2−11 こんなの聞いてないんだけど
ちょっとヘンテコな時間を過ごしたカフェの会計を済ませ、来た道を戻る。しかし、さっきまでの賑やかなだけな雰囲気とは違い……通りが騒がしい。見れば、道の少し先に人だかりができている。
「ハーヴェン……。誰か、いじめられているみたい……」
エルノアが早速、何かを感じ取ったらしい。さっきまでのご機嫌顔をしかめて、とても悲しそうに呟き始める。
「助けてあげた方が、良さそうかい?」
「うん。できれば……助けてあげたほうがいいと思う」
「そうか。それじゃ……お兄さん、頑張っちゃおうかな?」
エルノアの言葉に従い、一肌脱ぐことにした俺は……2人と手をしっかり繋いで、勢いよく人だかりに割って入ってみるものの。
「酷いわね……誰か、助けてあげないのかしら……」
「かわいそうに……ちょっと、ぶつかっただけなのにね……」
人を搔きわける間にも絶え間なく、そんな声が否応無しに耳に入ってくる。あぁ……なるほど。そういうことか。
「……大丈夫か?」
やっと追いついたらしい2人の姿を確認すると……ちょっと揉みくちゃにされたみたいだが、大丈夫なようだ。そうして、人だかりの中央を改めて見やれば。2人の小さな男の子が、肩を抱き合うように震えて座り込んでおり……彼らの視線の先には、別の男の子が彼らを見下すように立っている。
服装からして、座っている子供達の方は貧民層の子供達。そして、見下すようにしている方は富裕層の子供……と言ったところか。更に、ふてぶてしい感じの方の子供の背後には……無理やり着せられたような燕尾服を纏った、厳つい男が2人立っている。燕尾服に関してはゲルニカの姿を見慣れているせいか……よくもまぁ、ここまで下品に着こなせるもんだと、感心してしまうくらいに似合っていない。そして……男達の手には、鞭のようなものが握られているが。まさか、そんなものを子供相手に振るうつもりか?
「おい、お前ら! タールカ様に汚い格好でぶつかっておいて、タダで済むと思っているのか⁉︎」
2人の男の子はタールカ、とかいうクソガキよりも、背後の従者に怯えているのだろう。ただただ泣くばかりで……口答えもしない。
「このタールカ様が怪我したら、どうしてくれるんだ? まぁ、いい。お前ら……ネズミどもにタップリ罰を与えてやれ!」
「ハッ‼︎」
クソ生意気なタールカとやらの命令に応じて、男達が鞭を振り上げる。オイオイ、小さな子供相手に大人が2人がかりって、どういうことだよ……。
「……お仕置きにしては、ちょっとやりすぎじゃねぇか? 大人気ないだろう?」
仕方なしに咄嗟に子供達の前に割り込み、彼らを打ち据えるはずだった2本の紐切れを片手で捉える。そうして鞭を返してやりつつ……男2人とクソガキ1人を睨みつけてみる。
「たかがぶつかったくらいで、そうギャンギャン騒ぐなよ、クソガキが」
「クソガキ⁉︎ それ……僕のことか⁉︎ 大体……お前は誰だ! 邪魔するな!」
「ま、名乗る程のもんじゃないけど。……お前らよりはだーいぶマシな奴、ってところかな?」
「おっ、おい、お前ら! まずは……このふざけた奴を黙らせろ‼︎」
あ〜あぁ、これだから人間は。弱いくせに、威勢だけはよろしいようで。
「フっ‼︎」
短い息遣いと共に、しなる鞭が俺を捉えようとするが……残念でした。その程度の攻撃が俺に当たる訳、ないだろうが。
「テンでなってねぇな? 鞭は振るえばいいってもんじゃ、ねぇぞ?」
しばらく馬丁ゴッコに付き合ってやった結果、2本の鞭は見事に絡まってダマになっている。
武器というものは、使い方をきちんと弁えていなければそれなりに使うことはできても、使いこなすことは決してできない。その辺りは魔法への接し方と似ているものがある気がするが……どんなものに対峙するにしても、頭に詰まっている脳みそを使わないのは、勿体無いんじゃないか?
「……⁉︎」
そんな頭が足りない状態で振り回した結果、手元の鞭が使用不能になって、かなり焦っているらしい。男達の顔には明らかに、「こんなの聞いてないんだけど」と書いてある。
「エル、ハーヴェンさんって……ものすごく強いんだね!」
「そうなの。ハーヴェンはとっても強いんだから。多分、あの人達……ハーヴェンには指一本、触れられないと思うの」
「さて、武器は使えなくなったみたいだけど……どうする? まだ、やるかい?」
歓声に紛れ、お子様方の褒め言葉を頂きつつ。更に相手を挑発してみるが……さて、どんな反応が返ってくるかな?
そんな事を考えながら、彼らを見据えていると……先程までのどよめきはいつの間にか、俺への声援に変わっていた。相手としては、この雰囲気は気まずさ最高潮だろうが……やはり、その空気にタールカが居ても立っても居られないといった様子で、男達を叱咤し始める。
「な、何をしている! さっさとこいつを黙らせないか‼︎」
「は、ハッ‼︎」
「……お?」
タールカの命令に鞭を捨て、今度は結構な刃渡りのナイフに持ち替えた男2人が斬りかかってくる。う〜ん。この様子じゃ、刃物の使い方は及第点にも及ばないなぁ……こんなに弱々しいフックじゃ、魚1匹、捌けないぞ。
「ったく……武器を持ち替えても、ダッセェな?」
今度はナイフの素振りにある程度付き合ってやった後、向けられた刃物を両手で1本ずつ摘んで受け止める。その上で2人の腹をめがけて、回し蹴りを1発。しっかりと腹で受け止めた強打に……綺麗な弧を描いて吹っ飛ぶ、大人2人。エレガントな放物線を描いて、背中から勢いよくドスンと落ちると……その後は中々、立ち上がってこない。
「俺の足が長くて、思いの外、腹を抉ったみたいだな?」
う〜ん。この様子だと、胃にクリーンヒットしたか? だとしたら……しばらくは起き上がれないだろうな。
「ど、どうした! さっさと立ち上がって……ヒッ⁉︎」
しかし……明らかな劣勢にも関わらず、未だに威勢だけはいいクソガキ・タールカ。あまりに耳障りなお口を黙らせようと……手元に残ったナイフを足元に打ち込んで、今度はあからさまに脅してみる。俺自身……これ以上は相手がいくら子供だろうと、不愉快だ。
「……おい、クソガキ。大概にしとけよ? これ以上喚くようなら、さっきのと同じ蹴りで、前歯を全部へし折るぞ!」
「う、うぅ〜……‼︎」
そこまで言われて、タールカが崩れ落ちて悔しそうに泣きわめく。ちょっと荒々しかった気がするが……まぁ、こんなもんか?
「おぅ、お前ら。大丈夫か〜?」
ふてぶてしさだけは一人前のタールカも戦闘不能になったのを見届けたところで……改めて、俺の背後で未だに怯えている子供達に向き直る。
「あ、ありがとうございます」
「ほれ、また変なのに絡まれないうちに行けよ。次は、気をつけるんだぞ?」
「うん!」
そう言って、互いの顔を見合わせると手を繋いで走り去る子供達。今度は変なことに巻き込まれないと、いいんだが。




