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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−19 突然できたお父さんとお母さん

「おはよう、目が覚めたかい?」


 見たこともない大きな部屋で目を覚まして、彷徨うこと、数分。廊下を抜けたところの大きな部屋の中央で、本を読んでいたエルのお父さんに声をかけられる。確かハーヴェンさんに連れられて、ここにお邪魔して……その後は……。


「お昼寝が長くなったようだが、気分はどうかな?」

「……大丈夫みたいです。ありがとうございます」

「そうか……ならいい。テュカチアにお茶を淹れてもらうから、君もこちらに来て座りなさい」


 お父さんはパタンと本を閉じると……エルのお母さんを呼んで、お茶をお願いする。そうしてやって来たお母さんも、僕のことをとても心配してくれていて。優しく頭を撫でてくれると、すぐにお茶を用意しますね、と言ってくれた。


「あの……」

「ん?」


 お父さんの瞳は、エルと同じ綺麗な金色。歳は……ハーヴェンさんと同じくらい? ……かな。


「どうした? 何かあるのなら、言ってごらん?」


 なかなか聞きたい事を上手くまとめられなくて……何も言えないままの僕の質問を、お父さんは待ってくれているみたいだ。僕にお父さんはいないけど……お父さんっていう人はみんな、こんな感じなんだろうか。


「ハーヴェンさんとエル……あ、エルノアちゃんはどこに?」

「エルノアはまだ眠っている。……多分、こちらに戻って来て緊張感が抜けているんだろう。それと、ハーヴェン殿は一旦お帰りになったよ。今日はまた、君の様子を見にこられるそうだ」

「そう……ですか」

「さ、お待たせしました。どうぞ、遠慮せずに召し上がれ」


 そんな事を話していると、しばらくしてお母さんがお茶を持ってきてくれる。綺麗なカップに入っているお茶からはとてもいい香りがして……今まで飲んだことがないはずなのに、どこか懐かしい味がする。


「さて……と。君にも話しておかなければいけないことがある。少し難しい話になるだろうけど、分からないことがあったら、遠慮なく聞きなさい。可能な限り、分かりやすく答えるから」

「はい。話って……もしかして、僕の体のことでしょうか?」

「そうだ。……ハーヴェン殿から、君がそうなった理由と事情はある程度は伺っているが、今の君は少し危険な状態でもあるんだよ。だから……君自身にもきちんと、知っておいてほしい」

「……本当に辛い目に遭いましたね。でも、もう心配しなくて良いのですよ。私達もできる限り、あなたがあなたらしくいられるよう協力しますからね」


 そうしてエルのお母さんが抱きしめてくれるけど……初めての暖かさに、戸惑いつつもとても安心してしまう。


「今の君は、精霊としての一歩を踏み出した状態なんだ。でも、そのままでは魔力が足りずに、いずれ死んでしまう。それで、精霊になりきれるまで私達で君を預かることになったのだけど……」

「精霊……?」

「そう。例えば、私達は竜族という精霊だ。ドラゴン、って言った方がしっくりくるかな? 精霊は動物や植物等……色々なものが魔力と理性を持つようになったものだ。そして、君は幸か不幸か……魔力を持つようになって、精霊になりかけている」

「……なりかけている? 僕が精霊……に?」

「厳密に言えば、竜族になりかけている、が正しいかな。……君が精霊になるには、かなり苦労することになるだろう。しかし、意地悪なことを言うようだが……君は人間に戻ることもできない。そして……そのままでいることもできない。戻ることも立ち止まることも許されない状態で……結局、進むことでしか生きていく道は残されていないのだが……。君にはこの先、竜族として……長い時間を生きていく覚悟はあるだろうか」


 どうなのだろう。今までだって、ただ生きてきただけだった。このまま何もないまま……いつかは死ぬのかな、と毎日思いながら。

 お父さんの顔は知らない。お母さんは僕を置いて……他の男の人のところに行ったきり、とうとう帰ってこなかった。いつかいいことがあるなんて、思ったことは一度もない。それでも……。


「……僕は死ぬのは、怖いです。だからできれば、生きていたい……。覚悟、とかそういうのは分からない。でも、ただ、僕は死にたくないんです……」


 なぜだろう、涙が溢れて止まらない。痛いわけでも、悲しいわけでもないのに。どうして……涙が溢れてくるんだろう。


「そうか。……今はそれで十分だ。君が生きることを望むなら……私達は君がこれからも生きていけるように手伝うし、できる限り君が苦しまないで済む方法を考えるよ。ただ、よく覚えておいて。生きるということは、多かれ少なかれ、痛みを伴うということを。どんなに望んでも、君の痛みを私達が肩代わりしてやることはできない。……でも、乗り越えられない痛みもないはずだ。だから、君自身にも頑張ってほしい。……生きることを、決して諦めないでほしいんだ」

「……はい」


 僕が絞り出すようにお父さんに返事をすると、お母さんが何も言わずにもう一度、頭を撫でてくれる。ちょこっと手が角に当たるのが、くすぐったい。って、そうか。……僕、角まで生えてきているんだ。


「うまく魔力を取り込めるようになれば、君は生き延びることができる。ただ、それにはちょっとコツがあってね。コツに関しては私の方できちんと教えるから、ちゃんと覚えるんだよ。いいね?」

「はい……よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。まぁ、今は難しいことは考えなくてもいい。とにかく、この環境に慣れることだ。何かあったら遠慮なく、私かテュカチア……母さまに言いなさい」

「うふふ、男の子の子供ができたみたいで、とても嬉しいわ。よろしくね、ギノちゃん」


 そう言って……お母さんは僕の頰に優しく頬ずりをしてくれて、お父さんの方はそれを見守るように微笑んでいる。なんだろう、突然できたお父さんとお母さんにちょっと戸惑うけれど、そうして優しくしてもらえる事が……なんだかとても暖かくて、とても嬉しい。

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