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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−6 間違いなく、色々とヤバいぞ

 無事潜入できたはいいものの。誰一人いない、言いようのない不気味さ。そんな違和感に首を傾げながら、しばらく下に進むと、今度は薄暗い廊下にたどり着く。いくつものドアが並んでおり、それぞれ個室になっているようだけど、それにしても随分な数だ。一体、なんの部屋なんだろうか? ……と、俺がぼんやり考えていると、不意に繋いでいた小さな手に力が入る。

 エルノアが怯えている……?


「エルノア、どうした?」

「……ハーヴェン、私……ここ嫌い」


 エルノアのただならぬ様子に、遅すぎる一抹の不安が頭を過ぎる。よく見れば……扉には中を確認できるようにだろう、物々しい鉄格子が嵌められていた。……もしかして、これは……。


「……地下牢か」


 俺が思い至った予想と同じ意見を、ルシエルがさも憎々しげに吐き捨てる。何の牢屋なのか……というのは、愚問だろう。多分、集められた子供達はここに収容されているのだ。さっきまで緊張していたせいで気がつかなかったが、饐えたようなカビ臭い匂いがいよいよ、鼻をつく。ただ、その割には随分静かだが……俺の魔法が効いているのか?


「私が少し中を確認する。……エルノアはここでハーヴェンと待っていなさい。いいね?」

「……うん」


 そうして、ルシエルが1番手前のドアの向こうを覗くが、彼女の横顔からは何も窺い知ることはできない。ただ、眉間のシワが今までにない程に……険しくなったことだけは、良く見えた。


「……」

「ルシエル、どうした? 中の様子はどうなんだ?」


 不安一杯の俺の問いに答えることもなく、ルシエルは無言で戻ってくると……寄こせと言わんばかりに、俺の手からエルノアの手を奪う。


「すまない。……私にはとても、説明できない。……もしよければ、直接見てくるといい」

「ルシエル?」


 いつになく、自分の手を強引に奪ったルシエルを……エルノアがこれ以上ない程に、心配そうな面持ちで見上げる。悲しそうな金色の輝きを受け止めて……何かがすり切れてしまったような表情で、ルシエルがポツリと見たものの状態を呟く。


「彼らは確かに生きている。だけど……思った以上に酷い状態のようだ」

「そうなんですか〜? どれどれ〜」

「あ、おい! マディエル!」


 ルシエルの痛ましい表情にも動じず……しかも彼女の制止も聞かずに、マディエルが扉の中を覗く。しかし、中の光景をあまり予想していなかったのだろう。覗いた瞬間、「ヒィ!」と小さく声を上げると、マディエルがドスンと尻餅をついた。


「おい、大丈夫か?」

「ハィ、わ……私は大丈夫ですが……」


 何かに驚いたらしいちょっと重たい天使を起こしてやると、俺も意を決して中を覗く。

 薄暗い部屋の中に微かに聞こえる、息遣い。すぐさま、異様なまでに生暖かい湿度が鼻先をかすめる。中にいるのは人間……とは言い難い、あまりに酷い姿だった。

 無理やり繋がれたらしい手足は既に人間のそれではなく、獣のようなものにすり替わっている。口からは管が通され、何かを強制的に流し込まれて。手足を縛られて、若干宙吊りになっているそれの瞳は、注ぎ込まれた何かを吐き出さんと、淀みつつも大粒の涙を流していた。これが……。


「これが、同じ人間のすることか⁉︎」

「……精霊を作る、か。よく言ったものだな。とにかく、先に進もう。この様子だと、奥は施設の重要な部分に繋がっているのだろうと思う。それと……エルノア。先に進めば、君は間違いなくとても傷つく。今からエメラルダを呼ぶから、先に帰るんだ」


 今いる場所はどんな種族の基準であろうとも、倫理の禁忌にどっぷり浸かっている。それでなくとも、エルノアは誰かの苦しみや悲しみを読み取ることができてしまう。そんなこの子には……この場所はそれこそ、地獄のような場所だろう。

 ルシエルの判断は正しいと俺も思うが、一方でエルノアは意外と強情だ。それに仲が良かった友達がいるかもしれないのに、中途半端に離れるつもりはなかったのだろう。


「うぅん、私も行く。私だって、みんなを助けたいもの」


 まっすぐな瞳に、ルシエルはエルノアを説得するのを早々に諦めたらしい。1つため息をつくと分かった、と小さく承諾した。


「……ハーヴェン、エルノアの手をしっかり握ってて。それと、そろそろ睡眠魔法は解除して構わない。……この先で出会う人間は交渉相手になる可能性が高い。彼らを解放できる相手を探そう」

「分かった。さ、エルノア行くぞ。言っとくが……覚悟を決めたからには、泣き言はなしだからな」

「うん、分かってる」


 確かな返事にしっかり握り返される、小さな手。俺の方もそれをしっかり握りながら、前に進む。

 忌々しいほどに規則正しく並んでいるドアの前をいくつも通過し、廊下を曲がったところで……今度は真っ白な扉が見えた。鍵がかかっているかもと警戒したが、かかっていないらしい。そうして、入った部屋の中は……さっきまでの薄暗く汚泥のような空間からは一変、そこらじゅう真っ白な空間だった。真ん中には、大ぶりの手術台のようなものが設置されている。……そうか、ここが「精霊を作る場所」とやらか。


「いやに真っ白だな」

「そうだな。あれだけのことをした後の割には……綺麗すぎるよな」

「そこで何をしている⁉︎」

「お?」


 俺達とは別のドアから入ってきたらしい……見れば、関係者と思しき男がこっちに銃を向けている。オイオイ……これだけのことをやっているくせに、しっかりカラーまで嵌めやがって。一丁前に聖職者ヅラするんじゃありません。


「とある方から命を受け、子供達を助けに来ました。……あなたはここの担当者ですか?」


 見つかった事にさして慌てもせず、ルシエルがいやに慇懃に相手に問う。しかし、冷静なのは頼もしいけど……正直、こういう時のルシエルの敬語はどことなく怖い。


「子供を助ける⁉︎ 誰の命令だ?」

「正直に申しましても、信じますまい? とにかく、彼らを解放してくだされば、穏便に済ませましょう」

「ふざけるな!」


 折角のルシエルの提案も即却下して、男が手元の銃を発砲する。しかし、ルシエルの方はさも下らないと言わんばかりのため息と同時に、放たれた弾をつまんで止めて見せた。そして……わざとらしく首をかしげると、摘み上げた弾を人差し指で弾いて男の足元に放る。


「……⁉︎」


 いや、そりゃ驚くよな。どう見ても、見た目は少女のルシエルが……人間界では最新鋭らしい銃の弾を受け止めたんだから。


「お〜い、お兄さん。悪いことは言わないぞ。こいつ、怒らせると冗談抜きでおっかねぇから」

「……おっかなくて、悪かったな」


 俺のとりなしについ、地が出るルシエル。それで何かを諦めたらしい。やれやれと首を振ると……今度は翼を広げて見せた。


「これで分かったか、人間。お前達の行いは、我らの禁忌に触れている。さっさと子供達を解放して、馬鹿げたことはやめろ」


 いつもの冷徹な調子に、怒りが見事にブレンドされたルシエルの立ち姿。こういう時……翼が4枚もあると、ちょっと迫力あるよな。


「……今のルシエル、ちょっと怖い」

「おぅ、俺もちょっと怖い」


 そう言い合いながら、彼女の背後で怯える俺達を尻目に……マディエルがまた何かに興奮したように、ペンをガリガリと走らせている。……あ、次回作は『怒りの翼』みたいなタイトルになるんだろうか?


「……! 天使……様⁉︎」


 銃声を聞きつけたのだろう、更に何人かが集まって来る。彼らも手にそれぞれ銃火器を持っているようだが、今のルシエルを見ても尚、歯向かう猛者は流石にいないらしい。


「お、おい……あれって本物か?」


 後からやって来た男達が既にやらかしてしまい、座り込んでいる男に口々に尋ねる。


「あ、あぁ。多分、本物だ。さっき、銃の弾を素手で受け止めたんだ。ヒョイって、ヒョイって……」

「……私が本物か信じられないか。だったら、今度は……悪魔に問うとするか? 実はな、今日はお前達に慈悲をかけるか、そのまま地獄に落とすかを決めるためにここに来たんだ。丁度、ゲストに悪魔も呼んでいる」

「ゲスト? あ、悪魔……?」


 何やら妙な話をでっち上げたルシエルが、こちらに目配せする。確かにルシエルの姿よりも、俺の「あっちの姿」の方がインパクトもあるだろうが。……勝手に話を進めるなよ……。まぁ、そんなつまらない文句を言っても仕方ない。彼女のご意向通り、ここは一肌、脱いで差し上げましょう。


「ったく、悪魔遣いが荒いんだから……」


 そう言いながら、コキュートスクリーヴァを抜きつつ、本性の姿に戻る。自然、目線が高くなるので彼らを見下ろしている格好になるが。人間って本当、小っちゃいよな……。


「悪い子はイねがぁぁぁぁぁぁ〜‼︎」

「ヒィぃぃぃぃ‼︎」

「ま、まさかあの悪魔は……!」

「本物か、あれッ⁉︎」


 俺も相棒を振り上げて、わざとらしく相手を怖がらせるような振る舞いをしてみせると、いよいよ怯えて震え始める男達。一方で彼らの様子をさして気にもせず、ルシエルが俺の肩に飛び乗り……ちょこんと座る。


「……ん? どうしたよ?」

「悪魔に見下ろされるのは、性に合わん」

「ほぉ? まぁ、いい。久々にいい獲物が手に入りそうだ。さて……どの人間を差し出してくれるんだ?」

「う〜ん、そうだな。とりあえず……きちんと話をしてやろうと思ったのに、いきなり攻撃してきたあの人間は連れて行って構わんぞ?」


 もちろんそんなことはしないのだが、この場合はツレに合わせて演技した方がいいだろう。それに、ルシエルがこじんまりと俺の肩に座りながら……しっかり耳タブを握りしめているなんて、滅多にないスキンシップだ。ここはありがたく、楽しむに限る。

 一方で、ルシエルに名指しされた男は土下座の謝罪モード。地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで、ごめんなさいを連呼しているが……折角だし、ちょっと意地悪してみるか。


「ふ〜む? 今更、謝っても遅いぞ。天使殿はお前達の罪をお見通しとのことだ。そうだ、いっそのこと……全員まとめて、踊り食いと洒落込もうかな?」

「そうか? だったら、ここにいる全員を連れて行って構わんぞ? どいつもこいつも……揃いも揃って、私の頼みを聞いてくれる気配もないしな」


 無慈悲な言葉を聞いて、更にざわめく男達。ちょっと可哀想な気もするが、この調子だったら……うまく子供達を助けてやれるかもしれない。


「何事だ‼︎ 騒々しい!」

「し、司祭様⁉︎」

「……ん?」


 しかし、今度は恰幅のいい豪奢なローブを着た男が、取り巻きと思われる男数人を引き連れて現れる。頭を丸めてはいるらしいが、いかにも贅沢をしているらしい出で立ちを見るに……多分、こいつは偉い奴だろう。どうやら向こうさんも、そんなことを考えている俺の姿に気づいたらしい。勢い、司祭様やらと目が合う。


「あ、あ、悪魔〜⁉︎」

「司祭様! なんでも……我々の行いを見た天使様が、悪魔を連れて私達を地獄に落とそうと来たらしいのです!」

「そんなたわ言を! 何をしている、さっさとあの悪魔を祓わんか‼︎」

「ルシエル、どうするよ? ちょっと雲行きが怪しくなってきたぞ? ……あ、おい? ちょっと、ルシエルさん? もしも〜し……聞いてる?」

「……チッ!」

「えっ……?」


 今、舌打ちした……? ルシエルさん……舌打ちしたよね、今ッ⁉︎

 どうやら俺を討伐するつもりの彼らに、ルシエルはひどくご立腹らしい。俺の耳タブを握りしめる手からは、有り余る怒りの震えが伝わってくる。

 ……と言うか、お願い。意外と耳は敏感な部分だから、引っ張らないでくれないかな……。


「……この、愚か者どもが……‼︎」


 明らかな罵り言葉を放ちつつ、俺の肩から飛び降りるルシエル。俺は俺で耳にちょっと痛みを感じながら、彼女の背中を仕方なしに見つめるが……。あ、コレ……絶対にヤバいやつだ。完全に翼の羽が1枚1枚逆立っているし……間違いなく、色々とヤバいぞ。

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