2−13 ちょっと覚悟していたのに
今日はカーヴェラに買い物に行ってきたと……はしゃぐエルノアの話を聞きながら、子供達が楽しい時間を過ごしたことに安心している夕食時。テーブルの上に並ぶのは、大好きなリゾット。なんとなく、思い出の料理だったりするものだから、リゾットは私の好物だったりする。しかし……今はリゾットを前にしても、妙な視線が気になって仕方ない。
「私の顔に、何か付いているのか?」
「い、いえ……」
4人に増えた食卓で、綺麗な赤い色をしたリゾットを掬いながら、ようやく目覚めた男の子に尋ねる。心なしか、怖がられているように思えるが……気のせいだろうか?
「あ、いやさ。多分、緊張しているんだよ。ほら……ルシエルはただでさえ、怖い顔してるし」
「これは地顔だ。悪かったな、怖い顔で」
横からハーヴェンにいつもの調子で茶化され、勢い、綺麗に骨抜きまで済んでいるステーキにフォークを突き刺す。なぜだろう……ハーヴェンにそう言われると、ものすごく傷つく。
「あ、いえ……そうじゃないんです」
「では、何だというんだ? 先ほどから、私の顔が気になっているようだが?」
「……綺麗な人だなと思って。ハーヴェンさんが大事にしているのが、よく分かる気がします」
「ゴフッ⁉︎」
ギノの何気ない褒め言葉に、盛大に何かを詰まらせて……横でハーヴェンが苦しそうに咳き込んでいる。私が綺麗と言われた事に、そんなに驚かなくてもいいではないか。つくづく、失礼な奴だ。
「……おい、ハーヴェン?」
「は、ハイ⁉︎」
「……綺麗って、初めて言われたぞ?」
「え、そっち⁉︎ そっち、なの⁉︎」
「ん? 他のどこに……反応すれば良かったんだ?」
「い、いや……」
妙に歯切れの悪いハーヴェンに、テーブルの向かい側で嬉しそうに笑っている子供達。まさか、年端もいかない男の子に褒められるなんて、思いもしなかった。私は本当に、綺麗……なのだろうか? そんな事を悶々と考えながらも、最後に出されたカスタードパイを平らげる。
〆のデザートにも満足したと、エルノアが自主的に屋根裏に引き上げていった。最近はギノがやって来たせいか、おネムに襲われる前に自分でなんとかできるようになったらしい。一方、ギノはもともとしっかりしているせいか……それとも、遠慮をしているのか。初めてのお出かけで疲れているだろうに、一通り片付けの手伝いをするときちんと、挨拶をして2階へ登っていく。子供達は夕飯前に入浴を済ませたらしく、すでに部屋着に着替えているので……そのまま眠ってしまっても、差し支えないとのことだったが。この辺りはハーヴェンの差し金だろう。いつもながらに、段取りと手際がいい。
「さて、と。今日も茶は部屋で飲むか?」
「あぁ、そうしようかな。……で、ハーヴェンはお風呂は済ませたのか?」
「いや、まだだけど?」
「私は……今日は少し長湯をしようかな……なんて思っている」
「そか。ま、俺のことは気にせず……ゆっくり入ってこいよ」
分かりづらいアピールなのは、分かっている。それでも、少しは気づいてくれてもいいではないか。
(……こういうところは鈍感なんだな……)
ここ数日は同じ部屋で眠るようになったが、多少くっつかれることはあっても……結局、それ以上のことは何もない。肩透かしを食らったというか、寂しいというか。ハーヴェンはいつも優しい。だけど……彼の優しさは自分に対してだけではない。
湯気のせいだけではない、霞んだ視界で天井を見上げる。今日は私抜きで、買い物をしてきたらしい。
ハーヴェンは今、子供達に掛り切りだ。もちろん、私が普段は不在がちである以上、仕方ないことくらいは理解している。ハーヴェンが彼らの面倒を見ることが、私の為でもあるのは分かっているし、子供達が楽しそうなのはいいことだ。でも……何だか彼に除け者にされている気がして、とても苦しい。
(……長湯と言ったからには、もう少し待ってみようかな)
そこまで考えて、何かを誤魔化すように目を閉じる。心地よいお湯の微睡みに身を預けていると……何もかもが、とろけてしまいそうだ。
「……シエル……おい! ルシエル、大丈夫か?」
「⁉︎」
不意に声を掛けられ……急激に目がさめると同時に、頭に熱が登ってくる。どのくらい、ウトウトしていたのだろう。目の前には、心配そうな顔をしたハーヴェンが立っていた。
「いや、いくらなんでも遅いから……心配になって、見にきたんだが」
「……」
「あ〜あ〜。ほら、顔が真っ赤じゃないか。アイスティー淹れてやるから、さっさと上がってこいよ」
「……遅い」
「へっ?」
「遅いと言っているんだ。……アイスティーは後でいいから、とにかく……」
心配してくれている相手に、なんという言い草だろう。そうしていよいよ、呆れられてしまったらしい。流石のハーヴェンも頭を掻きながら、何も言わずに浴室から退散していく。
「……」
どうして素直に言えないのだろう。素直に一緒に入ってとお願いできれば、こんな風に苦しまなくて済むかもしれないのに。どうせ1人きりだしと、泣きそうになるのを堪えて抱えていた膝小僧が、予想外にゆらゆらと激しく揺らめく。その後で、間も無く滑り込んでくる何かに……背中越しに身を引き寄せられた。
「⁉︎」
「ったく、1人で風呂に入るのが寂しいのなら……そう言えよ」
「……だって素直に言っても、どうせ茶化すだろう?」
首筋に彼のため息が被さる。さっきまでの反省は、どこへ行った? 相変わらずの可愛げのない態度で反応してしまい、すぐに後悔する。
「で、お前はどうしたいんだ?」
「……その……」
「ん?」
「……1人にしないでほしいんだ……」
残念ながら、これが精一杯だ。
「そういうことを背中越しに言うのは、反則だろ。とりあえず……こっち向けよ?」
「……」
言われた通りおずおずと向き直ると、少し難しい顔をしたハーヴェンと目が合う。
「そ、その……」
これ以上、何を言えばいいのだろう。どうすれば……以前のように、抱きしめてもらえるのだろう。
「いつからお前はそんなに、甘えん坊になったんだ? 子供じゃあるまいし。……それとも、また何かあったのか?」
「別に何もないけれど……。最近、2人で話せる時間もあまりないな、と思って」
「話すだけなら、何も風呂に籠らなくてもいいだろ?」
確かに、その通りなのだが。でも以前なら、そのまま抱きついてきたくせに。最近はなぜ、それこそ「構って」くれなくなったのだろう。
「やっぱり、私は……飽きられてしまったんだろうか?」
「お前、何言ってるんだ? まさか……ずっとそんな事を考えてたのか?」
「だって、寝室も一緒なのに、何もしてこないじゃないか。……ちょっと覚悟していたのに」
「覚悟って、なんの覚悟だよ? もともと、俺はそんなにガツガツしてません」
「嘘つき」
「……嘘なんか、ついてねぇよ。大体……そんなんだったら、3年も待ったりしないだろ」
「嘘つき」
「あのなぁ……」
「自分を見直すのは1人じゃ難しいから、そばにいてくれるって……言ってたのに」
「おい、ルシエル?」
「……もう1人きりにならなくて、済むと思ってたのに……」
「と、とりあえず、落ち着け? な?」
「最近、ちっとも……ちっとも……」
「わ、分かったから、とにかく風呂から上がろう? このままだと、逆上せちまうだろ」
「う……嘘つき」
そこまで言ったところで、力が抜けたようにぼちゃんとお湯に頭が沈没する。
「ほれ、言わんこっちゃない。……全く、仕方ねぇなぁ……」
やっぱり呆れられているらしい私を……ハーヴェンはいとも容易く水中から救助すると、軽々と抱き上げる。そうし少しクラクラする頭が……必死に言い訳の言葉を探していた。
***
互いに裸ではあるものの、あの後は何もなかったらしい。いずれにせよ、昨晩はどう考えても彼に迷惑をかけてしまった……と思う。
(埋め合わせに……何をすれば、良いのだろう)
今日の終わりまでに、答えが出ればいいのだが。
それはさて置き……とにかく時間だ。いい加減、起きなければ。
まだ日が昇らない、薄暗い部屋。この状態でウロつくわけにもいかないし、まずは……服を着ないと。そう思って部屋を見渡すと、ふと……見慣れない赤い袋がテーブルに置いてあるのが、目に入る。巾着状の包みは、黒と白のストライプ模様のリボンでおめかししており……いかにも贈り物風の表情をしていた。
「……?」
ハーヴェンはカーヴェラに買い物に行った、って言ってたよな? それで……子供達に服を買ってやった、と。
「……!」
そこまで思いを巡らし、急いで包みのリボンを解く。真っ赤なおめかしさんの中からは……綺麗に折りたたまれて、薄紙に包まれているブラウスが2枚出てきた。片方は青と白のストライプ模様、もう一枚は優しいミルク色。ストライプの方はボウタイがくっついているデザインになっているらしく、首の後ろで結ぶようになっているみたいだ。ミルク色の方は首元に、同じ色の大きな花のコサージュが縫い付けてある。どちらも程よく凝った作りをしており、着ればとりあえず……こんな私でも、オシャレに見えそうだ。
(今日はこっちを着れば……いいだろうか?)
そう思って、ストライプの方を着てみる事にした。相変わらずぴったりのサイズ感に、ちょっと恐ろしいものを感じながら、寝息を立てているハーヴェンを見やる。
そっか……私のことを忘れているわけではなかったんだな。そうだ、今日はできるだけ早く帰ってこよう。ルクレスでは昨日も大きなことは何もなかったし、さっさと報告書を出して……少しでも、2人きりの時間を作れるように頑張ろう。