだな……?」


 アーニャはかなり負けず嫌いな性格だからな。まぁ……別れ際俺の方もかなり冷たいことを言ったし、仕方ないのかもしれない。


「ね、ね。ところで、そのぺったんことはどこまで行ったの? まさか、契約だけじゃないんでしょ?」


 無粋なことを聞いてくるのも相変わらず、か。とは言え、こいつ相手に適当に隠したところで仕方ない気もするし、一応は俺の親玉でもあるから……正直に言っておいた方がいいだろう。


「日常的に“そういう事”をする仲だけど、何か?」

「おぉ〜。天使を落とすなんて、さっすが〜。あ、じゃぁさ、ぺったんこも連れて一緒に魔界に帰ってくるってのはどう? 僕、歓迎しちゃう」

「いや、多分あいつの方が了承しないと思うが。というか、いい加減、ぺったんこは止めろ」

「そっか〜。残念だな〜。僕もぺったんこ天使、見てみたかったのに」

「……もういい……」


 こいつにこれ以上付き合っていても、埒が明かない。とにかく、過去に向き合う方が先だ。多分、俺の昔の記憶には、何か重要なことが隠されている気がする。それを、無理やりにでも引きずり出さないと。


「部屋を借りるぞ。……俺が死んだ場合は適当に頼むよ」

「おっけ〜。ま、ハーヴェン。とにかく、気楽に頑張っておいで〜」

「おぅ」


 気楽に頑張っておいで……か。そんな尽く適当なベルゼブブの脱力感に、頭にくる事も沢山あったけど。それでも、今は……彼の程よい力の抜け加減が、少しばかり嬉しかった。

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