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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−8 それが1番現実的かな、と

 アーチェッタ調査の今後について、ラミュエル様に呼ばれたものだから……早速とばかりに、彼女の部屋で膝を着いているが。彼女の口から私の応援要請もしっかりと通ったと言われれば、一安心と考えて良いだろうか?


「今回もご苦労様でした。あなたの要請に、他の部隊も快く引き受けてくれて……教会の人間については、オーディエルに一任することにしたの。彼女ったら、怒り心頭みたいで。あの様子だとタダでは済まないわね、きっと。そして、子供達のこともミシェルと相談済みよ。そちらに関しては、あなたにも詳しくお話しするわね」

「ありがとうございます。しかし、私ごときの要請にオーディエル様が応じてくださるなんて。しかも、転生部隊のミシェル様まで……」

「大丈夫よ。賄賂第3弾がオーディエルとミシェルの心を鷲掴みにして、離さないんだから。もう〜、今回のハーヴェンちゃんも素敵だったわ!」

「……だ、第3弾……? しかも、賄賂……?」


 排除部隊のオーディエル様が例の小説に夢中なのは、聞いていたが。まさか、転生部隊のミシェル様まで籠絡されているとは予想外だ。しかも……ラミュエル様の手に収まっている小説には『あなたの肩に愛を預けて』と、またも恥ずかしいタイトルが銘打ってある。……軽率にハーヴェンの肩に乗るんじゃなかった。


「それで、子供達は?」

「そうね……子供達なのだけど、元の姿に戻してあげるのは不可能だと判断しました」


 先程までのふわふわとした雰囲気とは一変、急に真剣な表情になるラミュエル様。その結果は彼女としても、禍根を残すものだったのだろう。


「妙に精霊化がうまく進んでいるみたいで……人間に戻してあげることはできない状態だったの。どうも、私達の予想を遥かに上回る技術が使われていたみたい。技術の出所もとても気になるけれど、今は子供達を助けるのが先よね。ただ……このまま命だけ助けても、彼らを救済したことにはならないでしょう? そこで、ミシェルとも相談したんだけど……彼らを別の命として、転生させることにしたの」

「……そう、ですか」

「えぇ。私達の力では元に戻すことはできないけれども、せめて最期くらいは神界で安らかな眠りに包まれて、次の目覚めに旅立てるよう計らうことにしました」

「……それであの子達が救われるのであれば、私に異存はありません」

「そう言ってもらえると、嬉しいわ。ただ、1人だけ例外があってね……」

「例外……」


 あの場で例外といえば……間違いない。きっと、あの子の事だろう。


「あなたが封印を施した男の子だけど。デミエレメントまで、ステージが進んでいるらしいのよ……」

「デミエレメント……ですって?」


 デミエレメント。それは精霊になりきることができないままの、中途半端な存在を指す言葉だ。

 何らかの理由で精霊としての1歩を踏み出したもので、そこからきちんと魔力を蓄えることができるようになれば、一人前の精霊として晴れて認められることになる。しかし……そもそも、デミエレメントですら生まれるには潤沢な魔力があることが前提なので、今の世界ではお目にかかれないと思っていたのだが。まさか、魔力をほとんど持たない今の人間から……デミエレメントが派生するとは思いもしなかった。


「……理由はよく分からないんだけど、あの子の精霊としての核になっているドラゴンの鱗が、拒否反応もせずに綺麗に馴染んでいるみたいで。多分、きちんと魔力を補填してあげれば……精霊として、生きていけると思うわ」

「魔力の補填……ですか」

「えぇ。本当は、神界でも補充してあげられるのだけれど……ただ、ここはある意味で死後の世界ですもの。生きていく可能性がある子を置いておくわけにも、いかなくて……」


 神界には原則的に、天使以外が足を踏み入れることはできない。この場合、他の子は一時的とはいえ転生を前提に神界に置いてもらえるが、ギノは精霊として追い出されてしまうということか。ならば、エルノアのこともあるし……ハーヴェンもきっと喜んで面倒をみてくれるだろう。彼は私のところで引き取るのが、いいかもしれない。


「でしたら、こちらで面倒を見ます。あの子はハイヴィーヴルと仲が良かったようですし、そのまま精霊化するとなると、竜族として生きていくことになるのでしょう? ここは1つ、バハムートにも相談してみようと思います」

「そうね。それがいいかもしれないわ。辛うじて今は人型の姿に戻っているようだから、よければ今日連れて帰ってあげてくれる?」

「かしこまりました。ところで、今回の任務について1つ疑問があるのですが……よろしいでしょうか?」

「あら、なぁに?」

「恐らく、今回私に声を掛けたのは……ローウェルズ担当の天使から報告があったからだとは思いますが、受け持ちの天使は何をしていたのでしょう? マディエルはナーシャの担当ですし……」

「……あぁ、そのことね。ローウェルズはノクエルにお願いしていたんだけど……実は少し前から、見かけなくて。あんまり監視の仕事は好きじゃなかったみたいで、ちょこちょこサボっていたみたいなのよね。今回のことも他の天使が気づいて報告してきたくらいだし……逆にルシエル、何か知らないかしら?」


 ノクエル……? 少なくとも、私は聞いたことのない名前だが。


「いえ……ノクエルとやらが、すぐに思い当たる中にいないようです。もしかしたら、顔くらいは合わせているかもしれませんが……」

「そう。……何れにしても早めに後釜、見つけないとね」

「後釜? ですか?」


 私がそんな事を呟くと、ラミュエル様が芝居がかったように……困ったわ〜、と大袈裟なため息をつく。


「えぇ……今までローウェルズは宗教国家を擁する地方ということもあって、監視体制が甘かったんだけど。今回、こんなことがあったでしょう? ……まぁ、しばらくは私の直轄部隊で監視することにするわ。何れにしても……ゆくゆくは専任の上級天使に任せることにしたいのだけど……」

「そうですか。では、私は戻ります。ギノを連れて帰らなければいけませんし」


 彼女の様子に何かを察知して……わざとらしく、素っ気なく振る舞う。言葉の含みを理解できないほど鈍感ではないが、今の私には必要のないことだ。しかし、私が気付かないフリをしようとも……見過ごせないとばかりに、ラミュエル様が尚も食い下がる。


「……もぅ。どうしてここは私にお任せください、だから上級天使にしてください……って言わないの?」

「興味ありません。エルノアを無事に竜界に帰してやれた以上、私には六翼すら既に必要ありません。……誰かを助けるということに、必要なのは翼の数ではないと思います」

「……そうよね、そんな意地悪いうものじゃないわね。ごめんなさい。……あ、そうそう、最後に。これ、よければ持って行って」

「……?」


 反省を帯びた空気から、手渡されたのは……紛れもなく、呪いの書2冊。


「こ、これを……どうしろと?」


 いや、待て。ここは、これが進呈される場面じゃないだろう。


「ほら、ルシエルは第2弾が出てたことも知らなかったでしょう? ですから、本人にも読んで欲しくて。ちなみにね、今回のも素晴らしい出来なのよ? 第3弾は聖堂の仕掛けを解きながら進むミステリー要素と、咄嗟の機転でハーヴェンちゃんと一芝居打って人間を改心させようとする、コメディ要素もふんだんに散りばめられていて! あなたとハーヴェンちゃんの絆を、存分に堪能できる内容になっているんだから。もう〜……! 次が待ちきれないわ!」


 ミステリー要素って……仕掛けを解いたのは、たった1箇所だったが。しかも、コメディ要素……? なんだ、それは……⁇


「……もう、いいです……」


 私は呪いの中身を考えるのもそこそこに、色々と諦めてサッサとその場を切り上げることにした。これ以上、考えても……無駄に疲れるだけに違いない。


***

「……他の子供達はこれ以上、苦しまなくて済むんだな」

「そうだな……これが最善の結果ではないかもしれないが、今は次の目覚めで彼らが幸せになる事を祈るのみだろう」


 ギノのことは、これからどうするかの見通しもつかないが。本人の様子が落ち着いたら、物知りのゲルニカに相談するのが1番いいだろうか。


「で、エルノアは眠ったかい?」

「あぁ、その辺りは見事にいつも通りだ。今日はギノと一緒に寝息を立てている」

「そか。しかし……子供とは言え、ギノは男の子だからなぁ。エルノアを預かった以上、男の子と一緒に寝かせるのはマズいだろ。ゲルニカに何て説明するよ?」


 言われてみてれば、確かにそうだ。ゲルニカはそんなことで怒りはしないだろうが、エルノアの父親でもある以上、余計な心配をするかもしれない。それでなくとも、少々子煩悩な部分があるみたいだし……ハーヴェンの言う通り、エルノアと同じ部屋に寝かせるのはよくないだろう。


「この家に……他に空いている部屋って、あったっけ?」

「う〜ん、もともとこの家は4人で住んでいたらしいとは言え、大人2人は夫婦みたいだからな〜。そうなると、やっぱり寝室になりそうな部屋はもうないかな……」

「……寝室は3部屋しかない、か」


 増築するにも、どうすれば良いか分からない。それでなくとも、この家はほとんどハーヴェンに任せきりだ。4人で3部屋しかない寝室を使うには……誰かが一緒の部屋を使うしかない、ということだが。ん……? そう言えば、大人2人は夫婦と言ったか? ということは……彼らは同じ部屋で寝ていたのだろうか。


「……」


 それに引きずられるような妙案を……自分で否定して、搔き消す。確かに、それが1番現実的だが。


「どした?」


 いや、それは幾ら何でも性急すぎるだろう。でも、そうすれば……私も変に心配しなくて済むかもしれない……か?


「おい、ルシエル……どうしたよ?」

「そう言えば……お前が使っている2階の部屋って、もともと子供部屋……だったんだよな?」

「あぁ、多分な。おかげで、ちょっとベッドが小さい」

「で……私が今使っている1階の部屋は大人が2人で使っていたと思われる、と」

「そうだな。現に、ベッドはダブルサイズだ。それに……部屋の広さも収納も、かなり余ってるだろ?」

「……」

「……」


 妙な沈黙が続く。


「あの、つまり……」

「要するに、俺がお前の部屋に越せばいいか? それでギノの部屋を作ってやる、と」

「……それが1番現実的かな、と。それでなくとも、私は日中いないわけだし。私1人で、1番大きい部屋を使うのは……もったいないだろう」

「でも、夜は? ゆっくり1人で休みたいことだって、あるだろ?」


 いつも以上に優しいハーヴェンに対し、つい口が滑る。というか、私が勇気を振り絞って「そんな事」を提案しているのに……少しは嬉しそうにしたら、どうなんだ。


「……今までだって、何度か一緒に眠ったこともあるし……別にちょっとくっつかれるくらいなら、我慢できる」

「ふ〜ん。俺の方は色々と……我慢できないかもしれないけど?」

「……それに関しては……私の方は毎晩じゃなかったら、多少は構わない」


 悔しさ紛れに、明らかに変な返事をし始める私だが……自分は何を言っているのだろう。最近はそういったことに、抵抗がなくなっている気がする。


「そうか。そこまでお前が言うなら、俺は構わないよ。むしろ、嬉しい。明日には移動しておくから、よろしくな」

「……こちらこそ……よろしく……頼む」

「おぅ」


 ようやく最後に嬉しそう、かつ、どこか意地悪な顔をしてニヤケ始めるハーヴェンだが。……この、悪魔め。私にここまで言わせるなんて……いつか、仕返ししてやるんだから。

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