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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−9 生まれた環境というのはつくづく罪づくり

「よぅ、目が覚めたか〜?」


 2階から降りてきた男の子を必要以上に緊張させまいと、明るく声をかけるが……どうやら、意識がまだ朧げらしい。それも無理はない……か。何せ、ルシエルがここに連れてきてから、丸2日眠りっぱなしだったのだから。意識がハッキリしないのも、仕方ないのかもしれない。


「あなたは……ハーヴェン……さん?」

「お? そっか、覚えてたか」

「……あの。それで……ここはどこですか?」

「ここはツレと俺、そんでエルノアの家だぞ」

「エル……の?」


 よっし、エルノアのこともちゃんと覚えていたか。意外と記憶はしっかり残っているんだな。


「とりあえず……朝飯用意するから、顔洗ってこいよ」

「朝……ご飯?」

「エルノアもそろそろ起きてくる頃だし、一緒に食べるといい」

「……」


 状況を飲み込めないままのギノを他所に……どうやら彼が目覚めた事を早速、察知したようだ。今度はネグリジェ姿のエルノアが、慌ただしく降りてくる。


「ハーヴェン! ギノ、起きたの?」

「あぁ、ちゃんと自分で起きてきたぞ。さっさと顔、洗ってこいよ。朝飯にするぞ」

「うん!」

「ほれほれ、ギノも一緒に顔を洗っておいで。エルノア、案内してやってくれよ」

「もちろん! さ、ギノ、こっちこっち!」

「あっ……うん」


 半ば強引に、エルノアに引きずられていくように浴室に向かうギノ。朝から元気いっぱいの彼女に、押され気味だが……ギノは大人しい子だったし、仕方ないだろう。この家の生活にも、少しずつ慣れてくれるといいんだが。

 そうして、きちんと身支度を整えてお座りした2人のお子様に、朝飯を用意する。焼きたてのマフィンにとろけたチーズを乗せて、オムレットと香味ソーセージを焼いたものを添えたプレートと……レタスとトマトのサラダ。そこにチキンブイヨンを効かせたカボチャスープを出してやれば。栄養的にはかなりいいセン行ってるんじゃないか、と自分でも思ったりする。……とは言え、エルノア相手だと食事の栄養素は全く関係ないんだけども。


「これ……僕の分、ですか?」


 しかしどうも、朝飯が見慣れない様子で……ギノが遠慮気味に、並んでいる食事について尋ねる。そういや……今まで、食事も満足に食べられていなかったんだっけか。……遠慮するのも、無理はないということなんだろう。


「もちろん、お前の分だぞ。冷めないうちに食っちまえよ」

「……いただきます」


 俺が食事を促すと、折り目正しくそう言って、ギノはマフィンに手を伸ばし……一口囓る。そうして今更に空腹を思い出したのか、今度は何かの堰が切れたかのように、目の前の料理を貪るように食べ始めた。


「ギノ、大丈夫?」

「お?」


 しかし、食事を進めていたギノの様子がおかしい。しばらくして自分のペースで食べ進めていたエルノアが心配そうにギノに話しかけ……一方でギノは静かに泣いているが。……なんだ? もしかして、嫌いなものでもあったか?


「お、オィ……大丈夫か?」

「僕……こんなに暖かくて、美味しいもの食べたの……初めてで。なんだか……す、すみません……」

「そっか……泣くほど美味いか。そんなに喜んでもらえれば、俺も作った甲斐があったってもんだ」


 彼の妙に切ない様子を見守りながら、ぼんやりと考える。

 当たり前の食事が当たり前じゃないこと。一体、この子は……今まで、空腹で眠れない夜をいくつ越えたのだろう? 寒さで凍える朝を……いくつ迎えたのだろう? 多分、この子は今までの短い人生の中でただの一度も、暖かい食卓を囲ったことがなかったのだ。生まれた場所を間違えただけで、ただ生きているだけという毎日の中で……その挙句、こんな目に遭わされて。


「いいか、ギノ。これからは沢山、幸せになろうな」

「……しあわせ……?」

「おぅ。ツレもお前の面倒を見ると決めた以上、お前はウチの子だ。ウチの子に悲しい思いはさせねぇように、こっちも頑張るからさ。だから、これからはうんと幸せになろうな」

「……はい……」

「よっし、いい返事だ。そだ、今日はカーヴェラに買い物に行くからな〜」

「買い物? ハーヴェン、何を買うの?」


 ギノの涙の意味を、何となく理解して安心したらしい。既にカボチャスープを飲み干したエルノアが、目を輝かせてはしゃぎ始める。


「まず、ギノの普段着だな。流石にそれじゃ……ゲルニカに会わせるわけにもいかないし」

「父さまに?」

「ほれ、ギノはちょっと特殊なパターンだから。ゲルニカなら、何とかしてくれるんじゃないかな」

「もちろん! 父さまに分からないことはないんだから!」

「エルの……お父さん?」

「あぁ、エルノアの父親は竜族っていう精霊なんだが……かなりの実力者でな。その上、物知りらしいんだ。多分、お前がこれから生きていくためのヒントをくれるんじゃないかな」

「これから、僕が……生きるため……?」

「ただ残念ながら、ギノはよそ行きの洋服を持っていない、と。そいつも俺のシャツな訳だし。だから、何着か買っておこうと思ってな。……もちろんエルノアにも買ってやるから、どんなのがいいか考えとけ」

「うん! わぁ〜、お買い物、楽しみ〜!」

「……あの、でもお金とか……」


 すんなりお出かけモードに入るエルノアと、遠慮と金の心配をするギノ。買い物1つとっても、ここまで反応が対照的だと少し悲しくなる。……本当に、生まれた環境というのはつくづく罪づくりだ。


「金の心配はすんな。ある程度の金額はツレから預かっている。お前達が心配する必要がないくらいはあるし、遠慮しなくていいぞ」


 感傷を振り払うように、努めて前向きに振る舞う。とは言え……勢い、ある程度と言ったが。実は、前回の買い物の際にルシエルから「好きに使え」と渡された金額がかなりの額だったので、余っているだけだ。


 あの時、渡された金額は白銀貨25枚。白銀貨は1枚で金貨10枚分に該当する。で、金貨1枚は銀貨50枚。そんでもって、銀貨1枚は銅貨100枚分。端銀、半銀といって銅貨10枚分と50枚分の貨幣もあるにはあるが、基本的に人間界には、白銀貨から銅貨までの4種類の貨幣が流通している。

 だが、普段の生活で目にするのは大抵、銅貨数枚。銀貨以上はお目にかかる機会すらない者も多いだろう。その銅貨は、1枚で丸パン2個とスープ1杯の食事にありつけるくらいの目安だ。つまり……白銀貨25枚は125万枚の銅貨、最低限の食事125万食分になる。

 前回の買い物で使った金額が、銀貨1枚にも満たない額だったことを考えると……この子達に思い思いの物を買ってやっても、金貨1枚使い切れるかも怪しい。ここまでくると、天使の金銭感覚はどうなっているんだと思ってしまう。


「食事が済んだら、出かけるぞ。ギノは向こうで服を買うまで、ちょっと我慢してくれな」

「はい……ありがとうございます」


 身支度を整えて、タルルトから列車に乗り込み、カーヴェラに向かう。俺の翼で飛んでも良かったが……無駄に魔力解放する必要もないし、あの姿は好きじゃない。それに向かい合った席の窓際で、子供2人が楽しそうに景色を眺めているのを見ると……列車を選んで正解だったかな、と思う。子供達も列車に乗るのは初めてなのだろう。ギノも未だに包帯が取れない尻尾を少し振って、はしゃいでいるようだ。

 しかし、見事に生えているというか、くっついていると言うか。ここまで自然に一体化しているのを見ると、「精霊を作る」も馬鹿げた話ではないのかもしれない……なんて、何を考えているんだ、俺は。そんな事を考えている間に、車窓の景色がいくつ通り過ぎただろう。30分程、列車に揺られれば……貿易都市・カーヴェラの駅に着く。


「ここが……カーヴェラ……」

「うん、大きい街だよね」


 街の賑わいに目を丸くするギノと、ちょこっと先輩風を吹かせてギノにあれこれ教えているエルノア。とりあえず……ここは手を繋がないとな。


「ほれ、2人ともお兄さんと手を繋げ〜。迷子になったら、大変だからな」

「うん!」

「はい」


 2人の手を引き、この子達に似合いそうな服を扱っていそうな店を探していると……前回エルノアが服を買った店が少し先にあるという事だったので、そちらに向かうことにした。

 そうして辿り着いた、明らかに高級な店構えの中に入れば……なるほど。所狭しと多種多様な洋服がかけられている。品揃えもとにかく豊富だし、子供用から大人用……見ればベビー服から紳士服まで、それなりにきちんと揃っている。しかし……それを補うかのような金額設定からしても、決して安い店ではないだろうが……ま、今の手持ちなら余裕だな。エルノアは1人にしておいても勝手に選ぶだろうが、ギノはこういう所に来るのも初めてだろう。あまり困らせても可哀想なので、店員を呼んで服を見繕ってもらう。


「とりあえず、シャツを数枚とズボン……あと、よそ行きのジャケットなんかも見繕ってやってくれますか?」

「かしこまりました」

「あの、本当にいいんでしょうか?」

「構わないよ。エルノアは決まったか〜?」

「う〜ん。ちょっと迷うの!」


 迷うの……とか言いつつ、鏡の前で色々な洋服を充てては、嬉しそうにしているエルノア。この様子であれば、彼女はしばらく放っておいても、大丈夫か。


「お待たせいたしました。旦那様の雰囲気に合わせて見繕って参りましたので、ご試着いただけますか」


 多分、シャツにベストを引っ掛けた俺の服装に合わせたのだろう。きちんと感を残しつつ……少しラフな感じの絶妙な服を選ぶところは流石プロ、と言ったところだな。


「それじゃ、ギノ。気になる物があったら、折角だし着てみろよ」

「はい……あの、じゃぁ……この青いシャツを試してみたいです。お願いします」

「あら、お行儀のよろしいこと。では坊っちゃま、こちらでお願いしますね」

「ぼ、坊っちゃま⁉︎」


 何人かの女性店員にチヤホヤされながら、ちょっとぎこちない様子だが……ギノの試着もすんなり済みそうだ。それじゃ、俺は自分の探し物を見繕うとするか。

 そうして、それぞれ洋服を見繕った結果……エルノアはワンピースを3着と靴を2足。そのうちの1枚、赤いワンピースは、ゲルニカの奥さんの影響だろう。ギノにはシャツを5枚とズボンを3枚、ベストを3枚。そしてジャケット2枚に、靴を2足。下着と部屋着、靴下も一通り購入……と。あとは……。


「あ、この2着は贈り物に包んでくれないかな?」

「かしこまりました」


 会計を済ませながら、ブラウス2枚にラッピングのお願いをする。かなりの量を買い込んでしまったが、後は少し休憩して帰るだけだし、大丈夫だろう。


「ハーヴェン。それ、もしかして……」

「あぁ、これはルシエルに……な。お前達にだけ、お洋服を買ってやったと知ったら……ヤキモチ焼くだろ?」

「そっか。喜んでくれるかな?」

「多分、大丈夫だろ。これでも、ツレの趣味は押さえているからさ」


 合計金額は……銀貨5枚とちょっと。とりあえず小銭以外に金貨1枚を持ち出して来たが……う〜む。こんなに重たくなるのだったら、もう少し加減して持ってくればよかっただろうか。


「よし。それじゃ、ちょっと休憩するか」

「あ! ねぇねぇ、ハーヴェン。おっきな通りに美味しいケーキが食べられるところがあるの! 私、そこに行きたい!」

「お、そうか。それじゃ……次はそこにお邪魔しようか?」

「うん!」

「ところで、ギノ……大丈夫か?」

「あっ……はい。だ、大丈夫です……」


 結局、1番最初に試着した青いシャツに紺色の半ズボン、ベストという出で立ちに着替えたギノだったが。ほんの少し、ボタンを気にしているみたいだ。


「あの、ちょっと慣れなくて……」

「そうか。でも、とても似合ってるぞ?」

「……ありがとうございます」


 よく見れば……ギノの瞳は澄んだグリーンをしていて。深い茶色の髪の合間から、薄っすらと紫色の角の先が見え隠れしていた。

 ……尻尾といい、角といい。本当に……この子はこの先、竜族として生きていくことになるのだろうか?

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