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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−10 できる限り忘れるんだ

「あ、ここなの!」


 無事ギノのよそ行きを調達し、小さな男の子の行く末をぼんやりと考えていると……俺の傷心も軽く受け流すかのように、意気揚々とエルノアが任務達成と小さな胸を張っている。そうして、一段とウキウキして店の中に吸い込まれる彼女の様子に、今はそんな事を考えている場合じゃないと、慌てて後を追って店に入る。

 えぇい、ままよ……と勢いでお邪魔すると、恭しく店員が声をかけてくる。そんなウェイターにこちらの人数を伝えると、中央にある丸いテーブル席に通された。そうして見渡せば、随分と客入りもいいらしい。にしても……結構広いな、この店。腰を落ち着けたところで、渡されたメニューにも目を通すが……。ほぉ〜、ケーキの種類もかなり豊富じゃないか。メニューを眺めるだけでも、普段の献立を考える上で役に立ちそうだ。ちょっと、参考にさせてもらおう。


「夕飯が入らなくなるから、2人ともデザートだけにしておけよ」

「うん! 私はさくらんぼのパイにする!」

「ギノも好きなものを選べよ。遠慮しなくて、いいからな」

「……は、はい。でも、どれがいいんだろう……?」


 サクッと注文を決めるエルノアと、初めてだらけのメニューに頭を悩ますギノ。ウェイターを呼び注文をお願いするが、ギノは決めかねたようだったので……オススメのケーキを持って来てもらうことにした。


「ところで……あの」

「ん?」

「ハーヴェンさんの言うツレさんって、どんな人なんですか?」

「あぁ、そのことか。なんて言えば良いかな……。俺のご主人様……あっ、いや違うな」


 改めて聞かれると、意外とすんなり答えられないもんなんだな。「契約主と精霊」であるのは間違いないのだが、俺達の場合はそんなに浅い関係じゃないというか。


「ま、おっかない奴であることは、確かだな」

「おっかない……?」

「ハーヴェン。そんな事言ったら、ルシエル怒ると思うの」

「あはは、だよなぁ」


 そんなやりとりをしているうちに、注文したケーキとお茶が運ばれてくる。ギノに差し出された「オススメ」はイチゴの乗ったショートケーキだった。なるほど……王道で攻めてきたか。目の前に出されたチェリーパイに早速、夢中のエルノアと一口ずつ味わうように食べるギノ。フォークの進むスピードはだいぶ違うが、2人ともケーキに満足しているらしい。表情がいかにも幸せそうなので、俺も嬉しくなる。


「ルシエルはね、ハーヴェンの多分恋人なの」

「⁉︎」


 しかし、そんな幸せ気分を……いきなりぶった切るようなエルノアの言葉に、思わずお茶を飲み込んで噎せる俺。勢い、お茶が許容量を超えて喉を通過するので、かなり苦しい。


「エ、エルノア? どこで……そんな言葉を覚えた?」

「うんとね、ルシエルが持ってた本に書いてあったの。確か、愛の連携魔法っていう本だった!」

「……あ、愛の連携魔法⁇」

「うん。ルシエル、ものすごいため息をついていたから……ちょっと中身が気になって……」


 間違いない。それはタイトルからして……今のルシエルにとって最大の悩みのタネであり、神界に一大ブームを起こしているらしい例の小説だろう。


「エルノア、その本……どこにあった⁇」

「えっとね、お風呂のところのカゴ?」


 あちゃ〜、ルシエルのヤツ……そんな妙なものを、そんなところに忘れて……。


「確かね、恋人達の呪文は重なり、大きな奇跡を呼びます……とかって、書いてあった!」

「エルノア、悪いことは言わない。その内容は……できる限り忘れるんだ」

「え〜? でも、もう1冊にはエルノアが役に立っているところも書かれたんだよ?」

「も、もう1冊?」


 まさか……ルシエルの悩みのタネが更に、増殖している……のか? 


「うん、もう1冊は肩に愛を預けて、っていう本だった‼︎」

「カタァ⁉︎」


 あぁ、3作目……めでたく出てたのね。


「そうか、ハーヴェンさんとツレさんは……恋人なんですね」


 そんな俺達のやりとりに、何故かしみじみとショートケーキを頬張りながらギノがまとめに入るが……いや、待て待て。それ、まとめるところじゃないから! それに……ツレさんて、なんだよ。ツレさんて。


「それを言ったら、俺はルシエルに締め上げられるから。頼むから、2人とも今の内容は忘れるように! それと、エルノア! 本は俺が預かっておきます。帰ったら、渡すように!」

「え〜、どうして?」

「お子様にはまだ早い!」

「ムゥ〜……!」


 ご機嫌斜めになりながらも、チェリーパイはしっかり平らげているエルノア。しかし、斜めなご機嫌はすんなりまっすぐになりそうにない。夕飯が入らなくなると思い、ケーキ1つずつと思っていたのだが。仕方ない……ここはモノで釣りますか。


「ほれ、もう1個ずつケーキ頼んでいいから。……機嫌、直せよ」

「う〜ん……じゃぁ、チーズケーキで手を打ってあげる」

「へへぇ〜、ありがとうございやす。……ギノも追加していいぞ。今度はちゃんと自分で選べよ?」

「あ、はい……ハーヴェンさんって、面白いんですね」

「そか? あとな、俺のことはハーヴェンでいいぞ?」


 でも、と言いかけるギノを他所に追加の注文をお願いする。予告通りチーズケーキを頼むエルノアと、ちょっと迷った挙句スフレを注文するギノ。そうして……しばらくしてやってきたケーキも、嬉しそうに頬張るお子様2人。その様子を見ているだけで……なんだか安心してしまうのだから、子供というのは不思議というか。……もしかしたら、昔の俺も子供が好きだったのかもしれない。


「さて、帰るとするか?」

「うん!」

「はい!」


 ケーキの「賄賂」でご機嫌を戻したエルノアの様子に、一安心といったところか。少なくとも……追加のチーズケーキで、例の小説のこともケロリと忘れてくれているのが、とてもありがたい。うんうん。やっぱり、子供は素直なのがとってもよろしいようで。

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