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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−15 デミエレメント

「デミエレメントか。その存在がどんなものかは一応、知ってはいるが……正直、私も実際にお目にかかるのは、初めてだ」


 通された客間でお茶とベリーパイに夢中のお子様2人を他所に、約束通り相談に乗ってくれているゲルニカと話を続ける。


「そうか。ゲルニカでも、見るのは初めてか」

「あぁ。だけど……原初の精霊のルーツはデミエレメントだからな。初めのデミエレメントの中から、各霊樹に上手く適合して、魔力を蓄えられたものが精霊として定着し、今の種族数で安定しているらしい。魔力さえあれば……何も、不思議なことではないだろう」


 淹れられたお茶を啜りながら、ゲルニカがそんな事をあっさり言うが……どうやら竜族にとって、デミエレメントの発生自体は大したことではないらしい。


「しかし、それは魔力があることが前提の話だ。……聞けば、その子は元々、人間だったそうだね? 魔力をほとんど持たないはずの人間が……なぜ、そんな状態になったんだ?」


 反面、ゲルニカは今の人間界にはその前提条件すらないことも、よく分かっている様子で……至極当然の質問に、エルノアがどことなく申し訳なさそうに俯く。沈痛な面持ちを見る限り……彼女はギノに起こったことが、自分のせいだと思っているようだ。

 ……どうする? このまま、説明を続けるか?


「エルノア。もしよければ、他のお部屋でお本でも読みましょうか? ギノ君と申しましたね。あなたも一緒にいかが?」


 エルノアの後悔を、機敏に感じ取った奥さんが助け舟を出す。そして、ありがたい舟に躊躇なく乗っかるエルノア。ギノもしっかり空気を読んだのか、一緒に奥さんに連れられて、別の部屋へ移動するつもりのようだ。


「では、あなた。私はこの子達に絵本を読んでいますね。何かあれば、お呼びくださいまし」

「あぁ、頼んだよ」

「ハーヴェン様もどうぞ、ごゆっくりしていってくださいね」

「何だか……気を使わせて、申し訳ない」


 いいえ、大丈夫ですわ……なーんて、いつもの調子で柔らかく対応されると、つくづくよくできた奥さんだなぁと感心してしまう。


「ホント、気が利く奥さんだよな。かなり羨ましい」

「そうだろう?」


 ったく。ゲルニカはゲルニカで、さりげなく惚気やがって。……ま、いいや。これで、ゆっくり話ができるだろう。


「……今の人間界がちょっと狂っているのは、知っているか?」

「狂っている?」

「狂っている内容は色々あるが……中でも殊更オカシイ事に、子供が平気で売られるっていう現実があってだな……」

「……」


 俺の言葉に、流石のゲルニカも嫌悪を感じたらしい。いつになく……困惑したような顔をしている。


「で、あの子は精霊を作り出すとかいう……馬鹿げた研究の実験台にされたらしくてな。……その結果が、あの中途半端な状態、って事なんだけど」

「精霊を……作り出す?」

「そいつらは人間界の霊樹を復活させるために、精霊を大量に捧げればなんとかなるっていう、迷惑な結論に至ったようでな。でも、都合よく生贄を集められる訳でもなし。……そこで子供達を使って、精霊を作ることにしたんだと」

「……なるほど。あの子は実験の犠牲者、というわけか。……浅はかというか。悲しいというか。……結局、上手くいってもいかなくても、子供達は苦しい思いをするのだろう? ……なんて、残酷なことだろう」

「全くだ。……で、この間ルシエルと一緒に、教会に集められていた子供達を助けに行ったんだが。何十人もいたはずの中で……生き残ったのは、あの子だけだった」


 いよいよ、ゲルニカも言葉を失っては……顔を曇らせ、苦渋の表情を見せ始める。子を持つ親としては、他人事でもないのだろう。暫く沈痛な面持ちで思い耽っていたかと思うと、ショックをようやくやり過ごし……大きく首を振りながら、決心したように口を開く。


「……そうか。では、せめて……あの子だけでも、助けてやらなくてはいけないな」

「そうだな。あの子は元々、町の孤児院にいた子なんだ。そこにいた頃はエルノアとよく遊んでて、とても仲が良かった。で、教会の本部に引き取られることになって……今思えば、止めておけば良かったんだが。……別れ際に、魔除けのお守りということで、エルノアが自分の鱗を渡したんだ」

「エルノアが……自分の鱗を?」


 先程までのしんみりした様子とは打って変わって、ゲルニカが急にいつになく高揚した口調で呟く。えぇと……俺、何か変なことを言ったか?


「いや、済まない。まさか……エルノアが鱗を渡すまでに成長しているとは、思いもしなくて」

「……?」

「竜族にとって、鱗は魔力の貯蔵先であると同時に、それを渡すという行為は親愛の証でもあるんだ。ただ、鱗は筋肉に直接生えているものでね。当然……剥がすのには、かなりの痛みを伴う」

「そうなのか?」

「君達で言うところの……そうだな、生爪を剥がされるような痛み、と言ったらいいか」

「……マジ?」


 それ……想像するだけで、既にかなり痛いんだが。


「もちろん、我々は大元が爬虫類である以上、脱皮もするから……自然に剥がれ落ちた鱗を残しておく場合もあるが、あくまで予備として残しているだけのものだ。それを渡すのでは、意味がない」

「何気なく受け取ってたけど、この鍵には……そんな意味もあったんだな」


 首から掛けていた鍵を取り出し、頭にはめ込まれた大きな黒い宝石を見やる。不思議な光彩を放つそれは、角度によって輝きを変え、言いようのない美しさがあるが……これがそんな苦痛を伴って生み出されているなんて、思いもしなかった。


「もちろん、私はそれなりに何度も剥がしたこともあるから、今更何か、という程でもないのだが。エルノアにとってはおそらく、初めてだったのではないだろうか。あぁ、なんというか……自ら鱗を剥がして、誰かに渡せるようになるなんて。本当に大きくなったなぁ……」


 そうして今度は感慨深いと、物思いに耽るゲルニカだけど……あ。もしかして、完全に父親モードに入られた? お〜い、もしもし?


「……済まない、話が脱線してしまった」


 お、戻ってきた。


「エルノアがあの子に鱗を渡したとことまでは、理解した。しかし、彼があの状態になってしまったのと、何か関係があるのだろうか」

「あぁ、大アリだ。あの子はエルノアの鱗を心臓に埋め込まれた上で、魔力の代替になるような物を注ぎ込まれたらしい。で、どういう仕組みかは知らないが……ギノはエルノアの鱗をうまく取り込んで、デミエレメントにまで変化してしまった、と」

「これはまた、珍しいな。あの子はホルダーキャリアか……」

「ホルダーキャリア?」

「ホルダーキャリアと言うのは、魔力の受け皿を持つ者のことだ」

「受け皿って……魔力の器の事か?」

「そうだ。先ほど精霊のルーツはデミエレメントだと言ったが、そもそもデミエレメントになるには生まれつき、魔力の受け皿を持っていることが前提になる。受け皿があれば空間中の魔力を取り込むことも可能だし、溜め込んだ魔力を契約や互いの了承のもとで受け渡しも出来るようになるんだ。そして、魔法が使える、使えないの違いは器の有無の違いだと言っていい。器を持たない者はどんなに頑張っても魔法を使うことはできないし、万が一器を持たない精霊が生まれてきた場合は……1日と待たず、絶命することになるだろう」

「なるほど。ギノはたまたま……受け皿を持っていたから、あの状態になった、と」

「そんなところだが……しかし、この場合はギノ君とエルノアだったから、起こった事象と言えなくもないな」

「ん……?」

「先ほど、魔力の受け渡しは契約か了承が必要だと説明したが、奪われたのではなくエルノアが自分から鱗を渡した、という時点で鱗……つまり魔力の受け渡しは互いの了承済みだと、判断するべきだろう」

「要するに?」

「ギノ君がデミエレメントになったのは、ホルダーキャリアであるという前提と、魔力の受け渡しの了承という2つの条件が揃っていたから、ということだ。……先ほど、他の子供達は助からなかったとハーヴェン殿は言ったが。とても残酷だが……それは、当然の結果と言えなくもない」


 あの司祭とかいう外道が、ギノのことを「上質の素材」とふざけた事を抜かしていたが……あれはそういう意味だったのか。ということは……あいつらはそれを知ってて、他の子供達も実験台にしていたのか? だとしたら、今更ながら頭にくるな。

 それにしても……あの時のことは色々と見落としている気がしないでもないし、後でエルノアから取り上げた「報告書」とやらを一通り、読んでおいた方がいいかもしれない。

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