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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−6 失われた術

「よう! クソガキども、いるか〜⁉︎」

「これはこれは、ハーヴェン様。こんにちは」


 俺の声を聞きつけ、神父が中から窶れた様子で姿を表す。自分自身も碌に食べていないだろうに、畑仕事をしていたらしい。真っ白だったはずのローブは全体的に薄汚れていて、裾に土ぼこりが付いている。そんな神父の横には男の子が立っていて、幼いながらも神父の手伝いをしていたのだろう。小さい手は土に汚れ、ところどころ傷を作っていた。


「おう! 爺さんも元気か? ……で、今日も多めに作っちまったから、食いモン持ってきたぞ。もったいないから、食べてくれると助かる」

「こちらこそ、いつも助かります。ありがとうございます」

「いつも渡すだけですまないが、早めに帰らないといけないんだ。みんなにも、よろしく言っといてくれな」

「えぇ、もちろんです。子供達もきっと大喜びでしょう。……ところで、そちらは?」


 日常的な会話の途中で、神父が訝しそうにエルノアの方を見やる。エルノアはどう頑張っても目立つ出で立ちなのだから、彼の疑問は自然なものだろうが……さっきの事もあるし、ちょっとバツが悪い。


「あぁ、ツレが昨日拾ってきてな。え〜っと……」


 俺が答えあぐねているのを他所に、今度はエルノアの方から名乗りをあげる。どうやら、彼女なりに神父は害がないと判断したらしい。


「私、エルノア。昨日から、ハーヴェンのところでお世話になっているの」

「そうか、それはそれは。……優しい人に助けてもらってよかったね」


 そう言って、神父は優しくきちんと自己紹介できたエルノアの頭を撫でる。土が付いている手で撫でられても、エルノアの方は汚れを気にする様子もなく、嬉しそうにしているのを見る限り……ここは丸く収まったようだ。


「ところで、あのぅ……」

「ん? どうしたね?」

「そっちの男の子、手に怪我しているみたい……」

「あぁ、そうだね。すぐに手を洗わないといけないね」

「うぅん、そうじゃなくて。手当てしないと、ダメだと思うの」


 神父の陰からこちらを見つめていた男の子に気づいて、エルノアがそんな事を言うが……それはどこまでも神父を困らせるだけの内容だ。彼女の指摘は間違いなく正しいが、十分な食べ物すらない教会に、薬なんて高級品があるはずもない。……手当の必要性は理解していても、薬がないから手当てができない。それがどれほどまでに、一生懸命に子供達の面倒を見ている神父を悲しませる内容かを、この子は理解できないのだろう。

 エルノアにも悪意はないのだから、仕方がないのだろうが。神父の痛ましいほどに悲しい顔を見ると、非常に申し訳ない気分になる。しかし、エルノアはその空気も器用に感じ取ったらしい。小さく「ごめんなさい」と呟くと、男の子に近寄り、彼の手を取った。そうされて驚いている男の子をよそに、エルノアが小さく呪文を唱え始めると……すぐさま、白い小さな光の弧が男の子の手を優しく包んだ。


「柔らかな慈愛をもって汝の痛みを癒さん……プティキュア!」


 アッサリと彼女は迷いもなく、何らかの魔法を発動させたようで……魔法陣の色と光り方からして、初級の回復魔法だろう。それでも、彼の切り傷を治すには十分なレベルに違いない。


「これは……!」


 明らかに異質な見た目も含めて、ここまでやってしまったら、ただの迷子では済まされない。やれやれ……これからも差し入れをしようと思うなら、神父には説明しておいてもいいか……と俺は仕方なく、判断した。


「……あぁ、先に言っておくと。エルノアは精霊みたいなんだ。見れば分かるが、人間じゃない。多分……この様子からするに、結構なレベルの魔法を扱えるはずだ」

「そうでしたか。いや……魔法なんてもの、初めて見ました。以前は人間も魔法を自由に使いこなしていたらしいのですが……。今の人間にとっては、失われた術ですからね」


 そんな事を大人2人で話しているうちに、傷の治療が終わったらしい。俺達の会話を聞く事もままならない様子で、目の前で展開された秘術に驚いている男の子の傷は、完全に塞がっている。


「よぅし。頑張り屋さんには、ご褒美をあげないとな。ほれ、クッキーを焼いたから、持ってけ。みんなにも分けてやるんだぞ」


 何かを誤魔化すように、男の子にクッキーの袋を手渡すと……男の子は困惑顔から笑顔に表情を変えて、クッキーを嬉しそうに受け取り、きちんと「ありがとう」と応じて教会の奥に走って行った。その様子に、なんと言うか……ほんのり清々しい気分になる。


「……ところで、ハーヴェン様。もうそろそろ、帰られた方が良いかもしれません」


 穏やかな空気から、一変。やや警戒心が乗った神父の言葉にエルノアがどうして、という顔をしているが……彼の言う通り、今日は早く帰った方がいい。少々、色んな意味で長居をしてしまった気がする。


「……エルノアちゃんはどうしても、とても目立つ。大通りを通ってきたのなら、悪い輩の目に付いていないとも、限りません。明るいうちにお帰りください」

「そうだな、そうさせてもらうよ。それじゃ、また気が向いたら来るから、よろしくな」

「えぇ、もちろんです。おもてなしひとつできませんが、子供達も喜びます。どうか、お気をつけて」


 深々と頭を下げる神父を背後に残し、エルノアの手をしっかり握って家路を急ぎながら……自分の見通しが、どこもかしこも甘かった事を後悔していた。気軽にエルノアを町に誘うべきではなかったのかもしれない。それに、エルノアに言っておかなければいけない事もできちまった。独断で町に連れ出しちまった以上……これは精霊の先輩として、しっかりフォローしないとな。

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