2−22 それは了承いたしかねます
「ルシエル、すまないが、少々面倒なことになってしまった」
「……面倒なこと、ですか?」
今日はラミュエル様ではなく、なぜかオーディエル様に呼び出しを受けた。オーディエル様の傍らにはリヴィエルが控えているが、翼が二翼に減っているところを見ると……先日のことで降格させられたのか。あの事に関しては、彼女はあまり悪くないと思うのだが。オーディエル様の「厳しさ」は、こういうところに現れるのかもしれない。
「実はな、アヴィエルが懲罰房から脱走した」
「脱走? しかし、懲罰房は厳重警備区域にあった施設だったかと思いますが……」
私の質問に、リヴィエルが静かに答える。
「……脱走を手助けした者がいるようなのです。ルシエル様も覚えていらっしゃると思いますが、アヴィエル様は大勢の取り巻きを従えるのが好きな方でした。大半は長い物に巻かれてなんとなく、輪に加わっていただけの者が多いようなのですが……中には熱狂的な信奉者がいたのも、事実でして。……今回、彼女の脱走を手助けしたのは親衛隊の者達のようです」
「親衛隊……?」
リヴィエルがさも困ったと、深々とため息をつく。彼女もアヴィエルには相当、苦労させられていただろうに……ここまで振り回されるとなると、出るものはため息しかないのかもしれない。
「えぇ、特に……救済部隊のノクエル様と、転生部隊のダッチェル様は親衛隊の中心メンバーだったようです。以前から任務を放り出してでも、アヴィエル様の小間使いに奔走していたようですので。彼女達の入れ上げ方は異常としか言いようがありません」
ノクエル、どこかで聞いた名前だ。……あぁ、そうだ。
「そう言えば……ラミュエル様もノクエルの姿が最近見えないと、こぼしておいででした。ノクエルが受け持っていたローウェルズ地方を、他の担当者に引き継がなければいけない程の期間を不在にしていたようです」
「そうでしたか。……では、随分前から計画を進めていたのかもしれません。何れにしても、ルシエル様には特に注意をしていただこうと思いまして、こうしてお呼び立てしてしまいました。ご足労をかけてしまい、申し訳ありません」
「いえ、別に構わないのですが……特に注意が必要ということは、アヴィエル様は未だにハイヴィーヴルとの契約を諦めていないかも知れない、ということでしょうか?」
その質問に、今度はオーディエル様が疲れたように答える。リヴィエルだけではなく、大天使様にまでこんな顔をさせるなんて……予々、アヴィエルの素行には問題があったのかも知れない。
「いや、そうではない。アヴィエルは私が言うのもなんだが……少々、難しい性格でな。私怨に駆られ、君やハーヴェン様に復讐しに現れるかも知れない。君であればかの竜神の力を借りることもできるのだろうし、アヴィエル程度であれば問題はないのかも知れないが……一応、な。苦労をかけてしまって済まないが、何かあれば相談してくれ。こちらも可能な限りのことはするので、よろしく頼む」
「分かりました。こちらこそ、お気遣いいただきまして、至極恐縮でございます。何かあればラミュエル様にも含めてご報告いたしますので、よろしくお願いいたします」
「もちろんだ。それと……この先も是非、愛の物語の続きを聞かせてくれると嬉しい」
「すみません、それは了承いたしかねます」
「そう言わず、是非に頼む。続編を今か今かと、待ちわびている方の身にもなってくれ」
それを言うなら、続編が出るたびに精神ダメージを受け続けている私の身にこそ、なってほしいのだが。見れば興奮気味のオーディエル様の横で、リヴィエルも珍しく嬉しそうにクスクスと笑っている。
「とにかく、ご忠告痛み入ります。私の方も注意するとともに、ハーヴェンにもよく言い聞かせておきます。……失礼致します」
そう言い残し、若干強引にオーディエル様の部屋を後にする。それにしても……アヴィエルが脱走とは。脱走したところで、彼女はどうするつもりなのだろう。戻る場所がなければそれこそ、はぐれ精霊と同じ運命を辿る羽目になるだろうに……。