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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−7 多分、救いようがない

 翼のありとあらゆる羽を逆立てて。美しいはずの白がこの上なく恐ろしい、今日この頃。

 ルシエルさんの怒りはなかなか、治らないご様子。その小さな体のどこから、そんな威圧感を調達しているんだよと言いたくなるような剣幕で、本格的に怒りを振りまき始めた。


「もういい! 子供達を解放し、馬鹿げたことを二度としないと誓うのであれば、慈悲をかけてやろうと思っていたが……こうなったら貴様ら全員、纏めて地獄に送ってやる‼︎」

「何をしている⁉︎ さっさと撃たんか!」

「し、しかし‼︎」


 まぁ、ルシエルのことだから……いくら怒髪天を突いていても、人間を殺すような真似はしないだろう。激しい光と同時に、司祭の命令でかなりの銃弾が打ち込まれているけれど。……防御に徹するなりに、器用に全部片手で弾いてやがる。そうして妙に守られる格好で頭を掻いている俺には、ただの1発も流れてこない。

 ……この調子だ。しばらくすれば、ルシエルには絶対に敵わないことくらい、あいつらも理解するだろ。


「た、弾切れです‼︎」

「なんだと⁉︎」


 ……あぁ、ですよね〜。


「どうした? もう終わりか?」


 全ての弾を片手で防ぎきったルシエルが、今度は余裕の様子で凄む。とりあえず、悪魔ゴッコはもういいかな……? そんなことを考えつつ、俺の方はそそくさと人間に化けながら……確実に怯えていると思われる、エルノアの元に戻る。


「ハーヴェン……! 今日のルシエル、とっても怖いよぅ……!」

「……うん、それは仕方ないよな。だって……俺も、とっても怖いもん」


 ルシエルの威勢に涙目になっているエルノアを慰めながら……ふと、知り合いの所在が気になり始める。子供達があの状態だったのだ。悍ましい所業の実験台に子供達を差し出すなんて、プランシーが易々と了承するはずがない。結局、手紙の返事もなかったし……。


「そういや、司祭さんとやら。ちょっと……聞いてもいい?」

「ん……お前、誰だ?」


 あれれ? この人もしかして、俺が人間に化けてるの、ご存知ない? まぁ、それはいいとして。


「いやさ、俺の知り合いにプランシーって神父がいたんだけど。ちょっと前に、ここに来ていたはずなんだ。でもさ……本部はこんなにおっかない事しているし。どうしているか、気になってな」

「プランシー?」


 そう言ってタプタプ具合だけは見事な顎をさすりながら、思い悩む司祭。そんな彼の後ろから……側近と思しき男が耳打ちすると、何かを思い出したらしい。顎をセルフタプタプするのをやめてから、恐ろしいくらい邪悪な笑顔を浮かべて答える。


「プランシー……確かにいたな、そんな神父も。奴なら、ここにはいない。子供達を取り上げたら、気が狂れたらしくてな。今頃は……どこかで譫言を言いながら、さまよっているだろうさ」

「……⁉︎」

「プランシーで思い出した。彼が面倒見ていた中に上質の素材になる子供がいてな。精霊を作ることを馬鹿げていると、天使様は言ったが。バカなのは、そちらの方だ。何しろ、我々は精霊を作ることに成功しているのだから! あれを連れてこい‼︎」

「はっ‼︎」


 司祭の命令を受けて、従者が走り去る後ろ姿を横目に……ルシエルがさも不愉快そうに呟く。


「どういうことだ?」

「今に分かる」


 司祭はそう言いながら、ルシエル相手でさえ不敵な笑みを浮かべている。そうしている間に、この部屋の最も大きな入り口の先からズシン、ズシン……と、大きな足音が聞こえてくるが。一体、何がこちらにやって来ているのだろう?


「どうだ、素晴らしいだろう⁉︎」


 そう言われて、見やれば……そこには、銀色の鱗をところどころに纏ったドラゴンらしきものが立っている。しかし、何かが足りなくて不完全なのだろう。鱗は全体を覆うには到底足りず、中の肉がむき出しになっていて、赤々と血を流している。大きさは、エルノアが本性に戻った時くらい……約5メートルと言ったところか。口には口輪が嵌められ、そこから辛うじて漏れる悲しそうな声色からするに……明らかに、呻き苦しんでいる。


「ハーヴェン、あれ……」

「ん……? どうした、エルノア」


 小さく不安そうな声に、身を屈めて窺えば……エルノアは既に、ボロボロと涙を流している。あの精霊もどきが、どうしたというのだろう。


「あれ……多分、ギノだと思う……」

「……⁉︎」

「どうしよう、ギノ、酷いことされた後だった……‼︎」


 そう呟くや否や……今度はいよいよ、号泣するエルノア。その泣く声に、ようやくこの子の存在に気づいたらしい。司祭がエルノアの方に向き直る。


「ほぅ、よく見れば……そちらのお嬢さんは随分と、うまく精霊改造されていますね。もしかして、研究機関の作品ですか?」

「ふっざけるな! エルノアは正真正銘の精霊だ、コラ‼︎」

「ほぅ! それはそれは……!」

「お……おじちゃん、ギノに……何したの?」


 エルノアが嗚咽を漏らしながらようやく質問すると、司祭が今度はいかにも子供好きの表情を作って答えた。


「あの子が持っていた鱗を調べたところ、相当純度の魔力を持った、本物のドラゴンの鱗だったことが判明してね。あの子の心臓に鱗を埋め込み、人工エーテル溶剤をたっぷり注ぎ込んでみたんだよ。そしたらね……どうだ、素晴らしいだろう! ドラゴンとして生まれ変わったんだ‼︎」

「あの、鱗……お守りに渡したのに……そんな……‼︎」

「おや、あの鱗は君のだったのかい? だとしたら……君がいれば、あれを量産できるね」

「なに……それ……⁉︎」

「おい、おっさん。そこまでにしとけよ。……ルシエル、どうするよ。他の奴らはいいとして……こいつは多分、救いようがないぜ?」


 エルノアの前を塞ぐようにしてから、ツレに話を振る。そんな間にもルシエルは、すべきことを忘れていなかったらしい。元ギノと思しき、精霊もどきを魔法で封印していたようだ。


「そうだな、ここまでくると私の手には余る。……応援を要請しよう。この場で綺麗さっぱり、全員まとめて粛清してやりたい気分だが。そればかりは私の管轄外だし、独断で行うわけにもいかない」

「そっか。それじゃ……応援が到着するまで、こいつらが逃げられないようにしておくか?」

「あぁ、そうするか。子供達は……仕方ない。この子も含めて、転生部隊で元に戻せないか掛け合ってみる。……頼むぞ、ハーヴェン」

「あいよ。……宵の淀みより生まれし深淵を汝らの身に纏わせん! 時空を隔絶せよ、エンドサークル‼︎」

「こ、これは、魔法⁉︎」

「そういうこと。そうだな〜……この錬成度だと効果は3日、ってとこかな。その間は魔法陣の上から、冗談抜きで1歩も出られないから、無駄な抵抗はやめとけ。お前ら、覚悟しておけよ……!」

「なっ、なんだと⁉︎ ワシを誰だと思っている⁉︎ 精霊を量産して、人間界を救おうとしている神の代行者だ! さっさとここから出さんか!」

「よくもまぁ、正真正銘の天使様の前でそんなことが言えるな? まぁ、いいや。とにかく、3日間みっちり反省しとけよ〜。……ほれ、エルノア行くぞ。ギノはルシエルがなんとかしてくれるから……心配するな」

「……うん」


 それにしても……。


「結局、説得できなかったな?」


 負傷者は出さなかったものの、人間に働きかけても……結局、子供達を自らが救うという選択肢を、引き出すことはできなかった。


「……思っていた以上に人間の心は歪んでいるんだな」


 ため息交じりにルシエルが、さも悲しいと答える。


「今の人間界はとっても狂っているんだ。命が命として扱われない。……本当、救いようがないよな」

「全くだ」

「……まぁ、俺はお前の判断は間違っていなかったと思うよ? だから……そんなに気を落とすなよ」

「あぁ……ありがとう」


 あれだけ怒りを露わにしていたルシエルが……燃え尽きたと言わんばかりに、意気消沈している。とにかく、お疲れ気味のツレを休ませる意味でも、今日はサッサと帰ろう。子供達がこれからどうなるのかが、気にはなるが……。こうなってしまった以上……クッキーの差し入れどころか、今の俺がしてやれる事は何1つないように思えて。何もかもが、虚しかった。

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