2−12 更に面倒臭い奴
「なんの騒ぎだ! どけ! どけ‼︎」
「……ん?」
思いがけず助けた子供達が走り去った先から、今度は人だかりを割って騎士風の男がこちらを目指して向かってくるのが見える。いかにも高価そうな鎧に、優男風のいけ好かない面構え。少し長めに伸ばされた青い髪を、後ろで三つ編みにしていやがる。妙に既視感のある、何処かで見た雰囲気に……一瞬、頭に鈍痛が走るが。こいつ、俺とは初対面だよな?
「タールカ、大丈夫か! こ、これは⁉︎」
目の前で芋虫のようにうずくまっている従者の様子に一頻り驚いた後、男が俺に気づいたらしい。これはチャンスとばかりに……騎士風の男の目線に合わせて、タールカが狡猾な様子で叫ぶ。
「兄様、こいつがあろうことか……僕らに襲いかかってきたんだ‼︎」
兄様……なるほど。タールカと髪の色が一緒のこいつは、タールカの兄貴か。それにしても、その身に誂えたようにピシリと纏われている金ピカの鎧が眩しすぎて、妙に鼻につく。……さっきの子供達の貧相な様子とは、雲泥の差だ。
「そんなクソガキを襲う趣味はないけどな? あんた、そいつの兄貴か?」
「いかにも。私はエドワルド・アイネスバートと言う」
「ふ〜ん。で、どうするんだ? あんたも、俺に返り討ちにされたいのか?」
「……いや、基本的には何もしない」
「ん?」
弟君の威勢の良さとは対照的に……エドワルドと名乗った優男は俺の予想を裏切り、さも疲れたように深くため息をつく。
「……弟の曲がった性格は私もよく知っている。どうせまた難癖を付けて、人様を困らせていたんだろう。その上で返り討ちにあったのであれば、情けないことこの上ない」
「に、兄様、そんな⁉︎」
「黙れ! この愚弟が!」
そう言って、愚弟の頭に垂直線のゲンコツを食らわせる兄様とやら。……おやおや? 意外と、話が分かる奴っぽい?
「そか。じゃ、俺はそろそろ帰るわ。そこのクソガキがこれ以上悪さをしないよう、しっかり躾けとけよ〜」
「いや、少し待ってほしい!」
「……ん? まだ……何か、用か?」
「ぜひ私と……手合わせ願いたい!」
「はぁ?」
見れば、少し顔を紅潮させた優男が突拍子もない事を宣う。なんだろう……今度はちょっと、背筋が寒い。
「ど、どう言う意味だ?」
「弟の護衛2人をここまで延しておいて、息ひとつ上げていないあなたは相当に強いのだろう? 修練の為にも……是非に私とひとつ、勝負していただけまいか⁉︎」
あぁ〜、なんか更に面倒臭い奴に捕まったな……。
「……お〜い、エルノア、ギノ。……もうちょい、待てそうか?」
「えぇ、僕達は大丈夫です!」
「グー!」
丁寧にちょっと興奮気味で答えるギノと、親指を立てて了承を示すエルノア。2人とも待たされること以上に……寧ろ、もっと決闘ゴッコを見たいといった表情だ。
「……仕方ねぇな。もう少し付き合ってやるか」
「かたじけない! それでは、早速!」
そう宣言して、嬉しそうに腰の剣を抜くエドワルド。それに対し……そのまま棒立ちの俺。
「あ、あなたは武器を抜かないのか?」
「……武器? う〜ん、あんた相手に……こいつを抜く必要はないだろうな」
「なんと! この王宮騎士のエドワルド相手に、丸腰で、と申されるか⁉︎」
「王宮騎士? すまない、そういうのはちょっと分からないんだが。ただ、あんたが武器を使わなくてもいい程に弱いことくらいは分かるし。ま、準備ができたら勝手にどうぞ? さっさと済ませてくれないかな」
「大した自信ですね? では……お手並み、拝見ッ‼︎」
すぐさま腰を低くしたかと思うと……一気に距離を詰めてくるエドワルド。確かに人間にしては早いし、きっと強いのかもしれないが……俺には正直、物足りなく感じる。
「……⁉︎」
退屈すぎて欠伸をしながらの俺に、いくつもの剣戟の悉くを爪で弾かれた挙句、片手で受け止められて。切り傷1つどころか、1歩も動かすことすらできないことに、超えられない何かをようやく理解したらしい。優男のお顔が見事に間抜け面になったところで、打ち止めの合図をしてみる。
「……おいおい、俺は素振りに付き合うつもりはないけど?」
「な、なんということだ……?」
「そろそろ、いいか? さっさと帰って、夕飯の支度をしたいんだが」
最後にわざと受け止めた剣を、指先で殊更強く弾いて返してやると……それ以上の引き留めは迷惑とばかりに、お待たせしているお子様達の元に戻る。
「さ、帰るぞ〜。今日の夕飯は、トマトリゾットにリブステーキだからな〜」
「うん!」
「ハーヴェンさん、格好良かったです! 僕、感激しました‼︎」
「お、そうか?」
周りの観客からも拍手喝采を受けつつ、帰るつもりでいた俺の背中に……またも、名残惜しげな声が被さる。
「ハ、ハーヴェン様‼︎」
「……ん? 何だ、優男。つか……俺、名乗ったつもりなかったけど……」
多分、子供達の呼びかけから俺の名前を言い当てたのだろうが……正直、名前は覚えてほしくないんだが。
「あなた様の強さ、このエドワルド実に感服いたしました。是非にその力、国王殿下のために役立てる気はありませんか?」
「国王……殿下?」
何だろう。また……妙な話になってきたな。
「そうです。それだけお強いのですから、きっと殿下も喜んでお召抱えくださるでしょう!」
「興味ない」
「興味……ないとは? まさか、折角の好機を逃すおつもりか⁉︎」
「いや、それって……国王殿下とやらに仕えろって意味、だよな?」
「その通りです」
「王宮がどこにあるのかは、知らないが。少なくとも、あんたの言う王様はロクな奴じゃないだろうな」
「それは……どういう意味でしょうか?」
怒っているというよりは、本気で意味が分からないといった様子の優男。色々と大丈夫か、こいつ……。
「例えば……あんた、さ。この街の状態を見て、何も感じないのか?」
「街の……状態?」
根はいい奴のようだが、やはり鈍感というか。王宮騎士という割には、王宮を支える周囲に何1つ、気を配れていやしない。
「現に、あんたの弟がさっきまでちょっかいを出していた子供達はボロを着ていて、いかにも腹を空かせていそうだった。一方で……あんたのような高そうな鎧を身につけている割には、彼らの現状に気づこうともしない奴がいる。……あんたのいう国王様とやらは、この差を知っているのか? そんなことにもすぐ気づけないのも、大概だが。街の状態を為政者が知りませんでした、では済まされないと思うぞ?」
「……⁉︎」
「要するに、だ。その程度の統治もできないような能無しに仕える気は、サラサラないってこと」
「し、しかし、それだけの実力を持ちながら。勿体無いとは思わないのか⁉︎ 仕える相手がいた方が……張り合いもあるというものでは?」
そこまで言われても、まだ引き下がらないエドワルド。彼の様子には何か焦りを感じるが、気のせいだろうか?
「あぁ、そういうことか。だったら、残念だったな。俺には、ちゃんとご主人様がいるんだよ」
「なんと⁉︎」
「忠誠っていうのは、確かに金で買える時もあるかもしれない。だけど……悪いが、俺はそんなお行儀の悪いことはしないもんでね。とにかく、だ。俺はそのご主人様の側に、一生いるつもりさ。どんなに大金を積まれても……心変わりすることはこの先、絶対にないだろうな」
「ハーヴェン様をして、そこまで言わせ、従えさせている……その御仁は一体、どんな方なのだ……?」
「まぁ、一言で言えば……愛しのマスターって、ところかな?」
いまだに興奮冷めやらぬお子様2人の手を繋いで、背後に納得していないだろうエドワルドを残したまま帰り道を急ぐ。思いの外目立ってしまったが、魔法は使っていないし……。多分、大丈夫……なはず。