10−8 お前らなんぞ、取るに足らん
他愛のないおしゃべりとコーヒーを楽しんで、カフェから出ると……間髪入れずに、俺達を待ち構えていたらしい男達に囲まれた。さっきのチャラついたお兄さん達が様子を窺っているのを見るに、どうやらお友達を連れてリベンジに来たみたいだが。……お話だけで済めばいいんだけど、そうはならない気がする。
「何か用?」
「へぇ、お前がウチのにイチャモン付けた小僧か?」
きっと、この中で1番偉いヤツなんだろう。ガタイのいいスキンヘッドが、面だけは凶悪な感じで俺を睨んでくるが。悪人ヅラ程度で俺が引くと思っているのなら甘いぞ、とか残念な気分になりながらも……一応、冷静に対応してみる。
「俺、イチャモン付けた記憶はないけど。そっちのお兄さん方が嫁さんにちょっかい出してきたから、追い払っただけだし。……変な言いがかりは、よしてくれないかな」
「先ほども申しましたとおり、お願いですから、放っておいてくれませんか。私達は商いの道中に、こちらの街に寄っただけですし……」
「ほぉ〜。確かに、こいつは最上級の別嬪だなぁ? ボスへの手土産にしてもよし、ウチの店で働かせてもよし……」
「あのさぁ……俺は嫁さんをお前らにくれてやる気は、サラサラないんだけど。大体、こんな大通りでカツアゲとか、悪趣味にも程があんだろ。それとも、何か? 全員、この場で胴体を真っ二つにされたいのか?」
「あ、あの。皆様……悪いことは言いません。主人を怒らせる前に、お帰りになった方がいいと思います……」
俺の背後で怯えながらも、警告を出す優しさを見せるリッテルだが。……多分、逆効果だろうな〜。
「この人数を前に何を言っているんだ、お嬢さん。このクソ生意気な小僧をぶっ殺した後は、一生こっちで稼がせてやるから安心しな!」
リッテルのお言葉を受け流し、さもお誂え向きの下品な言葉を吐き捨てて、刃渡りだけは立派なナイフを振り回してくる男達。奴らのヘナチョコな攻撃を幾度となく、仕方なしに四ノ宮で弾き返すが。それでも、攻撃が止まないところを見ると……多少は応戦するしかないのか、これは。脅しと護身用であらかじめ腰にぶら下げていたけど、風切り自体を抜く羽目になるなんて、思いもしなかった。
「あなた! えっと……!」
「ハイハイ、分かってますよ。手加減はキチンとするから……指数本で済ませるよ」
リッテルの憂慮を渋々、理解しつつ。視線を横に走らせて、相手との間合いを瞬時に判断すると……左腰に意識を向けて、一気に刀を振り抜く。そうして間合い通りに風刃を走らせると、たったの1刃で面白いように男達の指がボタボタと石畳に転げ落ち、足元を赤く染め始めた。
「……え? うわぁぁぁ⁉︎」
「ヒィッ! 指が! 指……!」
「警告してやったのに向かってくるから、そうなるんだよ。ったく。さっきも言ったけど……喧嘩を吹っかけるんなら、相手の強さくらいは見極めてからにしろっつーの。数に物を言わせても、勝てない相手がいる事くらいはトットと理解しろ」
「ちょ、ちょっと待て! 俺達にこんなことして、タダで済むとでも……」
どっかで聞いたセリフだな、それ。小物っていうのは、負け惜しみも型に嵌っていたりするもんなんだろうか?
「タダで済むと思ってるけど? お前らの背後にどんな大物さんがいるのか、知らねーが。俺がその気になりゃ、国1つ丸ごと落とすのもワケないし。生憎と、こちとら年季の入った武器商人なもんでね。お前らなんぞ、取るに足らん」
「言い忘れていましたが、主人は大陸全土の各国を相手にしている、魔力遺産専門の武器商人なんです……。品物が品物ですから、主人にはどんな武器も扱える知識と腕がありまして。商品を売り歩く合間に王宮騎士さんとか、近衛兵さんとかにも稽古をつける程ですし……。だから、皆さんがどう頑張っても、勝てる相手ではありません……」
嫁さんの絶妙に事実関係を書き換えたコメントに、何故か得意げな風切りを鞘に収めながら……そんな事を夫婦2人で言ってやると、シンと静まり返るゴロツキご一行様。指を落とされて情けなく泣いている者、改めて俺を化け物を見るような目で怯え始める者。彼らの反応は様々だが……ここまでやっておけば、絡まれることもないだろうか。
「さて、と。リッテル、お待たせ。ちょっと邪魔が入ったが、改めて美術館に行くぞ」
「はい、あなた。あ、そう言えば……」
「あ?」
「相変わらず、正確な太刀捌きだなと思って。今度、私も……自分の身は守れるように、是光ちゃんと一緒にお稽古つけてもらおうかしら……」
流石のお人好しも、今度という今度は気遣いを見せる気にもならないらしい。俺が移動を促すと、怪我人には目もくれずに俺の腕に抱きついて、妙な事を言い始める。
「……却下」
「あら、どうして?」
「お前に剣を教えたら、肉付きが変わるだろうが。……抱き心地が悪くなる」
「まぁ!」
「……お前は黙って、俺に守られとけ。自分の身を守ろうなんて、余計なことは考えるな」
我ながら、キザ過ぎると自嘲せずにはいられないセリフを吐いてしまったが。それとな〜く、隣のお姫様の様子を窺うと……彼女は彼女で、これ以上ないほどに嬉しそうに頬を赤らめて、更に身を寄せてくる。歩きづらい密着度に少し気恥ずかしさを感じつつも、しばらく道なりに歩いて、ようやく目的地の美術館に辿り着いた。
洋服屋のマダムに教えてもらってから、随分と時間がかかった気がするが。入り口にさっきのと同じポスターが掲げられているのを見るに、場所は間違っていないようだ。兎にも角にも……無事に辿り着けた事に一安心、と言ったところか?




