2−20 超ハードモード
夕食の仕込みが終わったところで、約束通りにお屋敷へ訪問してみる。ゲルニカの鍵を差し込み、俺の部屋の扉兼、竜界への入り口を潜るが……ギノは元気だろうか。
「お邪魔しま〜す」
ゲルニカは……う〜ん、どうやら出かけているみたいだな。代わりに奥さんが相変わらず、ふんわりした調子て出迎えてくれる。
「あらあら、いらっしゃいまし。……あいにくと主人は出かけておりますが、しばらくすれば戻ると思います。よろしければ、それまでお茶をご一緒いただけません? 今は丁度、他のお客様もお見えになっていますのよ?」
「そうなんだ。……それ、却って邪魔じゃない? 出直そうか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。お客様もハーヴェン様をご存知みたいですから」
「?」
通された客間には確かに、俺が知っている顔が座っていた。あぁ、なるほど。エレメントマスター繋がりで、奥さん同士が知り合いなのも、不思議じゃないか。
「お久しぶりです、ハーヴェン様」
「あ、エメラルダ。久しぶり。長老様共々、元気だったか?」
「えぇ。クソジジイは相変わらずの調子ですが、元気ですよ」
「そっか」
奥さんに勧められたソファに身を沈めるが……そういや、子供達はどうしただろう? 出されたお茶を口にしながら様子を窺っても、気配が感じられない気がする。もしかして、子供達もいない……みたいか?
「それで、子供達は? 姿が見えないみたいだが」
「2人とも主人に連れられて、魔法の練習に出ていますわ」
「魔法の……練習?」
「えぇ。主人もギノちゃんだけを連れて、魔力の扱い方を教えるつもりだったのですが。エルノアがどうしても、一緒に行くと聞かなくて……」
「あぁ〜……あれでエルノアは結構、強情なところがあるからなぁ」
エルノアは多分、ギノが心配なのだろう。もちろん側にいるのがゲルニカなのだから、余計な心配をする必要はないと思うのだが。……それは乙女心というものなのかもしれない。
「ハーヴェン様はプリンセスのことも、よく理解されていらっしゃるみたいですね」
「そうか?」
俺が何気なく呟いた内容に、エメラルダが嬉しそうにクスクスと笑っている。こちらはこちらで相変わらず、奥さんとは違った意味で魅力的な風貌をしている。程よく艶やかな小麦色の肌はどことなく、エキゾチックな雰囲気。出るところはしっかり出ている、メリハリのある蠱惑的な姿。これは……アーニャといい勝負かもしれない。
「そういや、エメラルダも用事があってここに来たのか? だとしたら、俺……邪魔じゃないかな?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。私はただ、テュカチア様とおしゃべりをしに来ただけですし」
「あぁ、奥様同士で井戸端会議ってやつかい?」
「あら、いやだ。私はシングルですよ?」
「……マジ? いや、でもさ。そんなに美人だったら、お相手にも困らないだろうし……お誘いは引きも切らないんじゃないのか?」
「ハーヴェン様ったら、お上手ですね。……そうですね。私もゲルニカ様やハーヴェン様みたいに、強くて素敵な殿方がいれば是非、パートナーを定めたいとは思うのですが」
「あら、エメラルダ。ニカちゃんは渡しませんよ?」
「分かっていますよ。例え話です、例え話」
えぇと……今、妙な呼び名が出た気がするが。……気のせい、か?
「確かに、エメラルダはとってもモテますのよ。ただ……相手に不足があるとかで、なかなか婚約しませんの」
「……少なくとも、自分より弱い男はごめんですわ」
エメラルダの魔力レベルは8だったな。その彼女以上となると……条件的には、厳しいものがあるかもしれない。
「ほら、でしたら……強さ的にはマハ様なら、問題ないのではなくて?」
「あんなナルシストは真っ平ごめんですわ。それこそ、生理的に受け付けない。だって、聞いてくださいよ! この間……あのナルシスト、私になんて言ったと思います?」
「何となく、想像はできますが……なんて言われましたの?」
奥さん、それ……完全に地雷っぽい。このまま話を引き出しても、大丈夫なんだろうか……?
「私と君の美しさがあれば、この世一美しい子供を残すことができるだろう。是非、私の傍で美しい花を咲かせ続けてくれないか? うが〜〜〜〜‼︎ 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪ッ‼︎ 思い出しただけで、鳥肌がッ‼︎」
やっぱり隠れてもいない地雷を踏まれて、エメラルダが発狂する。きっと口調まで真似て、セリフを再現したのだろうが……。
「……それは、男が言っていいセリフじゃないかもなぁ……」
「そうなんですの?」
「いや、だってさ。自分の傍で花を咲かせろ……だなんて、ちょっと思いやりがないっていうか。マハって奴には、そんな意図はないのかも知れないけど……それってさ、エメラルダを引き立て役の飾りにしか思っていないようにも取れるような気がするぞ。大体、多少の自惚れはあっても、口に出したらアウトな訳。男は黙って……なんとやら、ってヤツだな」
「そうです、その通りですよ‼︎ あぁぁぁぁ〜! ハーヴェン様が竜族だったら、この場で押し倒してしまいたい!」
「あら、ダメよ。ハーヴェン様には既に、ルシエル様という決まった相手がいるんですのよ」
奥さんがエメラルダを諌めるついでに、そんな事をあっさりバラす。う〜ん……奥さんは「こういう方面」に関しては、口が軽いみたいだ。今度からある意味、気をつけたほうがいいかも……。
「……ハァ〜。素敵な殿方にはどうしてこうも、決まった相手がいるのでしょう。それでなくとも、竜族はオスが圧倒的に少ないのに……」
しかし、エメラルダはエメラルダで、その辺は軽くスルーしてくる。……ゲルニカといい、エメラルダといい。天使と悪魔の組み合わせに触れてこないところを考えると、竜族はそういう部分に関しては鷹揚なのかもしれない。
「それで、何? 竜族って、オスの方が少ないの?」
「えぇ、竜族の男女比は現在、大体3:7程度です。そのため、メスのほとんどが一生をシングルで過ごします」
「だったら、一夫多妻制にすればいいんじゃないの? 結婚も一回きりの一夫一婦制なんて、竜族自体がいなくなっちまうだろ……」
「確かに、おっしゃる通りなのですが……。私達には、一夫一婦制に拘らなければいけない理由があるのです」
「お?」
「竜族の番いは、初めて交わった相手同士でしか子供を残すことができません。それを破って他の相手と交わった場合は、理性が本能に負けたことになり……理性の姿を失う結果になります」
うわ、何それ……。竜族の一夫一婦制はハードモードだと思っていたけど、そんなに甘いもんじゃなかった。これ、超ハードモードじゃん。
「確か、理性を失うと竜族は同族に退治される……だっけか。あぁ、だったら破る奴はいないわな」
「えぇ、基本的にはいませんわね……」
心なしか、奥さんがちょっと寂しそうに呟くが……何か、悪いことを言ってしまっただろうか。
「た〜だいま!」
そんな空気を破るように、玄関の方から元気な女の子の声がする。……どうやら、プリンセスのお帰りらしい。
「……帰ってまいりましたわ。出迎えてきますので、ちょっと待っててくださいね」
「おう」
奥さんが律儀に、玄関へ出迎えに行く。今日は髪の毛をアップにしているせいか、背筋が綺麗に見えるなぁ。そんなことを考えていると、今度は慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「ハーヴェン、会いたかったよぅ!」
「いや、まだ1日も経ってないぞ。なんだ、もう逆ホームシックか?」
「そんなことないもん。でも、寂しいものは、寂しいもん」
「そか。それじゃ、今日は俺と一緒に帰ろうな。なお、夕食は牛すじ肉デミグラスソース仕立てのペンネと、青魚団子のスープに……デザートはレアチーズケーキの予定でございます、プリンセス」
「おぉ〜! デザート! デザートっ!」
デザートのキーワードに目をキラキラさせて、キャッキャと喜ぶエルノア。素直な反応が返ってくると、シェフはとっても嬉しいぞ。
「今日はハーヴェンと一緒に帰る! それで、デザート食べる!」
「そうだな……で、エルノア。お前、また木登りかなんかしたのか? スカートの裾が破れてるじゃないか」
「あぅぅ、別にわざとじゃないもん」
「お転婆はほどほどにな?」
「……うん」
エルノアのお転婆な様子が可笑しかったのだろう。エメラルダがクスクス笑っているのが、聞こえてくる。
「あ、エメラルダ……。あの、お久しぶり……」
「お久しぶりですね、プリンセス。しかし、大人しかったプリンセスが木登りとは……環境は人を変えますね」
「うぅ、お願い……爺やには内緒にしておいて。変にからかわれちゃう……」
あの長老様だったら、やりかねない。
「分かりました。大丈夫ですよ。というか、そんなことを耳に入れたら……ワシも木登りしちゃう、とか言って、ギックリ腰になりかねませんし」
なるほど、長老様の正しい反応の予想はそっちか。
「ところで、ギノ。お前の方は調子、どうだ?」
「はい、大丈夫です。父さまも母さまも良くしてくれるし……頑張らないといけないことも分かったし……何より、魔法を使えるって楽しいことなんですね。魔法を使うのは難しいことなんだけど、知らないことを沢山知るのは、楽しいです」
「そか。それなら良かった。ま、お前のコーチはいろんな意味で最強だからな。良く教えてもらえ」
「はい……色々とありがとうござます」
相変わらずギノの方はまだ丁寧な口調が抜けないらしいが、その辺は仕方ないのかもしれない。それに、ゲルニカ達に預ける分には、このくらいが丁度いいと思ったりもする。
「それじゃ、俺はゲルニカとちょっと話したいことがあるから、別の部屋にお願いしてもいいか?」
「あぁ、構わないよ。……テュカチア、すまないが子供達にお茶とおやつを。それと、エメラルダ様。大しておもてなしもできませんが、どうぞゆっくりしていってください」
「えぇ。もちろん、そうさせてもらいますわ。何より、私もギノちゃんとお話ししてみたいし」
「あ、あの……は、初めまして……」
「は〜い、初めまして。それにしてもまぁ、なんて可愛らしいんでしょう。お姉さん、ワクワクしちゃうわ」
さっきまでの話があるせいか、そのワクワクが含む何かに戦慄を覚えるのは……気のせいだろうか。
「さて、ハーヴェン殿、話は私の書斎でしようか? テュカチア、こちらは頼んだよ」
「えぇ、もちろんですわ」
ギノの心配をする間もなくゲルニカに連れられて、その場を後にするものの。……竜族も結婚に関しては、苦労している事がよく分かった。オスの比率が低いからモテモテなのはいいが……まさか、冗談抜きで結婚が一回ポッキリだなんて。こりゃ、竜族は精霊の中でも希少種だと言われちまうのも……無理ないわな。